「石原降伏」の謎

〜「ポスト小泉」の暗闘〜

Originally written: June 13, 2005(mail版)■石原降伏〜週刊アカシックレコード050613■
Second update: June 13, 2005(Web版)

■石原降伏〜週刊アカシックレコード050613
靖国神社に参拝しない次期首相が、そのことで人気政治家・石原都知事から批判されて支持率が落ちることがないように、05年5月、某勢力はあらかじめ石原側近の副知事を罠にかけて辞任に追い込み、石原を恫喝した。
■「石原降伏」の謎〜「ポスト小泉」の暗闘■

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【シリーズ「2011年のTV」(受信機市場 vs. 堤義明)は1回休みます。】

05年2月、東京都政の包括外部監査(外部の公認会計士や弁護士の監査)で、東京都の補助金で建設された東京都社会福祉総合学院の施設が、民間の学校法人に格安で転貸されている実態が明るみに出た。

自民党都議会議員にとって、福祉関係の利権は、自民党と関係の深い都庁OBが牛耳る「石原知事も寄せ付けない牙城」だった(『週刊ポスト』05年6月17日号 p.198「石原慎太郎都知事が都議会に全面降伏 なぜだ!?」所収の某都議発言)。が、有権者から議会を経由して間接的に選ばれる首相と異なり、知事は有権者に直接選挙されて選ばれており、東京都知事は論理的には都議会に遠慮すべき理由は何もないので、石原都知事は3月の都議会で「ありえない賃貸関係」と批判した。

都議会自民党は戦慄した。絶大な人気を誇る知事が不正を糾せば、自分たちの金城湯池が崩壊する………こう危惧した都議会自民党は警視庁に泣き付いたようだ。

警視庁でこの種の事件(背任)を担当するのは刑事部捜査二課だ。拙著『中途採用捜査官』シリーズで描いたとおり、捜査二課長は国家公務員の警察官僚(キャリア)のポストであり、背任などの経済犯罪のほか、選挙違反、偽証罪といった知能犯全般を担当する。

なぜ二課長がたたき上げのノンキャリア(地方公務員捜査官)のポストでなく、キャリアポストなのかというと、二課長は捜査を通じて、永年与党だった自民党の弱みを握るからだ。

もし二課がすべての選挙違反を摘発すると、自民党は壊滅状態になる。(^^;) だから二課長(やその上司の刑事部長や警視総監)は適当に選挙違反などの摘発を手抜きして自民党に恩を売り、それと引き換えに中央官庁での出世、政界への転身、天下り先の確保を、自民党や自民党と親しい官僚や財界人に求めるのが常だ。

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【二課長ポストは「政治力」が強過ぎるために1人が長居することはなく、1〜2年で交代するのが慣例になっている。つまり『中途』の団藤二課長は小説で描かれているとおりの変わり者なのだ。】

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しかし、絶大な人気があり、作家としても著名な石原の場合、べつに選挙で自民党に応援してもらう必要も、天下り先を世話してもらう必要もない。だから、石原はなんの遠慮もせず(団藤のように)ごく普通に不正を暴こうと思ったようだ。石原の30年来の側近である浜渦武生副知事も石原の意を受けて、都議会で民主党都議の質問に答える形で「適正化すべきだ」と述べている。

が、福祉学院問題をまともに追求されると、それが突破口になって、警視庁を含む都庁の官僚機構と都議会自民党との癒着関係が暴かれる恐れがある。そこで自民党側は先手を打って都議会で多数派工作をし、この件は都議会100条委員会で審議すると決め、同時に警視庁捜査二課にも「告発」した(らしい)。

100条委員会とは、地方自治法100条に基く地方議会の権能の1つで、自治体の行政事務を、警察などの司法機関から独立した形で、証人尋問なども行って強制的に調査することができるが、東京都では(都議会と都庁の癒着のせいか)過去35年間一度も開かれておらず、形骸化していた。

一方、警視庁(捜査二課)は(告発とは無関係に!?)「前々から学院問題を内偵捜査していたので」すぐに結論を出した。曰く、「立件不可能」。

すると、100条委の自民党都議たちは独立性を放棄して警視庁の言い分を鵜呑みにし、鬼の首でも取ったように強気になった。曰く、「なんの落ち度もない善良な都政関係者が悪事を働いたかのように、浜渦が民主党都議との質疑応答で述べたのは許せない」「浜渦は、議会でそういう質問をしろ、と民主党に頼んだだろ!」。

実際には都議会民主党に「追及すべきだ」と言ったのは石原だったので(柿沢未途・民主党都議会議員。『週刊ポスト』前掲記事)、浜渦は100条委の席で、自身による民主党への質問依頼を否定した。すると、都議会自民党は「浜渦は議会で偽証した」「(二課に頼んで?)偽証罪で刑事告発だ」といきり立った。本来学院問題を追及するはずの100条委はいつのまにか(自民党の思惑どおり)浜渦を「A級戦犯」として陥れる魔女裁判の舞台に変わっていた。

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●弁慶の泣き所●
繰り返すが、石原は都議会自民党にはなんの恩もない(むしろ自民党のほうが石原に借りがある。都内を歩けば至る所で石原と握手する自民党都議の選挙用?ポスターが目に付くのだから)。都議会自民党が(警視庁と組んで?)石原の側近に濡れ衣を着せようとした以上、(二課と東京地検に「縄張り分け」があるとはいえ)石原は地検特捜部に告発して福祉関係「癒着議員」の一掃に乗り出すべきだった。

が、石原はそうはせず、都議会自民党の恫喝に屈して浜渦副知事を辞任させると決めた。
理由は息子だ。石原の三男・宏高はみずほ銀行を退職して03年11月の衆院選に東京3区から自民党公認候で立候補して落選し、浪人中だ。親としては早く、本人や石原家にふさわしい身分にしてやりたい。

幸いに東京3区の隣、4区では05年10月に補選がある(05年3月に「乳モミ強制わいせつ事件」で現行犯逮捕された中西一善・自民党前衆議院議員の辞職による)。石原はその補選に宏高を出したいが、党公認候補を決めるのは党東京都連だ。都連では(知事の長男・伸晃前国交相を含む)東京都選出国会議員が力を持っているが、彼らは常に都議の応援のお陰で当選しているので、都連は都議会自民党の意向を無視できない。

05年5月18日、石原は長男の仲介で都議会自民党を牛耳る内田茂・都議会議長と会談し「浜渦辞任」と「宏高公認」とを取り引きして「幕引き」した(『週刊ポスト』前掲記事)。

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●タイミングの謎●
地方自治法100条も包括外部監査制度も、何十年も前から存在していた。にもかかわらず、都議会自民党が学院施設の転貸を初めとする福祉関係の利権を守り通して来たということは、100条委も包括外部監査も事実上休眠していたからに相違ない。が、それらの制度が05年になって突然目覚めたのはなぜか。

ここで想起されるのが「NHK番組改変問題」との類似性だ。
これは、小誌05年2月10号で既報のとおり、当時の安倍晋三官房副長官(現自民党幹事長代理)らが01年1月放送の番組に関してNHKに圧力をかけ、番組内容を改変させた、と朝日新聞が05年1月から報道し、その報道を安倍やNHKが否定して対立している問題だ。

仮に朝日の報道がすべて正しいとしても、この騒動には疑念が拭えない。それは、なぜ朝日は番組の放送から4年も経ってから急にこの問題を取り上げたのか、という時機の問題だ。

朝日は「(04年12月の関係者の告発が)報道の自由の観点から問題だと思ったから」と言うだろうが、そんなに大問題なら放送直後からずっと継続的に追求すべきだ。4年後のこの時機に唐突にスキャンダル化したことで、結果的に「ポスト小泉」最有力の自民党総裁(首相)候補の安倍に「マスコミに圧力をかけた政治家」という疑惑が降りかかったので、筆者はそこに外部からの「工作」の臭いを嗅ぎ取った(小誌前掲記事)。

今回も同じだ。いままでの包括外部監査が(故意に?)見逃して来た学院問題が、なぜ05年になって急に「発見」されたのか………だれかが石原を罠にかけ、石原と取り引きするためではなかったのか?

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●靖国参拝●
01年、小泉純一郎元郵政相は「首相になったら01年8月15日に靖国神社に公式参拝する」と公約して自民党総裁選に出馬して当選し、総裁兼首相になった。が、靖国神社に東京裁判のA級戦犯が合祀されていることを問題視する中国政府や、親中国派の政財界人から圧力を受け、参拝日を8月13日に前倒しした。

一方、その01年8月15日、石原都知事は靖国神社に参拝した。首相の参拝日が国際的問題になった直後だけに、マスコミは石原に首相との比較で質問した。石原は「都知事としての公式参拝か」という質問には「くだらないこと聞かないでよ、都知事で来たんだから」と言い切り、首相の前倒しについては「残念。ああいう足して2で割るような方法は、姑息で、失うものはあっても得るものはない」「日本の外交はますます侮られる」と批判した(東京新聞01年8月16日付朝刊27面「ウオッチング石原 靖国問題 こちらはキッパリ『公式参拝』」)。

これ以降、小泉は中国や石原の批判に嫌気が差したようで、02年4月、03年1月、04年1月……と(8月を避けて)参拝し、かろうじて毎年公約を守っている。

小泉は昨04年1月1日に参拝しているので、今年05年は大晦日までに参拝しさえすれば5年間「毎年参拝」したことになる。

が、日本外交の永年の懸案である国連安全保障理事会常任理事国入りにつながる、国連改革案を採択する国連首脳会合は05年9月であり、採択に拒否権を持つ現常任理事国の中国は「(第二次大戦の侵略戦争に責任のある)A級戦犯に首相が参拝するような国は常任理事国になるべきでない」と反発している。また、11月にはアジア太平洋経済協力会議(APEC)で日中首脳が同席する。こうした外交日程を無難に終えたいなら、05年の小泉首相の靖国参拝は12月まではしないほうがいい。

さて05年8月15日、都知事就任以来毎年この終戦記念日に靖国に公式参拝している石原は、当然また参拝する。もしその時点で首相が小泉のままであれば(小泉は12月に参拝する可能性があるので)石原はとくに小泉批判はしないだろう。現に02〜04年の8月15日、参拝直後の石原に対して小泉批判を期待する質問は出ていない(東京新聞02年8月16日付朝刊25面、03年8月16日付朝刊25面、04年8月16日付朝刊21面「靖国8.15ルポ」)。

しかし、もし05年8月15日以前に首相の交代が決まっていたら、当然マスコミは終戦記念日の石原に、新首相の靖国に対する態度をどう思うか聞かざるをえず、石原も答えざるをえない。

新首相が安倍なら、安倍は祖父の岸信介元首相がA級戦犯(のちに赦免)だったこともあって靖国神社(に祀られている英霊全体)を尊敬しているので、(たとえ安倍新首相が8月15日に参拝しなくても)石原は首相批判はしないだろう。

が、新首相が親中国派の福田康夫・前官房長官なら、過去の言動から見て8月15日どころか永遠に靖国に参拝することはないので、当然石原は「首相は中国に弱腰」「姑息」「日本外交はますます侮られる」などと罵倒するはずだ。

国民に絶大な人気のある石原に批判されれば、福田新内閣の支持率は急落し、福田は小泉内閣の残務処理、つまり郵政民営化関連法案の成立や新法施行に必要な求心力を失いかねない。

筆者は05年2月の時点で、NHK番組改変問題を工作したのは、安倍を退けて福田を(暫定的な)首相にしたい勢力ではないか、と述べたが(小誌前掲記事)、今回その確信は深まった。

福田が円滑に政権を運営するには、「人気政治家・石原」に批判されて政権が傷付くのを避ける必要がある。それには、石原に批判をさせないか、批判が意味を持たないように石原の人気を落とすか、のいずれかの「工作」が必要だ。

学院問題はまさにそういう工作ではないか。この騒動のあとマスコミは「石原は週に2〜3日しか登庁せず、実務は浜渦に任せ切りだった」と報じるようになり、石原人気に陰りが生じたのだから(産経新聞05年6月10日付朝刊31面「揺れる首都 都議選2005」)。

おそらく石原は「宏高公認」と「浜渦辞任」とを取り引きする際に「靖国問題で日本政府の外交方針(福田新首相の国連安保理常任理事国入り政策)を批判しない」という条件を都議会側から出されて、同時に呑まされたはずだ。なぜなら、都議会で「浜渦偽証」を追求したのはおもに自民党と公明党であり、公明党の靖国観は福田のそれ(靖国神社に代わる無宗教の国立慰霊施設が必要)と同じだからだ。

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たとえ小泉現首相が首相のまま05年の靖国参拝を12月まで先送りしても、その時点で(中国政府による国連での改革案への投票は終わっているものの)中国政府の、日本提出の国連改革案への賛成票(拒否権の不行使)を批准する全国人民代表大会(全人代)はまだ開かれていないから、外交上は意味がない(全人代は毎年3月)。

小泉の側近である中川秀直・自民党国会対策委員長は日中関係に関して「(首相の)靖国(参拝)問題でも(日本の)常任理事国入り(を中国が拒否権を行使して葬るかどうかという)問題でも、一方的に『どちらかが負け』(2敗)というのは両国ともに受け入れられないので、セットで(1勝1敗で)解決したほうがいい」と言っている(05年5月29日放送のフジテレビ『報道2001』)。

どうやら「日本が靖国問題で譲歩する代わりに、中国も日本の常任理事国入りに拒否権を行使しない」という取り引きが成立しているようだ。筆者はそれが正しいこととは思わないが、もうそのようにレールが敷かれてしまっているらしい。

小泉が自身の最重要政策と位置付ける郵政民営化の法案審議は、開会中の05年通常国会で郵政族議員らの抵抗に遭い、暗礁に乗り上げる恐れがある。そのとき小泉は「退陣するから、この法案を通してほしい」と国会に訴えることができる(これには、89年の通常国会で退陣表明と引き換えに予算案を成立させた竹下内閣の先例がある)。

郵政民営化法案が通ってしまえば、もう小泉はやることがないので、求心力を失い、06年9月の自民党総裁任期満了まで「死に体」で過ごすことになる。それならさっさと辞めても同じことだから、自身の首と引き換えに最重要法案を通したいと思うのが自然の理だ。

小泉は自身の靖国参拝について「首相の職務として参拝しているわけではない」「(公約以前の)心の問題だ」と言い、今年(05年)はいつ参拝するのか、という質問には一貫して「適切に判断する」と答え続けている(毎日新聞Web版05年6月3日「小泉首相、『職務』否定 『心の問題』」)。これは「首相を辞めてから参拝」と解釈できる。

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●ポスト小泉●
小泉にとっていちばん辛いのは、郵政民営化法案が成立しないことと、いったん成立したあと次期首相のもとで「廃止(修正)法案」で(事実上)葬られることだ。だから、小泉は「ポスト小泉の総裁候補は小泉改革路線の継承者に限る」と言ったのだ(毎日新聞Web版05年5月2日「後継に言及、『踏み絵』効果狙う」もちろん万一民主党政権ができて小泉路線を全否定されると困るから、当分、衆議院の解散総選挙はない)。

では「継承者」はだれか?
安倍ではない。安倍は(人柄は誠実だが)閣僚経験がないので、官僚や族議員が修正法案で郵政民営化を骨抜きにしようと画策すれば「まんまとしてやられる」恐れがある。

その点、福田なら安心だ。福田は森内閣と小泉内閣で通算1289日も官房長官を務め(歴代1位)、官僚、閣僚、族議員らと駆け引きをした経験がある。そのうえ05年4月に出した著書では郵政民営化を絶賛し、小泉批判を一切していない。

だから、小泉は政権を禅譲する場合は福田を選ぶ。首相の交代で現職首相の靖国参拝がなくなっても「中国の圧力に屈して参拝をやめた」ことにはならないので、外交上日本の威信は保たれる。安倍は国民に人気があり「選挙の顔」として使えるが、次の国政選挙は06年9月の総裁選後だから、05年の時点で安倍を総理総裁にする意味はない。

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【これは筆者の「予測」であり、「期待」は一切含まれていない。】

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