イラク戦争の深層

米国の人口戦略

〜急増する在米イスラム教徒、少数民族〜

Originally written: March 27, 2003(mail版)■在米イスラム人口の急増〜イラク戦争の深層■
Second update: March 27, 2003(Web版)

■在米イスラム人口の急増〜イラク戦争の深層■


■在米イスラム人口の急増〜イラク戦争の深層■
前回 の関連記事です。】

在米イスラム教徒は急増中で、すでに在米ユダヤ人口を追い抜き、21世紀前半にも全米人口の5%を軽く超える。彼らの台頭で50年後の米社会の構造が激変、弱体化するのを防ぐため、米国はイラク戦争を機に中東全体を「民主化」し、米国へのイスラム移民の流入を止める必要がある。


03年3月20日始まってしまったイラク戦争により、イラクから周辺のイスラム諸国に難民が流出する恐れがあり、まもなく先進諸国の人々はTVでその悲惨な光景を目撃することになろう。

戦火に追われたイスラム教徒の子供たちが難民キャンプで厳しい生活を強いられているのを見れば、先進国の人々の多くは同情し「かわいそうな子供を難民として引き取ろう」と思うだろう。

当然だ。日本は人口1億2000万の先進国だから、少々イスラム難民が来たって……でも「少々」って何人だ? 1万か100万か……そんな心配することない。にんげんは本来自由で、恐怖や貧困から逃れて好きなところで暮らすべき。たとえ自国の人口の半分がイスラム教徒になったって、それは自然の摂理じゃないか……というリベラルな考えの人は、先進国ならどこにでもいるようで、フランスはいつのまにか人口の1割、500万がイスラム教徒になった。

●ソ連崩壊の深層●
いやだ、とはっきり拒否した国もある。ロシアである。
ロシアはソ連時代の末期、総人口は2億数千万人で、その過半数をロシア人、ウクライナ人などの欧州スラブ系が占める「白人の国」で、ソ連領中央アジアのカザフスタン、ウズベキスタンなどに住む、トルコ系などアジア人イスラム教徒は総人口の50%に満たない少数派だった。

が、ソ連は、欧州系白人が中央アジア(アゼルバイジャンなど外カフカス地方を含む)を植民地として搾取する帝国であり、白人の生活水準はアジア人よりはるかに高かった。そして、生活水準が高いと(セックス以外にやるべきことが多々あり、避妊の道具や知識も普及するので)出生率は低い。ソ連末期には、白人人口の伸び悩みと、アジア人人口の急増が顕著になり、21世紀初頭にも白人が少数派に転落することが確実になってきた。

85年にゴルバチョフ書記長(大統領)が登場し、「ソ連植民地経済」の行き詰まりを打開するため市場原理や議会制民主主義を導入する大改革「ペレストロイカ」を打ち出すと、白人たちの民意は人口問題への不満という形で噴出した。

彼らは自分たちのアジア人に対する多数支配を維持するため、植民地(ソ連領中央アジア)の切り捨てを求めた。
もちろん「邪魔だから捨てろ」と言うのは露骨な人種差別であり、政治家も庶民も言いにくい。そこで彼らはタテマエとして「ソ連からのロシアの独立」を主張した。ソビエト連邦はロシア、ウクライナ、カザフスタンなど15の連邦構成共和国から成っていて、アジア人(イスラム教徒)はそのうちカザフスタンなど6か国に集中。「連邦解体で新生民主ロシア建国」と唱えれば、人種差別主義者の汚名を着ることなく、自国内からアジア人を追放し、彼らの福祉に消費されていた国の富を取り返せる、と白人たちは考えた。

ソ連の人権弾圧を非難する小説を書き、民主化運動の象徴だったノーベル賞作家のソルジェニーツィンは「中央アジアや外カフカスはイスラム世界へ向かっている(から無視しよう)。(連邦解体後は、比較的白人が多く住み、重要な資源のある)ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタン(半分は白人)の4国のみで新連邦を結成すべき」と言い、白人だけで「いいとこどり」をしようと提唱したから(朝日新聞94年7月25日付夕刊2面)彼がいかに「アジア人との同居」を嫌悪していたか、よくわかる。

日頃、民主だの人権だのと偉そうなことを言っている人でも、いざ自分が少数派に突き落とされるかもしれない、という恐怖心に襲われれば、突如として人種差別主義者に変貌する。それが人口問題の本質だ。この問題は単純な善悪や人類愛、人権思想などによっては解決できない。

ソ連領中央アジアは、石油や天然ガスなどの資源の宝庫であり、地政学的にも、米国などの海洋国家が容易に攻撃できない大陸国家(ソ連)の聖域、ハートランドだ。その戦略上の要衝を敢えて捨ててでも、白人多数支配を維持する道を(ソルジェニーツィンらの民主的な)ロシア人たちが選んだという事実は、この問題の深刻さを物語っている。

●滅びゆく西洋●
結局91年、ロシアが単独で独立国家に移行したあと、こんにちまで新連邦はできなかった。が、それでも旧植民地の中央アジアとの70年続いた人的交流は容易には途絶えないから、新生ロシアにはぞくぞくとイスラム教徒が流れ込み、かつ出生によってロシア国内でどんどん増え、いまではロシアの総人口1億4000万のうち1/7の2000万がイスラム教徒だ。

近年、西欧東欧を問わず白人諸国はどこも出生率が低下している。となると、若年労働力が不足するから、フランスでもロシアでも旧植民地(中東、中央アジア)からの移民で埋め合わせをせざるをえない。が、そうなるとイスラム教徒が大量に流入し、かつ国内で増え、総人口に占める比重を高めていく。

仏露では、政治家はもはやイスラム教徒の票を無視しては選挙に当選できない。両国が03年の、米英によるイラクのサダム・フセイン政権への強制武装解除(イスラム教徒への戦争)に最後まで反対したのは、両国の政治家が「次の選挙で当選したい」という保身のためで、べつに平和主義とは関係ない。

そして、このような事態が、まもなく米国にも訪れるのだ。

米保守派の論客パット・ブキャナンは著書『病むアメリカ、滅びゆく西洋』(成甲書房02年刊)で「21世紀中に、イスラム勢力により欧州が、ヒスパニックにより米国が乗っ取られる」と先進国が抱える人口問題に警鐘を鳴らすが、同書(原書)執筆時点で、米国の中東移民についての組織的な研究がまだなかったため、ブキャナンは米国内のイスラム人口問題を過小評価していた。

「ユダヤ・ロビー」を通じて米国政治を大きく左右すると言われるユダヤ人(ユダヤ教徒)は2億8000万の全米人口の2%、600万だが、91年の湾岸戦争後、米国内のイスラム人口は急増し、いまや信者数でユダヤ教を抜き、キリスト教に次ぐ第2の宗教勢力になっている(99年12月5日放送のNHKスペシャル『イスラム潮流3』)。

01年9月11日の米中枢同時テロ後米国でイスラム教徒への偏見が高まったのを受けて、02年8月、初めて米国の中東移民を組織的に研究した論文、S.A.カマロタの"Immigrants from the Middle East"が登場した。

それによると、9.11テロ後の偏見や、治安当局の差別的な警戒(テロリスト扱い)にもかかわらず、中東から米国への移民流入はまったく衰えないという(「来るなと言われても来る」ようだ)。中東系移民(大半がイスラム教徒)は大卒が49%で、国内生まれの米国人の28%よりはるかに多く、大卒者に関しては、雇用や賃金の面では中東系移民と米国出身者はほぼ等しい水準にあるようだ。このため、中東系移民全体の平均賃金は(高学歴者が多いせいか)米国出身者の平均賃金よりわずかに高い。

【この事実は、貧しい国(旧植民地)から豊かな国へ移住して働きたい、というにんげんの持つ自然な気持ち(憧れ)は差別ぐらいでは崩れない(差別されるから移住したくない、ということはなく、「差別のない貧困」より「差別のある豊かさ」を選ぶ)ということを示している。
したがって戦前の日本で、植民地朝鮮の人々が日本に移住したのは「みんなむりやり強制連行されたから」というのは間違いだ。封建制が残り近代産業もろくにない戦前の朝鮮半島に嫌気がさした人々は、戦時中の日本政府の徴用を契機に、また一攫千金の「パラダイス」を夢見て日本に移住したのだ(たとえ宗主国政府から移住を禁止されても、植民地住民は宗主国に来たがる。「来るなと言われても来る」のだ)。田中宇『マンガンぱらだいす』(風媒社95年刊)も参照されたい。】

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90〜00年の11年間で、イスラエルを除く中東(イスラム諸国)から米国への移民は65万(アラブ諸国からのに限ると29万)70〜00年の31年間では135万(アラブから58万)もあり、「パレスチナ問題で米国がイスラエルの味方ばかりするので、世界中のイスラム教徒には反米感情がある」という定説がほとんどウソのような数字だ。そのうえ、これには、米国で生まれ(て米国籍を取得し)たイスラム教徒は含まれないし、米国でもイスラム教徒は白人より出生率が高いし、黒人や白人の改宗・入信もあるので、21世紀前半にも、在米イスラム教徒は全米人口の5%(1400万)を軽く超えるだろう。

00年、すでにカリフォルニア州は、移民(中東出身者)だけで39万(家族を入れれば100万以上)を抱え、同州選出の国会議員はイスラム票を意識せざるをえなくなりつつあり、ニューヨーク(NY)州の24万がそれに次ぐ。両州はブッシュ米大統領とそのイラク戦争への支持率がもっとも低い州で、NY市議会は03年3月のイラク開戦直前に「反戦決議」までしている。

イスラエルに対アラブ強硬路線のシャロン政権が00年に誕生し、紛争が激化して以来、93年にイスラエルとパレスチナが結んだ「中東和平合意」は事実上死文化しているが、たとえ和平合意が03年のいま守られていたとしても、それが長く続くとは限らない。

たとえば20年後、イスラム人口が総人口の5〜10%になった米国はイスラエルへの支援を打ち切ると考えられるから、その時点でユダヤ人国家としてのイスラエルは滅亡へ向かい、やがてパレスチナ全土がアラブ人イスラム教徒のものとなるだろう。

米政権内の親イスラエル派(パール国防政策委員長らの「ネオコン」)がなぜ焦っていま、対イラク戦争を起こし、中東の勢力地図を変えようとしているか、わかるだろう。イスラエルにはもう「いま」しかないのだ。時間が経てば経つほど、米国内でのユダヤ人の力は、「イスラム・ロビー」などの台頭により相対的に落ちていくからだ。

そして、このイスラム人口増加の脅威は、ユダヤ・ロビーだけの問題ではない。彼らはたまたま最初にそれに直面しただけで、いずれ多数派の白人キリスト教徒全体もまた、フランスにおけるのと同様に、イスラム教徒の顔色を伺わないと何もできなくなるだろう。

●移民輸出国を「民主化」する●
となると、今回の戦争で米国がイラクの独裁政権を倒し「民主化する」と言っていることの真意が見えてくる。
開戦前、ブッシュはイラクを「第二次大戦後の日本のように(米軍の占領統治で)民主化する」と発言し、日本の政府高官や有識者の反感を買った。日本は米国の占領で初めて民主主義を知ったのではなく、明治以来戦時下を例外としてれっきとした議会制民主主義を実践していたからだ。米軍の占領統治は日本に元々あった民主的な制度に、婦人参政権などの「おまけ」を付けただけだ。

が、米国側から見ると、日本には戦後の米軍統治で劇的に変わった点がある。それは、戦前米国への移民輸出国だった日本が、戦後はそうでなくなったことだ。

戦前、日本人がハワイやカリフォルニアに大挙移民し、かつ勤勉に労働して地位を築こうとしたことは地元の「先住民」(白人)に「乗っ取られるかもしれない」という恐怖を与えた。そこで、ジャップと罵り戦時中には強制収容所に押し込むなどして徹底的に差別したが、それでも日本人移民は日本に帰らなかった。

が、戦後、米占領軍が日本に民主化と「平和憲法」を押し付け、日本軍を「強制武装解除」して、日本の国家財政から膨大な軍事費を削り、戦後日本を民生経済中心に再生させて国民生活が豊かになると、日本から米国への移民流出はぴたりとやんだ。いまでは高度な技量を持つビジネスマン、プロ野球選手など、ごく限られた日本人しか米国移住はめざさず、また米国内の日系人社会の出生率もあまり高くない、という米国の白人にとってもっとも安心できる状態になっている。

20世紀末に米国は、日米関係を「世界でもっとも重要な2国間関係」と呼び、日本を信頼できる同盟国とみなしたが、その最大の理由は、日本が米国の人口構成に影響するような大量の移民を「輸出」せず、米国を内側から崩壊させる「内なる脅威」にならないからだ。

ひるがえって、米国に移民を輸出しているイスラム諸国を70〜00年の累計移民人口の多い順に挙げるとイラン、パキスタン、イラク、バングラディッシュ、トルコ、エジプトとなる。イランはイスラム原理主義国で生活の規制が厳しく、イラクはサダムの残虐な独裁(だから反体制派が米国に亡命したがる)、他の4か国は、政治も独裁でひどいが石油が出ないために経済が貧しい。「自由のない国」「貧しい国」は米国移民が多いのだ。

他方、中東にはサウジアラビア、クウェートなど親米(穏健)派と呼ばれる諸国があるが、それらはいずれも大産油国で、相対的に少ない人口で莫大な石油の富を分かち合い、豊かに暮らせるので、米国に移民を輸出することがない(ロックフェラーら米系石油資本とアラブ産油国が結託して73年に起こした石油危機は、米政財界の保守本流が石油の高騰を仕掛けて、産油国に膨大な「オイルダラー」をつかませて産油国内を豊かにし、米国に移民が来ないように画策したもの、と言える)。

となると、米国がイラクを「民主化する」と言うことの真意は明白だ。米軍が駐留して民主化するなら、それは「親米民主化」で、「親米」とは米国に移民を輸出しないことだ。

これなら、できるだろう。
「米軍に空爆されたイラク国民が、戦後米軍占領下で親米になるか」などと懸念する意見が世界中に溢れているが、それは考えすぎだ。

米軍による「民主化」とは、イランで権力を握ったようなイスラム原理主義勢力は(彼らが政権を握ると、国民が「米国に行って自由に暮らしたい」と考えるので)スパイ工作などで弱体化させ、イラク国民には婦人参政権や女性の職業機会、不倫や飲酒やポルノ鑑賞の自由を与えることだ。これに加えて、イラクを武装解除して軍事予算を削減し、国家経済を戦後の日本のように民生中心に再生すれば完璧だ。石油という、簡単に外貨を稼げる手段があるので、日本の戦後復興より簡単だろう。

これだけでいい。
イラク経済が活性化すれば、エジプトなど他のイスラム諸国から米国に流れている移民を吸着する「ダム」になるかもしれない。
いや、エジプトもイランも「イラク方式」で民主化し、米国に移民を輸出しない国になってもらいたい、というのが米国の本音だろう。

もちろん、イスラム原理主義やそれに基づく厳しい戒律は中東各国でそれなりに支持されている。が、それは、反欧米コンプレックスの処理に有効だから、少しぐらい食欲や性欲などの煩悩を抑える生活もいいだろう、ということなのだ。 もし「民主化されたイラク」で人々が煩悩剥き出しの西洋的生活を始めれば、飲酒や不倫をしたいイスラム教徒はイラクに行くか、イラクをまねるだろう……。

「いや、そうなるとは限らない」「やはり米国は中東をわかってない」という批判が聞こえて来そうだ。
が、これは、できるかできないか、の問題ではない。ロシアが地政学上の常識を捨ててでも白人多数支配を守る道を選んだように、米国の白人支配層もその存亡をかけて、米国の国力(軍事力)が強いいまのうちに、中東の移民輸出を止めると決めたのだ。

おそらく、もうこれしかない、と思っている。たとえそれが不可能なことであったとしても、米国は絶対に後戻りしない。仏露のように、国内のイスラム人口が1割を超えるような「手遅れ」の事態は絶対に許さない。

イラクの戦後復興がどのように進むかを予測するうえで、この在米イスラム人口の問題は最大のキーだ。

●悲しい性(さが)●
筆者がけっしてイスラム差別主義者でないことは、拙著『龍の仮面(ペルソナ)』でおわかり頂けよう。執筆中、筆者はイスラム教徒と同じ食習慣を守り、イスラム暦に従ってラマダン(1か月続く日中の飲食禁止)も実行し、イスラム教徒になりきったから、いまでもトルコ系やイスラムの悪口を言われると、むっとする。

筆者は、また筆者に限らず日本人ならだれでも(ソルジェニーツィンでも)1人の気の毒なイスラム難民を自国に迎え入れることにはなんの異存もない。が、100万人迎え入れるとなると、だれでも躊躇する。

もちろん、人類は過去の過ちから人種差別、宗教差別の愚かしさを学習できる。だから、異なる人種や宗教を少しずつ受け入れるのなら、なんとか可能だ。

が、欧米先進諸国は、イスラム教徒の桁外れな人口増加と団結の強さに脅威を感じざるをえない。
移民の大量流入や人口爆発によるあまりに急激な変化は、差別主義者でない人の心をも変えてしまう。現在世界の総人口は62億で、イスラム教徒はその1/5だが、21世紀の半ばには1/2にまで増えると予測されているのだから。

筆者の小説デビュー作 『ゲノムの方舟』(徳間書店00年刊、本体\2,400)は、この人口問題の「心理的影響」がテーマだ。

【「イラク戦争」や「米国の人口戦略」については次回以降随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)解析します。
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 (敬称略)

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