〜シリーズ「日本人拉致事件」(3)〜

曽我ひとみさんの夫、来日前に帰化?

付・米国の人口戦略と「小泉嫌い」

Originally Written: June 16, 2004(mail版)■曽我さん夫の帰化〜シリーズ「日本人拉致事件」(3)■
Second Update: June 16, 2004(Web版)

■曽我さん夫の帰化〜シリーズ「日本人拉致事件」(3)■
北朝鮮による日本人拉致事件の被害者・曽我ひとみさんの夫ジェンキンス氏は、来日すると、脱走兵として米軍に訴追される。が、来日前に日本に帰化させておけば、訴追されても合法的に日本で自由に暮らせる。
■曽我さん夫の帰化〜シリーズ「日本人拉致事件」(3)■

■曽我さん夫、来日前に帰化?〜シリーズ「日本人拉致事件」(3)■
【前回の「小泉首相 vs. 曽我ひとみ」 から続く。】
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小泉政権発足以来、小泉首相とブッシュ現米大統領は親密で、両国の関係はうまく行っている、とずっと日本のマスコミは報じて来た。が、筆者はこれには疑問を抱いている。

小泉の背後には常に50%以上の日本国民の支持がある。ブッシュとしては、世界第2の経済大国の国民に「自分たちの代表(小泉)が米国から冷たくされてる」と思われることは外交上得策でないから「親密なフリ」をしているだけではないか、と筆者はずっと疑って来た。

ブッシュ政権が発足以来日本に求めていたのは、小誌「小泉退陣後に帰国」で述べたように、経済・財政の構造改革だが、小泉はそれには失敗している。巨額の財政赤字はいっこうに減らないし、道路公団改革ではゼネコンと「道路族議員」の喜ぶムダな高速道路(赤字路線)を造れる態勢が維持された。そういう赤字高速道路などのムダな公共事業の「原資」である郵便貯金・簡易保険を民営化し、族議員から資金を奪う「郵政民営化の本丸」は、小泉政権発足前からの小泉の持論であったにもかかわらず、まったく手付かずだ。

小泉は、安全保障(軍事)問題で米国の政策(アフガン、イラクでの反テロ戦争)を支持して自衛隊を派遣しているので、たとえ構造改革が「見かけだけ」でも、日米関係はうまく行っている、と思い込んでいるのだろう。が、米国側から見ると、構造改革に失敗して経済面で落ち込んでいく日本が将来、軍事面だけで米国の要求に応じる、というのは悪夢以外の何物でもない。

●同盟と移民●
米国は移民社会なので、米国市民権を持たない外国出身者が合法移民または非合法移民として大勢暮らしている。こういう移民の多くはしばしば市民権を得た「ちゃんとした米国人」になりたいために軍に志願する。国のために命を賭けて戦おうという者に市民権を与えない、などと言ったら軍も国家も成り立たないので、志願兵は容易に市民権を得られるのだ。

したがって、その論理の延長線上で、米国と同盟して血を流して戦った国の国民が「(豊かな)米国に移民したい」と言ったら、米国は受け入れないわけにはいかない。米国は第二次大戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争などを戦う際に、韓国、旧南ベトナム、フィリピン、エジプトなどと同盟して戦ったため、これらの諸国から米国は大量の移民を受け入れた。

日本は戦前、米国の同盟国でもないのに、ハワイやカリフォルニアに大量の移民を送り込み、同地域を乗っ取るほどの勢いを示したので、米国白人の反発を買った。米国は、22年の日本人帰化禁止宣言(24年の排日割当移民法)以来、太平洋戦争、在米日系人強制収容、対日占領(民主化?)と次々に対抗策を打ち出し、日本人移民をシャットアウトした。そのうえ戦後、米国は日本に平和憲法を押し付け、日米同盟を結んでも集団的自衛権の行使(第三国の戦場でともに血を流して戦うこと)を日本にさせなかったため、日本人が大挙米国に移民する口実は生じなかった。 もしもこのまま日本が経済・財政の構造改革に失敗して失業者が増え、かつ日米同盟の強化によって自衛隊員が米兵とともに血を流して戦う、ということになると、近い将来、日本から米国に大量の移民が押し寄せることになりかねない。それでは、いったいなんのために太平洋戦争を戦ったのか、わからなくなる。 日本とイラクは経済を構造改革してより豊かになることで、米国への移民を輸出するどころかむしろ、相対的に貧しい周辺諸国(韓国、中国、東南アジア、エジプト)からの移民を吸着する「ダム」になって米国の白人社会を守ってもらいたい、というのが米国のホンネだ。ただでさえ、中南米からのヒスパニック系移民の急増で米国の総人口に占める白人の比率は年々低下しているのだ。そのうえアジアや中東から大量の移民が来たら、米国の白人支配層は社会的な力を失い、米国そのものが変質しかねない(小誌「米国の人口戦略〜在米イスラム人口の急増」)。

【00年4月〜03年7月に全米で、総人口は約3%しか増えないのに、ヒスパニック系とアジア系はともに約13%も急増している(米国時間04年6月14日放送の米ABCニュース)。】

この米国白人の苦境を、小泉は理解していない。見かけだけの改革法案を通したりパフォーマンス外交を見せたりするだけでは、日本の世論調査の数字は稼げても、米国の白人支配層の納得は得られない。

●米国の小泉嫌い●
もしマスコミが報じているように、小泉がブッシュの支持を得ているのなら、(たとえ構造改革をさぼっていても)軍事面で米国に協力的な小泉に報いるために、ブッシュは、北朝鮮による日本人拉致事件の解決にもっと協力するはずだ。

04年5月22日に小泉は、拉致事件の被害者・曽我ひとみさんの夫ジェンキンス氏と娘2人を含む3家族8人の日本への帰国(移住)を実現するために訪朝した。が、北朝鮮側は「(脱走米兵である)ジェンキンス氏は日本に行くと(犯罪人引き渡し条約により)米国に身柄が引き渡され、訴追されて軍法会議にかけられる、と恐れている」ということを口実に、ジェンキンス氏と娘2人の帰国を事実上拒否し、小泉は結局、拉致被害者家族のうち、蓮池、地村両夫妻の子供計5人の帰国しか実現できなかった。

たしかに、ジェンキンス氏が脱走米兵であり、北朝鮮亡命後も反米宣伝活動に加わるなどしていたのなら、それは重大な軍規違反であり、現在イラクで反テロ戦争を戦っている米軍としては、軍の規律を維持するためにも訴追しないわけにはいかない。

が、訴追されたからといって必ず有罪になるわけではないし、有罪になったからといって必ず収監されるわけでもない。軍法会議といえども裁判なので、被告(ジェンキンス氏)には弁護士(軍人)が付くし、判決が出るまでは「無罪の推定」が適用されるし、証拠不十分で無罪になることもある。

【日本のマスコミはよく、日本の政府・与党の幹部に対して「小泉はブッシュに、ジェンキンス氏の訴追免除を求めないのか」と問うが、この設問は法理論上間違っており、北朝鮮側のロジックにはまっている。「訴追」と「有罪」はイコールではないから、元々「訴追免除」など求める必要はない。】

ほんとうに日米両首脳の関係が親密なら、米国政府高官は、まったく軍規を曲げることなく次のような発言をすることが可能だ:

「ジェンキンス氏はかつて在韓米軍から脱走した疑いがあり、また北朝鮮国内で反米宣伝活動に従事した疑いもあるが、北朝鮮は人権のない独裁国家なので、本人の意志に反して反米的な行動をとらされている可能性もある。したがって、軍法会議にかけられても無罪または軽い刑で済む可能性があるし、また、たとえ有罪になっても、高齢や病弱を考慮して収監されない可能性もある」

ジェンキンス氏が軍法会議で「自分は北朝鮮にだまされ、拉致されて反米宣伝活動をさせられた」と無罪を主張すれば、軍法会議の検察官(軍人)は「ほんとうか」と反論する。が、北朝鮮から関係者を呼んで証人尋問をすることはできないので「証拠不十分」となり「疑わしきは被告人に有利に」の原則が適用され、結局、反米宣伝活動に関しては無罪、脱走に関しても無罪か軽い刑を言い渡されるはずだ。

もし上記のような発言を04年5月22日以前にブッシュやラムズフェルド米国防長官がしていれば、5月22日の日朝首脳会談の席で小泉は、その発言を根拠に北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)朝鮮労働党総書記に対して「ジェンキンス氏をよこせ」と強く迫れたはずだ。もちろん北朝鮮側はそのような米国政府高官の発言をジェンキンス氏に事前に伝えるはずはないが、小泉はその場で「伝えろ」と要求できるので、会談の成果はまったく違ったものになったはずだ。

ところが、米国から流れて来るのは正反対の発言ばかりだ。

「ジェンキンス軍曹は依然として脱走兵であり、(反米宣伝活動など)4つの罪(軍規違反)に問われている」

これは、04年6月8日の、G8サミットの際に行われた日米首脳会談での、ブッシュの発言だ(04年6月13日放送のTBS『サンデーモーニング』、産経新聞同日付朝刊1,3面「5.22日朝会談 政府内部文書〜楽観的な首相 米からも不安」)。

ベーカー駐日大使ら米政府関係者は「同情はするが、微妙な問題だ」などと終始一貫して冷淡な発言を繰り返し、なかには「ジェンキンス氏は有罪なら、最高刑は死刑」などと日本のマスコミに語る米政府高官すらいる(産経新聞04年5月21日付朝刊6面)。

これは要するに、ブッシュ政権には「小泉に拉致問題完全解決の手柄を与える気はない」という意志表示にほかなるまい。

かつて80年の米大統領選で、CIAに冷淡だった米民主党のカーター大統領(当時)の再選を阻止するため、CIAと米共和党(レーガン大統領候補)が結託して、在イラン米大使館人質事件を起こしたイランの反米イスラム革命政権と裏取引をし「カーターが政権の座にある間は人質事件を解決させない」という密約を結んだ事実(小誌「小泉退陣後に帰国」)を想起されたい。この80年の先例に照らしてみれば、ブッシュ現米共和党政権が本心では小泉を嫌っているのは、明らかだ(イラン事件の人質が全員帰国したのは、レーガン大統領が就任したあとだった)。

カーターは米共和党の希望どおり81年1月に政権を去ったが、04年の小泉は米共和党の期待に反して、依然として世論調査で50%以上の国民の支持を得ながら政権の座にある。とすると、事態は、曽我さんにとって悲観すべきものに思える。

曽我さんの願いは、家族4人が日本で一緒に暮らすことだ。この願いは、小泉が政権の座にある間は実現しないのか?

実は、小泉政権の失敗や米政権の思惑を超えて、ジェンキンス氏を日本に迎え入れても身柄を米軍当局に引き渡さずに済む、という奇説がある。

●帰化すれば解決●
ペルーのフジモリ前大統領は、日本に滞在しているが、本国のペルーではざまざまな罪に問われており、ペルー政府は、日本とペルーの間にも存在する犯罪人引き渡し条約などを根拠にフジモリの身柄の引き渡しを日本政府に要求している。

が、日本の法制には自国民保護の原則があり、日本国籍を持つ者に関しては同条約による身柄引き渡しを政府は拒否でき、かつ、フジモリはペルー国籍を持ちながらひそかに日本国籍も持ち「二重国籍」だったので、日本政府は堂々とペルー政府の要求を断り続けている。

したがって、もしもジェンキンス氏に日本国籍があれば、日本に帰国(入国)したあと米国政府から身柄の引き渡しを要求されても、日本政府はそれを拒否できるので、ジェンキンス氏は曽我さんと日本で自由に暮らせるのだ。

では、どうすれば日本国籍が取れるのか?

ジェンキンス氏は現在北朝鮮にいる。日本に一度も住んだことがないのに、どうやって日本国籍を取得するのか?……本人が希望すれば即日取得できる、と松村昌廣・桃山学院大教授は言う。松村は、日本の国籍法第5条六-2の

「法務大臣は、外国人がその意思にかかわらずその国籍を失うことができない場合において、日本国民との親族関係又は境遇につき特別の事情があると認めるときは、その者が前項第五号(国籍を有せず、又は日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべきこと)に掲げる条件を備えないときでも、帰化を許可することができる」

という規定が、ジェンキンス氏にあてはまる、という(産経新聞04年6月9日付朝刊15面「アピール:日本国籍可能だったジェンキンス氏」)。 つまり

「野沢法務大臣は、ジェンキンス氏がその意思にかかわらず米国籍を失うことができない場合において、曽我ひとみさんとの親族(婚姻)関係があると認めるときは、氏が国籍法第5条第1項第五号の条件(米国籍の喪失)を満たしていないときでも、帰化を許可することができる」

となる。
しかし、これは誤解である(松村はおそらく法律の専門家ではないのだ)。

松村の言う「第5条六-2」は、正しくは「第5条第2項」であり、「第5条第1項第五号の条件」を備えることなく帰化できる場合でも、原則として、第5条第1項の他の規定(第一号「引き続き5年以上日本に住所を有すること」や第六号「日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと」)が適用される(法律の条文では「第1項」という文字は通常は表記しないので、松村が「第5条第六項」と思ったのは、実は「第5条第1項第六号」である。国籍法の原文を参照)。ジェンキンス氏は一度も日本に居住していないので、この条文では帰化できない。

●国籍法9条●
が、強いて彼に適用できそうな条文を探すと、同法第9条に

「日本に特別の功労のある外国人については、法務大臣は、第5条第1項(第一〜六号)の規定にかかわらず、国会の承認を得て、その帰化を許可することができる」

とある。
これはおそらく、日本のために文化・慈善事業などで著しい貢献をした外国人に、国権の最高機関である国会が敬意を表し、恩に報いるための規定だろう。

が、北朝鮮による日本人拉致事件を国家的課題と位置付け、その被害者である日本国民(曽我ひとみさん)を四半世紀「敵地」で励まし支えてともに暮らした、という事実を「日本への特別の功労」と国会が判断し議決すれば、その瞬間にジェンキンス氏には日本国籍が与えられる。

それと相前後して彼がスイスなど第三国に出国して「日本に帰化したい」と日本の外交官に表明しさえすれば(もしかすると本人が表明しなくても?)彼は日本政府の保護下にはいる。米国政府が彼の米国籍喪失を認めない場合は二重国籍になるが、それはフジモリのケースと同じであり、日本政府は身柄を外国に渡さなくてよいのだ。

この「9条方式」を日本政府が採用した場合、今後、大勢の帰化申請者が海外に在住したまま、日本人との婚姻を根拠に「特別の功労のある外国人」と認めろ、と要求する可能性があり、法務省の事務方が「前例のない事態の発生」をいやがる、という懸念はある。

が、その際は国会が認めなければいいだけのことだ。

【国籍法第5条第1項第六号は、反日武力革命を標榜していた昔の日本共産党か現在の朝鮮労働党に属したことのある外国人(大半が朝鮮人)の帰化を防ぐ規定で、ジェンキンス氏が朝鮮労働党に在籍していればこれに該当する。が、同法第9条により国会が「特別の功労」を認めると、それは関係なくなる。】

少なからぬ与党や政府の関係者は小誌を読んでいるので、筆者の「9条方式」が政府で検討され、秋の臨時国会で実現される可能性がないとは言えない(が、かなりムリな法解釈なので、可能性が低いことは間違いない)。

もし04年7月の参院選の前に、与党自民党がこの方式を提案すると、それは「小泉政権の手柄」になって、この政権は参院選に勝ってかなり延命されそうで、日本経済の、真の構造改革を求める米国の白人支配層や日本国民にとっては災難だ。

が、二十数年間苦しんで来た拉致被害者が救われるなら、それもやむをえまい。
北朝鮮による人権侵害は、それほど残酷なものなのだ。

(拉致被害者と失踪者以外は敬称略)

【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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 (敬称略)

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