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機密宣伝文書?

〜『対北朝鮮・中国機密ファイル』の撃〜

Originally written: June 30, 2008(mail版)■機密宣伝文書?〜週刊アカシックレコード080630■
Second update: June 30, 2008(Web版)

■機密宣伝文書?〜週刊アカシックレコード080630■
北朝鮮を分析した中国政府の「機密文書」として日本で出版されているものは、軍事常識に反する非論理的な記述が多い。それを読んでも、米国が北朝鮮の「テロ支援国家」指定を解除する理由はわからない。
■機密宣伝文書?〜『対北朝鮮・中国機密ファイル』の撃■

■機密宣伝文書?〜『対北朝鮮・中国機密ファイル』の撃■
【小誌2007年2月22日「北朝鮮の北〜シリーズ『中朝開戦』(1)」は → こちら
【小誌2007年3月1日「脱北者のウソ〜シリーズ『中朝開戦』(2)」は → こちら
【小誌2007年3月8日「戦時統制権の謎〜シリーズ『中朝開戦』(3)」は → こちら
【小誌2007年3月18日「すでに死亡〜日本人拉致被害者情報の隠蔽」は → こちら
【小誌2007年4月14日「国連事務総長の謎〜シリーズ『中朝開戦』(4)」は → こちら
【小誌2007年5月14日「罠に落ちた中国〜シリーズ『中朝開戦』(5)」は → こちら
【小誌2007年5月21日「中国の『油断』〜シリーズ『中朝開戦』(6)」は → こちら
【小誌2007年6月7日「米民主党『慰安婦決議案』の謎〜安倍晋三 vs. 米民主党〜シリーズ『中朝開戦』(7)」は → こちら
【小誌2007年6月14日「朝鮮総連本部の謎〜安倍晋三 vs. 福田康夫 vs. 中国〜シリーズ『中朝開戦』(8)」は → こちら
【小誌2007年7月3日「『ニセ遺骨』鑑定はニセ?〜シリーズ『日本人拉致被害者情報の隠蔽』(2)」は → こちら
【小誌2007年9月13日「安倍首相退陣前倒しの深層〜開戦前倒し?〜シリーズ『中朝開戦』(9)」は → こちら
【小誌2007年10月6日「拉致問題依存症〜安倍晋三前首相退陣の再検証」は → こちら
【小誌2007年10月22日「軽蔑しても同盟〜シリーズ『中朝開戦』(11)」は → こちら
【小誌2007年11月16日「先に『小連立』工作が失敗〜自民党と民主党の『大連立政権構想』急浮上のウラ」は → こちら
【小誌2007年12月21日「大賞受賞御礼〜メルマ!ガ オブ ザ イヤー 2007」は臨時増刊なのでWeb版はありませんが → こちら
【小誌2008年2月1日「ヒラリー大統領〜2008年米大統領選」は → こちら
【小誌2008年2月18日「毒餃子事件の犯人〜チャイナフリー作戦〜シリーズ『中朝開戦』(12)」は → こちら
【小誌2008年3月6日「中朝山岳国境〜シリーズ『中朝開戦』(13)」は → こちら
【小誌2008年3月17日「女は女を理解できない?〜朝ドラ視聴率低迷の意外な理由」は → こちら
【小誌2008年3月31日「謎の愛読書群〜シリーズ『ロス疑惑』(1)」は臨時増刊なのでWeb版はありませんが → こちら
【小誌2008年4月1日「拝啓 三浦和義様〜シリーズ『ロス疑惑』(2)」は臨時増刊なのでWeb版はありません。】
【小誌2008年4月25日「捏造政局〜『支持率低下で福田政権崩壊』報道のウソ」は → こちら
【小誌2008年5月19日「読者の皆様の平均年齢〜より充実した記事のため『読者アンケート』にご協力を」は臨時増刊なのでWeb版はありませんが → こちら
【前回「媚日派胡錦濤〜『福田康夫は親中派』報道のデタラメ」は → こちら

北朝鮮を分析した中国政府の「機密文書」として日本で出版されているものは、軍事常識に反する非論理的な記述が多い。それを読んでも、米国が北朝鮮の「テロ支援国家」指定を解除する理由はわからない。

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富坂聰編『対北朝鮮・中国機密ファイル 来るべき北朝鮮との衝突について』(文藝春秋社2007年刊)の副題を見たとき、筆者は「ようやく中朝戦争の可能性に言及した本が出たか」と喜んだ。が、それについての編者の言葉をWebで読んだとき、がっかりした。「北朝鮮建国の父である故キム・イルソン(金日成)が、1950〜1953年の朝鮮戦争の最中に、北朝鮮を援助する中国人民解放軍の司令官から平手打ちを受けた」などという、地政学上なんの意味もないエピソードを編者が重視していたからだ(文藝春秋『本の話』2007年9月号「来るべき北朝鮮との戦争に備えよ〜自著を語る 富坂聰編『対北朝鮮・中国機密ファイル』」 、小誌2007年10月22日「軽蔑しても同盟〜シリーズ『中朝開戦』(11)」)。

しかしまあ、拙著『天使の軍隊』は小説なので、現時点では、富坂前掲書はノンフィクションのなかでは唯一の「中朝戦争」に関する書籍である。そこで、機会があったら読みたいと思っていて、最近ようやくその機会を得た。

で、じっさいに読んでみて、やっぱり失望した。
(>_<;)
筆者は他人の書籍出版の邪魔をするのは嫌いなので、批判する前によい点を挙げたいのが、上記の「平手打ち」のエピソードや、中朝国境の確定交渉(富坂前掲書 p.51 第1章第7節「金日成にも大きな借りができた」)、さらに「朝鮮人」の女性が中国国内で結婚詐欺などの犯罪をやりまくっている話(富坂前掲書 p.p 145-147 第2章第6節「脱北者の昨今」)など、興味深い下りは多々ある。だから、読み物として面白い。
が、同書には、同書全体の信憑性を疑わせる記述が散見されるため、それが結果として面白いエピソードの信憑性をも落としてしまっている。

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●日本は最大の被害国になる!?●
たとえば、
_
「朝鮮の現政権が危機に瀕したとき、軍事的に暴走するとしたら、おそらく日本は最大の仮想敵国として最大の被害国になるだろう」(富坂前掲書 p.298 第5章第6節「永遠の敵 - 日本人と朝鮮人」)
_
という下りである。これはカバー(ソデ)の宣伝コピーにも使われており、2002年の小泉純一郎元首相の訪朝以降、北朝鮮による日本人拉致事件の処理(拉致問題)をめぐって昂揚している日本国民の「反北朝鮮感情」を刺激し購買意欲をかきたてる役割を担っているのは明らかだ。が、その論拠は、上記の「平手打ち」と同様の、以下のような感情論であって、地政学的な根拠は一切挙げられていない:

「日本に対する感情はまさしく敵に対する気持ちである。歴史的に見ても、また現実的な意味でも、いじめられて裏切られたという深い恨みの感情を抱えている」(富坂前掲書 p.298 第5章第6節「永遠の敵 - 日本人と朝鮮人」)

しかし、北朝鮮の支配階級が具体的に日本の何についてどう恨んでいるかという記述は一切ない。

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【1970〜1980年代、韓国がまだ日本文化解禁前の頃、日本の民間団体が訪朝したら、北朝鮮側が日本の歌を歌って歓迎してくれて、たいそう驚いた、というエピソードが朝日新聞で報道されたことがあるので、この「恨み説」はかなり怪しい。韓国は日本と同じ資本主義体制をとっているのに国力で日本に勝てない、という劣等感があるが、北朝鮮にはそれがないからだ。】

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小誌既報のとおり、北朝鮮が日本人から見て軽蔑すべき三流国家なのは間違いない(小誌2007年10月22日「軽蔑しても同盟〜シリーズ『中朝開戦』(11)」)。しかし、その問題と「北朝鮮が日本にとって脅威である」かどうかという問題とは、まったく関係がない。
北朝鮮と日本の間には領土問題はない。現に北朝鮮軍は佐渡島や隠岐諸島を占領するのに必要な上陸用舟艇をほとんど持っていないので、軍事技術的に見ても間違いない(もちろん、日本側にはも北朝鮮の領土を欲する理由は一切ない)。
となると、北朝鮮が日本を攻撃してなんのトクがあるのか、さっぱりわからない。北朝鮮が日本に望むものは、経済援助などのカネしかない。そしてそれは、2002年の小泉訪朝以来明らかなように、日朝間で国交を結びさえすれば簡単に手にはいるのだ。北朝鮮にとって日本を攻撃することは、日本から得られるはずの援助を失うだけで、百害あって一利もない。

「日朝開戦」という、もし実現すれば世界情勢を一変させるような重要な軍事問題の予測の根拠が地政学でも軍事技術でもなく「感情論」であるという機密文書など、ありうるだろうか。

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●素人同然!?●
筆者がいちばん驚いたのは、以下の記述である:

「二〇〇三年末から中国政府は、延吉や丹東、琿春などの朝鮮と国境を接する一部地域に鉄条網を張り巡らした。鉄条網の高さは一メートル八十センチ、三メートル間隔で『T』形のコンクリートの柱を打ち付けてつなげてある。これは三十八度線の朝鮮・韓国国境にある鉄条網にそっくりのものである。十数キロメートルの距離にわたって張り巡らせている地域もある。二〇〇六年九月には、長白山(白頭山)の麓の図們江(豆満江)の源流で、数十キロメートルにわたる鉄条網が完成している」(富坂前掲書 p.p 120-121 第2章第5節「国境での犯罪」)

これを読むと「中朝の国境線は(少なくとも要所要所では)鉄条網でしっかり区切られているので、38度線と同じように明確だ」という印象を受ける方が少なくないであろう。

しかし、38度線が朝鮮半島の南北間の明確な境界線として機能するのは、鉄条網があるからではない。鉄条網の両側に韓国、北朝鮮双方の兵力が多数配備されていて、越境しようとする者をいつでも射殺できる態勢がとられているからである。

鉄条網そのものには大した意味はない。なぜなら、鉄条網はペンチを使えば簡単に切れるからだ。
そして、1300kmにおよぶ中朝国境の場合、その相当部分が急峻な山間僻地を走る「山岳国境」なので、38度線のように常時大量の警備兵力を張り付けておくのは困難だ。38度線の両側の土地はほとんど平地だが、中朝国境の両側の土地は、大半が山岳地帯なので、あちこちで斜めになっている。
警備兵が登山家のような訓練を受ければ、クライミングロープ(ザイル)やピッケルを使って平らでない地面や岩肌や氷壁の上を進むことはできるが、斜面に足を踏ん張って長時間ライフルを構えていることなどできない。エベレスト登頂途中の登山家のように、クリフハンガーを使って山肌にぶらさがることはできるが、その場合は銃などほとんど撃てないし、だいいち銃弾や食糧の補給に膨大なコストがかかるので、急峻な山岳国境地帯では、38度線で行われているような「常駐警備」は不可能である。
結局、そんな山岳地帯に鉄条網を張り巡らせたところで、警備兵のいないときにペンチで切られるのが関の山だ。つまり、中朝国境を明白に区切る「標識」は山岳地帯では事実上存在しないのである。

上記の中朝国境についての記述は、軍事常識、というより、一般常識に照らして、かなりおかしい。「砲弾や手榴弾で吹っ飛ばされても車両の走行を阻止することのできる、伸縮性のある最新式の軍事用鉄条網でさえ、時間をかければペンチで切断できる」という専門知識がなくても(2008年5月10日放送のディスカバリーチャンネル『フューチャーウェポン 21世紀 戦争の真実』)、1985年の米国映画『ランボー 怒りの脱出』(ジョージ・P・コスマトス監督)で、ランボー(シルベスター・スタローン)が鉄条網のいちばん下の有刺鉄線を素手でつかんで、超人的な筋力で引っぱり上げて、その下をくぐって囲みを抜け出すシーンを思い出せば十分だろう。
(^^;)
鉄条網は、大坂の冬の陣のときの「大坂城の濠」とは違って、それ自体では敵の出入りを遮断する機能を持っていないのである。

つまり、上記の記述は、「中朝の国境線は鉄条網で区切られていて、ちゃんと存在するんだよ」ということを宣伝するための、中国政府の「大本営発表」なのであって、およそ「機密文書」などと言える類のものではない(ほんとうに価値のある機密文書なら、どこが脱北者のおもな通り道になっているか、といった「不都合な真実」が書かれていなければならない)。

現実の中朝間には、国境はあるが、国境はない。朝鮮人たちは大昔から「国境」沿いの鴨緑江・豆満江の両岸に住んでいて、日常的に行き来して来たのだ(小誌2008年3月6日「中朝山岳国境〜シリーズ『中朝開戦』(13)」)。

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●朝鮮と朝鮮
「機密文書」は、朝鮮人すなわち北朝鮮国民が、北朝鮮全土から中国に密入国し、窃盗、強盗、密輸、売春、ニセ札取り引き、覚醒剤密売などを盛んに行っている、と記しているが(富坂前掲書 p.p 121-124 「国境での犯罪」)、中朝国境地帯の中国側(旧満州)に住む朝鮮人は「朝鮮」と呼んで区別していて、後者についての犯罪の記述はほとんどない(例外は、第2章第6節「脱北者の昨今」 p.146 6〜7行目の「[人身売買による結婚を仲介する]悪徳業者たち(中国籍朝鮮族が多い)」という記述)。

たとえば、上記の「朝鮮人」の女性が中国国内で結婚詐欺などの犯罪をやりまくっている話(富坂前掲書 p.p 145-147 「脱北者の昨今」)を読むと、ある疑問が湧く。
若くて美しい「朝鮮人女性」が、中国籍朝鮮族の悪徳結婚仲介業者とグルになり、闇市で買ったニセの「農村戸籍」と身分証明書を用意して結婚紹介所に登録し、「都市で暮らしたいから『都市戸籍』を持つ男性と結婚したい」とウソをついて、都市中国人の男性から仲介料を巻き上げて姿を消すという手口なのだが…………よーく考えてみると、中国籍朝鮮族の悪徳業者は、必ずしも北朝鮮から密入国した朝鮮女性とだけ組む必要はないのだ。

農村戸籍は都市への移住を原則的に禁じられた約9億の「農村中国人」(筆者佐々木敏の造語)が持つ戸籍であり、都市戸籍は都市居住権のある約4億の「都市中国人」(同)が持つ戸籍である。朝鮮族の多くが住む吉林省延辺朝鮮族自治州など東北地方(旧満州)の大半は農村地域なので、そこに住む中国籍朝鮮の女性、約96万人は当然農村戸籍を持っている(2000年の全国国勢調査によると、朝鮮の総人口は約192万。富坂前掲書 p.51 第1章第7節「金日成にも大きな借りができた」)。
「機密文書」は、

「結婚相手を探す[都市中国人の]男性は、この罠に簡単に引っかかってしまう。三千元から五千元の仲介料を払い、『貧しい農村から玉の輿を夢見てやってきた朝鮮族の花嫁』と結婚する」(富坂前掲書 p.146 第2章第6節「脱北者の昨今」)

と記すが、中国籍朝鮮族の悪徳業者は、ほんものの朝鮮の女性と組めば、闇市で買わなくてもタダで農村戸籍も身分証明書も手にはいるのだから、元手がかからず好都合なはずだ。あるいはまた、朝鮮の女性のなかには自分の農村戸籍を闇市で売るより、自分でそれを繰り返し使って結婚詐欺で儲けたほうがトクだと気付く者だっているはずだ。なんで悪徳業者の共犯者が朝鮮に限定されなければならないのか。

どうやらこの文書の原著者は「朝鮮の女性には悪人が多いが、朝鮮の女性はみな善人である」と言いたいらしい(んなアホな)。
(^^;)
たとえば、

「朝鮮族であれば中国語は朝鮮語と同様に話すことができるのだが、彼女たち[自称朝鮮族]は片言の中国語しか話すことができず、朝鮮語の発音も明らかに朝鮮族のものとは違っていた」(富坂前掲書p.145 第2章第6節「脱北者の昨今」)

という下りは、「中国政府は国境の内側を完全に統治していて、国境付近に住む朝鮮にも完璧な中国語教育を施しているから、『朝鮮』は『朝鮮』とは違う」ということを言いたいのだろう。

しかし、すでに自ら、朝鮮族の悪徳業者の存在を認めていることで明らかなように、朝鮮と朝鮮を区別する意味はほとんどない。小誌既報のとおり、2005年にじっさいに中朝山岳国境を踏破した筆者の知人からの情報では、山岳国境地帯に住む朝鮮には、電気も学校も、軍人や警官や共産党員の監視の目も届かない地域で、まったく中国語を話せないまま、中国国民という自覚もないままに暮らしている者がほとんどだ(小誌2008年3月6日「中朝山岳国境〜シリーズ『中朝開戦』(13)」)。

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要するに、中朝山岳国境地帯の中国側は、いかなる国の政府もほとんど管理することのできない、パキスタン-アフガン国境にまたがるテロリストの温床、トライバル・エリア(部族地域)と同じ「無法地帯」なのだ。

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●日本へのお願い!?●
ところで、この「機密文書」の原著者は、中国共産党中央対外連絡部亜洲局(対北朝鮮外交の窓口)の官僚、外交部(外務省)亜洲司の官僚、中国社会科学院世界政経研究所の研究者、中国軍事科学院の研究者(鉄条網の意味も知らない軍事的素人?)だそうだ(富坂前掲書 p.1 「はじめに」)。

彼らはなぜかある日突然「禁を侵して北朝鮮の実態を世に問おう」とし、まず中国国内でも権威のある某政府系出版社に、次いで新華出版社に持ち込んだが、両社ともに「北朝鮮の暗部を書きすぎている」という理由で「最後の最後の段階になって」出版を自粛し、最終的には日本での出版を選択した、という(富坂前掲書 p.p 2-3 「はじめに」)。

富坂は「彼らが、どうやって国内での処罰という可能性を克服したのかについてはいま一つ判然としなかった」と心配しているが(富坂前掲書 p.3 「はじめに」)、もちろんそんな心配は無用である。
この「文書」は、元々国内向けに、「部族地域」に対する中国政府の恥ずべき統治能力の欠如を糊塗するために作成されたに違いない。
あるいは、「朝鮮族の男には(追放すべき)悪徳業者がいるが、朝鮮族の女はみんな善良だ(から結婚してもよい)」などと、中国政府の人口政策上誠に都合のいいウソを宣伝するという目的もあっただろう。

上記の顛末を素直に読めば、以下のように解釈できる:
「中国の役人が国内向けに宣伝文書をまとめたものの、その内容たるや典型的な『お役所仕事』の産物で、旧満州に住む中国人が読めばすぐにウソとバレるので、国内の出版社に出版を断られたものの、かかったコストを回収したい役人たちが、旧満州の現状を知らない日本の出版社をうまくだまして、機密文書だということにして出版させた」

おそらく、日本での出版前に「中国国内向け」の文書を「日本向け」に仕立て直す作業は行われているはずだが、元々が中国人の「朝鮮」と「朝鮮男性」に対する敵意をかき立てる目的で書かれた文書なので、北朝鮮が日本の軍事的脅威になる理由に「感情論」しか挙げられないなど、お粗末さが目立つ。

つまるところ、中国がもっとも恐れている外国は北朝鮮であり、近い将来「中朝戦争」が勃発する可能性が現実にあるので、「勃発した場合は、日本は北朝鮮の味方をしないで下さい」という思いを込めて、取っ手引っ付けたように不自然に、「[北朝鮮の現政権が軍事的に暴走したら]日本は[中略]最大の被害国になる」(富坂前掲書 p.298 第5章第6節「永遠の敵 - 日本人と朝鮮人」)などという根拠薄弱な結論を突っ込んだのだろう。

この「機密文書」は、軍事常識や地政学的教養のある者が読めば、原著者のウソがわかるし、逆に中国政府のホンネが透けて見えるので、それなりに価値がある。その意味では、版元(文藝春秋社)はいい本を出してくれたと思う。
(^_^)

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●絵に描いた餅●
ところで、「機密文書」には、朝鮮族の現状に関する以下のような記述がある:

「地理的な問題もあり、中国に暮らす朝鮮族のほとんどは出身地が北朝鮮で、親戚も北朝鮮に集中している」(富坂前掲書 p.51 第1章第7節「金日成にも大きな借りができた」)

これだけを見ると、中国領内の朝鮮人は本来「よそ者」であるから、場合によっては北朝鮮に移住する(帰る)ことになってもさほど気の毒ではない、と読める。これは、「部族地域」を中国人の手に取り戻したい中国政府の地政学的な願望と合致する。

しかし、中国と朝鮮を仕切る緑鴨江、豆満江などの河川は上流では川幅が狭く、簡単に歩いて渡れるので、朝鮮族は数百年、いや、数千年前から旧満州南東部に住んでいる。彼らの「親戚が北朝鮮に集中している」はずはなく、現中国領内にも確実に分布しているはずだ。

この見え透いたウソの宣伝を、2002年に中国政府が始めた「東北工程」プロジェクトとあわせて考えると、中国政府の一貫した意図が読み取れる。
東北工程とは、紀元前37年〜紀元後668年に旧満州南東部から現北朝鮮北部にかけて存在した古代国家・高句麗を(朝鮮の王朝ではなく)中国古代の地方政権と位置付けて中国史に編入するプロジェクトで、中国外交部はこの方針に基づいて2004年に、外交部のホームページの朝鮮史の項から高句麗を削除している(小誌2007年2月22日「北朝鮮の北〜シリーズ『中朝開戦』(1)」、朝鮮日報日本語版2004年7月14日付「中国大使館呼び『高句麗削除』抗議」 )。

上記のように、山岳国境は防衛が困難であるため、防衛政策としては、国境山岳地帯の手前(山の麓)まで支配したところで諦めるか、国境を越えて山を降りた向こう側の麓まで支配するか、の2つに1つしかないが、現在の中朝国境の中国側における防衛態勢は前者の状態に留まっている。中国政府がこれを完全に解決しようとすれば、中朝戦争を起こして北朝鮮領の一部を侵略併合するしかないのだから、「東北工程」はそのための大義名分作りにほかなるまい。

中国政府は歴史を歪曲して「古代高句麗は中国領」と主張することで、将来中朝戦争を戦う際には、堂々と北朝鮮北部を侵略して自国領に編入し、「朝鮮族」を旧満州から根こそぎ追放して、鴨緑江・豆満江の向こう側の「占領地」、あるいは、そのもっと先の現北朝鮮領中央部にまで追放して「すっきり」したいと願っているのではあるまいか。

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【但し、中国の農村では、「一人っ子政策」の悪影響で、後継ぎに男児を望む夫婦の「女児殺し」(間引き)が横行したこともあって、男性人口が過剰になり「嫁不足」が起きているので、それも解決しなければならない(『R25』2007年7月5日「中国の『一人っ子政策』 30年がもたらした現象とは? 極端な女子不足が深刻化?」)。そこで、「朝鮮族の女性」は上記のとおりみな善人だということにして、中国が中朝戦争に勝ったあとも旧満州に残しておいて「農家の嫁」に充当しよう…………などという、まったく人をばかにしたような、実現不可能なムシのいい計画を、中国政府の現役官僚のだれかが考えて文書にまとめて出版しようとしたものの、その内容のあまりの「身勝手さ」に新華出版社らが呆れて二の足を踏んだのだろう。】

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上記の「中国に暮らす朝鮮族のほとんどは出身地が北朝鮮……」の下りからは、朝鮮族(の男性)を中国領内から追い出して「民族浄化」政策を実施したい中国政府のホンネが読み取れる。

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●「拉致」<「中国の脅威」●
これで逆にはっきりした。中朝戦争が勃発したら、日本は絶対に北朝鮮の味方(戦後復興援助の約束)をすべきなのだ。それで、北朝鮮は(外国の援軍がなくても単独で)安心して国土を焦土にする覚悟で中国をたたけるし、「部族地域」を実効支配していない中国は旧満州南東部での戦闘では呆気なく大敗し、国家的威信を喪失するだけでなく、「北京政府の戦争」に巻き込まれて北朝鮮のミサイル攻撃を受けることを恐れる、元々独立心の強い上海市や広東省が分離独立を志向するため、国家として機能しなくなるだろう。

さすれば、東シナ海の海底油田はすべて日本のものになるし、日中間の尖閣諸島領有権争いはなくなるし、台湾は半ば自動的に対中国独立宣言をするし、中国という巨大な脅威は半永久的に日本(と米国)の前から消えてなくなるし、それでいて、「人口13億の巨大市場」はいくつかの中小国家に分かれてそのまま残る。日本人がどんなに北朝鮮を嫌いでも、北朝鮮をたたくのは、これらすべての問題が日本に有利に解決したあとにすべきだ。

これらの問題に比べると、拉致問題はあまりにも小さい(拉致問題が解決したからといって、中国の脅威がなくなるわけではない)。だから2008年6月、米国政府は北朝鮮に対する「テロ支援国家指定」を解除することを決め、日本政府(福田康夫首相)もそれを容認したのだ(毎日新聞Web版2008年6月25日「福田首相:北朝鮮のテロ支援国家指定解除、容認を示唆」)。

そもそも、いまだに帰国していない日本人拉致被害者のうち、日本国民の大半が生きていると思い込んでいる者の大半はすでに死んでいるので、その身柄(?)を取り返すことを、自国の安全保障より優先する政治家など(よほどの売国奴でない限り)ありえない(小誌既報のとおり、拉致被害者が生きているとする根拠は元々、ほとんど存在しない。日本国民が拉致被害者生存の「根拠」と思っているものの大半は、安倍晋三前首相や彼に近い勢力によって、日本の国益ではなく、中国の国益のために捏造された疑いがある。小誌2007年3月18日「すでに死亡〜日本人拉致被害者情報の隠蔽」、6月14日「安倍晋三 vs. 福田康夫 vs. 中国〜シリーズ『中朝開戦』(8)」、7月3日「『ニセ遺骨』鑑定はニセ〜シリーズ『日本人拉致被害者情報の隠蔽』(2)」)

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●どうでもいい「北の核」●
米国が北朝鮮をテロ支援国家指定から公式に解除し、北朝鮮が世界銀行などの国際金融機関からの融資を受ける道が開かれるのは、2008年6月26日の、ブッシュ米大統領による解除手続き開始(議会への通告)の翌日から45日後の、8月11日なので、この45日間を使って米国や国際機関は、北朝鮮の「核開発計画」だけでなく、現在すでに保有している「核兵器」をも慎重に検証し、廃棄させるべきだ、という正論が世界中のマスコミに溢れている(毎日新聞Web版2008年6月27日「北朝鮮:米『テロ指定』解除 6カ国協議再開へ 日朝2国間、模索も」、読売新聞Web版2008年6月24日「北テロ指定解除 核申告の検証を徹底せよ(6月25日付・読売社説)」)

しかし、それほど慎重な検証は必要ない。なぜなら、北朝鮮は2006年10月の「核実験」後も、核兵器など持っていないからだ。あれは核実験ではなくただの宣伝だ(小誌2006年10月16日「北朝鮮『偽装核実験』の深層〜最後は米朝同盟!?」)。たとえその後の「核兵器開発」計画によって、北朝鮮が現在使用可能な核兵器を獲得したとしても(どうせ弾頭の小型化には成功していないからミサイルに搭載することはできず、したがって)単に、軍用機に載せて中国に落とすことができるだけなので、当面日米の脅威にはならない。

というか、そもそも、「核開発計画」の放棄、つまりニョンビョン(寧辺)地区のプルトニウム抽出施設の無能力化のみを記し、ウラン濃縮施設やシリアへの核開発協力などの「核兵器開発計画」の放棄を一切記さない北朝鮮の「核申告」を米国政府(ブッシュ米大統領)が了承したのは、「もしかすると北朝鮮は中国を核攻撃するかもしれない」と中国(の一般市民)に思わせて、中朝戦争勃発時に上海市民や広東省民の「北京の戦争に巻き込まれたくない」という厭戦気分を引き出し、中国の分裂を促すための伏線とも考えられる。

尚、この場合は、北朝鮮の核保有について中国の一般市民をだませばよいので、中国の軍人たちが真実を見破っていたとしても関係ない。中朝開戦後に米国政府高官がひとこと「北朝鮮にはまだ核兵器があるかもしれない」と言いさえすれば、上海市全体はパニックになって、北京と縁を切りたがるはずだからだ。上海市政府のように、北京中央政府の援助なしで自力で豊かな経済を運営できる地域は、税金(基本的に国税はなく、地方政府単位で徴税)を北京の中央政府に渡さずすべて地元で遣いたいと思っているので、上海市民の「民意」を口実に分離独立に動くはずだ(日中投資促進機構 Web 2004年『投資機構ニュース』No.100「中国における今後の会計制度と税制、さらにM&Aについて」)。

ブッシュ現米大統領はイラク戦争でつまづいたので、任期中になんらかの外交的成果を上げたい一心で、焦って「北朝鮮の非核化」をまとめようとして、北朝鮮に対して大甘な、見かけだけの「核廃棄」を進めている、という批判が世界中に溢れているが(AFPBB 2007年6月25日「『北朝鮮外交』で成果狙うブッシュ政権」、産経新聞2008年6月21日付朝刊1面「背信の論理 テロ指定解除(上) 拉致軽視『欠格の融和策』」)、この批判はそれ自体矛盾している。

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北朝鮮政府は2008年6月27日、寧辺の核施設の冷却塔を爆破し、全世界にTV中継させたが、事前に外国のマスコミに冷却塔内部を撮影させて、塔内部の冷却装置がすでに運び出されている(から冷却塔は簡単に再建できる)ことも全世界に報道させている(毎日新聞Web版2008年6月27日「北朝鮮:寧辺核施設の冷却塔爆破 『政治ショー』の見方も」)。ブッシュ政権がこの冷却塔爆破を核廃棄への動きと評価したことをもって、「ブッシュは外交上の成果を焦っている」という批判報道が主流だが、世界中で「爆破はショーにすぎない」と報道されていることが「外交上の成果」にならないことぐらい、ブッシュ本人にも当然わかっている。

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2008年のブッシュは「北朝鮮の非核化」を達成した大統領として歴史に記録されたいのではなく、将来中朝戦争によって米国の脅威である「邪悪な中国」が粉砕された際に、その前提条件となる米朝接近の道筋を付けた大統領として歴史に名を残したいのだ(つまり、1980年代の中ソ対立、米ソ対立の前提となる米中接近を最初に実現させた、1971年のニクソン大統領やキッシンジャー大統領補佐官のようになりたいのだ)。

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【中朝戦争勃発のときの米大統領がだれであるかは不明だが、米国内の「中朝戦争賛成派」(米議会上下両院で多数を占める米民主党の主流派)は、明らかに自分たちの同志であるヒラリー・クリントン上院議員が2008年6月に次期大統領選から撤退したため、中朝戦争を可能ならしめる前提条件の整備を加速するよう、ヒラリーに代わってブッシュをたきつけたに違いない。おそらくその作業はブッシュ現大統領の任期中に終わるだろう。】

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たとえどんなにジョージ・W・ブッシュが愚かだとしても、彼のまわりには軍事常識や地政学をわきまえた側近や顧問が何十人もいる。大統領が血迷って冷却塔の「爆破ショー」を核廃棄と言い募るのを、彼らが地政学上の理由もなく許すはずがない。
いやしくも合衆国大統領ともあろう者が「成果を焦った」ぐらいのことで、自ら「悪の枢軸」と呼んだ仇敵に「なし崩し的な譲歩」をすることなどありえない。マスコミはもう少し常識をもって報道してもらいたい。

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【「北朝鮮は中国の属国だから、中朝戦争などありえない」という「常識」は、中朝間の国境防衛が完璧であることを前提にした虚構である。】

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【この記事は純粋な「予測」であり、「期待」は一切含まれていない。】

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【中朝国境地帯の情勢については、お伝えすべき新しい情報がはいり次第お伝えする予定(だが、いまのところ、中朝両国の「臨戦体制」は継続中)。】

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【2007年4月の『天使の軍隊』発売以降の小誌の政治関係の記事はすべて、読者の皆様に『天使』をお読み頂いているという前提で執筆されている(が、『天使』は中朝戦争をメインテーマとせず、あくまで背景として描いた小説であり、小説と小誌は基本的には関係がない)。】

【出版社名を間違えて注文された方がおいでのようですが、小誌の筆者、佐々木敏の最新作『天使の軍隊』の出版社は従来のと違いますのでご注意下さい。出版社を知りたい方は → こちらで「ここ」をクリック。】

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【尚、この小説の版元(出版社)はいままでの拙著の版元と違って、初版印刷部数は少ないので、早く確実に購入なさりたい方には「桶狭間の奇襲戦」)コーナーのご利用をおすすめ申し上げます。】

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【小誌をご購読の大手マスコミの方々のみに申し上げます。この記事の内容に限り「『天使の軍隊』の小説家・佐々木敏によると…」などの説明を付けさえすれば、御紙上、貴番組中で自由に引用して頂いて結構です。ただし、ブログ、その他ホームページやメールマガジンによる無断転載は一切認めません(が、リンクは自由です)。】

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 (敬称略)

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