2011年のTV

〜W杯・五輪で勢力図一変〜

Originally written: May 19, 2005(mail版)■2011年のTV〜週刊アカシックレコード050519■
Second update: May 19, 2005(Web版)

■2011年のTV〜週刊アカシックレコード050519■
11年のTV地上波アナログ放送終了前に多くの家庭は地上波デジタル(地デジ)受信機を買うが、それにはCS受信機能もあるため、地デジとCSは同時に普及する。11年まで計5回のW杯サッカーと五輪の放送権をCS(スカパー)が握れば、CS加入者は激増、受信機は値下がり、TV界は一変。
■2011年のTV〜週刊アカシックレコード050519■

■2011年のTV〜W杯・五輪で勢力図一変■
【前回「北京五輪の『返上』?〜中国が恐れる08年夏の日米合同軍事演習」は → こちら

筆者は05年現在、日本のTV放送の内容、画質、画面サイズにとくに不満はない。おそらく読者の大半の方々もそうだろう。が、そうした「世論」とは無関係に、あと6年経つとTV局のほうが勝手に変わってしまうのだ。

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●抱き合わせ販売●
11年7月24日、現行の地上波アナログ放送(地アナ)が終了するので、以後、地上波TVを見るには地上波デジタル放送(地デジ)の受信機を買うしかない。

総務省によると、地アナを廃止するために03年12月に(まず3大都市圏で)始まった地デジのメリットは「ハイビジョンによる高精彩画像」などいろいろあるらしい。が、筆者は役所や企業の広報担当ではないので、国民のだれも望んでいない「新機能」などを宣伝する気はない。

そんな「メリット」のために高価なデジタル受信機を買わされる国民はたまったものではない。いかに政府が「11年7月に地アナ終了」と宣言していても、それまでに国民の大半がデジタル受信機を買っていなければ、TV各局は地アナを終了させるわけには行くまい。そこで、有名なネット掲示板(BBS)には「地デジを廃止に追い込む方法」を討論するコーナーができている。

が、敵もさるもの。
国民にデジタル受信機を買わせるために、総務省は家電業界と組んで「抱き合わせ販売」を始めた。02年7月17日、ソニーなど大手家電メーカーのトップが名を連ねる総務省の「ブロードバンド時代における放送の将来像に関する懇談会」は「地デジ開始当初は、地アナからの円滑な移行のために、地デジ受信機には地アナ受信機能も搭載する」という方針を打ち出した。つまり、地デジも地アナも受信できる「共用受信機」を売るよう総務省は家電メーカーを指導したのだ(『日経ニューメディア』02年7月22日号「見えた家電業界のディジタル放送戦略 アナログ地上波放送受信機能を起爆剤に」)。

共用受信機なら、11年7月の地アナ終了前でも(たとえ地デジと地アナの番組がほとんど同じ「並行放送」のためデジタル受信機を買うメリットが消費者になくても)、とにかく現行の地アナを受信することはできるので、「ボーナス出たから液晶テレビでも買うか」「どうせ買うなら11年以降も使えるのにするか」と消費者に思わせ、購買意欲を喚起することができる。

そのうえ、この共用受信機の多くには、地アナ、地デジのほか、BSデジタルや110度CSデジタル放送の受信機能もある(23V型 ソニー ベガ KDL-S23A10は146,000円〜)。

「110度CSデジタル」とは、BSデジタル放送用のBSAT-2aと同じ東経110度の方角にある静止衛星N-SAT-110を利用する衛星放送だ。アンテナの方角がBSデジタルと同じなので、BSデジタルと共用のアンテナを用意すれば、1つのアンテナで両方受信できる。

このCSデジタルでは、ソニー放送メディア、フジテレビ、伊藤忠、TBS、日本テレビ(NTV)、テレビ朝日などが出資または役員派遣をする「スカイパーフェクTV! 110」(スカパー!110)が、データ放送3波を含めて73チャンネルを放送している。

このほかにBSデジタルでは、民放5局が無料放送を、NHKが受信料に基く3波の放送を営み、かつWOWOWのデジタル版などもあるので、共用受信機で地アナ、地デジ、CS、BSあわせて最大100チャンネル前後を受信できることになる。

つまり、今後量産効果が出て共用受信機の価格が下がって行くと、いままで新しいチューナーを買うのが面倒だと思ってスカパーやBSを見ずに過ごして来た視聴者も「せっかく共用受信機を買ったんだから、この際スカパー110にでも加入するか」と考えるようになるのだ。

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●キラーコンテンツ●
それでも11年までは映画や音楽番組を見るためにスカパー110に加入する人は多くない。それらの番組(コンテンツ)は、映画館やレンタルビデオ(DVD)、音楽CDなど、他の方法で視聴しても十分に感動できるからだ。

欧米の例では、衛星放送などの有料チャンネルに大勢の視聴者が加入する決定的な動機付けとなるのは、リアルタイム(生放送)で見ないと感動の薄れる番組だ。

そういう番組は、その放送権を得たチャンネルの加入者を決定的に増やし、ライバルメディアを滅ぼして(殺して)しまうことから「キラーコンテンツ」と呼ばれるが、英米の例から見て、それはスポーツ中継以外にはありえない。英国ではサッカー・プレミアリーグの独占放送によりBスカイBが、米国では地域スポーツ放送を充実させてディレクTVが、それぞれ大成功している(吉田望Web 02年8月31日「キルヒ破綻の実情」)。

日本では、04年8月のアテネ五輪生中継は深夜でも(関東地区で)軒並み視聴率10%以上(日刊スポーツWeb版04年8月24日「野口金ゴール、瞬間最高29.2%」 読売新聞Web版05年8月23日「好成績・ライブ魅力、五輪前半戦は深夜帯も高視聴率」)、05年2月の独ワールドカップ(W杯)サッカー・アジア地区予選「日本対北朝鮮」戦が(関東地区で)47.2%以上(朝日新聞Web版05年2月10日「サッカー北朝鮮戦の視聴率47.2% 終了直前は57%」)を記録したことで明らかなように、間違いなく五輪かW杯サッカーがキラーコンテンツになるだろう。

たとえば05年現在スカパーになんの興味もない視聴者も、もし10年W杯サッカー日本代表の試合がスカパーでしか見られないと決まれば、CS付き共用受信機を買おうと考えるだろう。

となると、地デジを普及させるのは簡単だ。W杯サッカーや五輪の主要種目の生放送権を、スカパー(かBSデジタル)に独占させればよいのだ。そうすれば、06年トリノ五輪、06年ドイツW杯、08年北京五輪、10年バンクーバー五輪、10年南アフリカW杯……と、11年まで計5回のビッグイベントが開催されるたびに受信機の売り上げが急増すると見込めるので、家電メーカー各社は計画的に量産し、かつ量産効果を見越して大幅な値下げをすることができる。

10年の南アW杯までに、CS付き共用受信機の価格が5万円前後にまで下がっていれば、全国4000万世帯のうち8〜9割に地デジの受信機を普及させることは(たとえ地デジの視聴者がゼロでも)十分可能だ。

もちろん(無料の地デジ民放でなく)有料放送のスカパーがW杯サッカーや五輪の放送を独占することになれば、低所得層は日本代表の出る「キラー試合」を見られない。とくに、まだ受信機の価格が十分に下がっていないと予想される北京五輪の時点では、フトコロに余裕のない世帯の不満は深刻だ。

が、「全米85%の家庭にデジタル受信機が普及した時点で、残りの15%には国費で受信機を買い与えて地アナを終了する」としている米国の先進事例から見て(小誌05年3月17日「米TV政治再編」)、日本政府も生活保護世帯には共用受信機を買い与えるなどの対策をとるだろう(但し、生活保護を受けないまでも、比較的フトコロの厳しい世帯ではで北京五輪を見られない恐れがあるが、総務省や家電メーカーは「過渡期の混乱にすぎない」と居直るだろう)。

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【有料のスカパーでなく、無料の地デジ(かBSデジタル)だけでW杯サッカーや五輪を放送することにすれば、理論上はデジタル受信機は急速に普及するし、スカパー料金への反発も緩和できる。が、民放(やNHK)が地アナで放送できるのに敢えてそれをせず、ムリヤリ受信機を買わせるために同じ局の地デジのみで放送するのは「放送の公共性」に反する。多くの視聴者が「TV局は家電メーカーの手先か」と猛反発し、受信料不払いの拡大や政治問題になりかねないので、事実上不可能だ。こうした事態を避けるには、民放やNHKには「残念ながらスカパーに放送権を取られてしまったので…」という言い訳が必要だ。】

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●W杯・五輪の放送権●
スカパーにW杯サッカーや五輪の放送を独占させれば、地デジ普及の切り札となることは間違いない。が、はたしてそんな乱暴なことが可能だろうか。

それは、W杯サッカーや五輪のマーケティング権やTV放送権などの利権をだれが持っているか、で決まる。実は96年まで、これらの権利はすべて、5階建てのビルのワンフロアを借りているにすぎない小さな会社が、たった1社で持っていた。

その会社はインターナショナル・スポーツ・アンド・レジャー(ISL)といい、スイスのルツェルンに82年、独アディダスと日本の某大手広告代理店(A社)がそれぞれ資本金の51%と49%を出資する合弁会社として、当初は84年ロス五輪の「商業化」を目的として設立された。

76年モントリオール五輪組織委員会が破産したことで明らかなように、70年代まで、経営は素人のスポーツ・ボランティア集団(国際オリンピック委員会IOC)によって運営される五輪は赤字続きだった。が、ロス五輪では、実業家出身のピーター・ユベロス組織委員長のもと、TV局に放送権、「公式スポンサー企業」に商標使用権を高く販売して黒字になり、以後、五輪は儲かるイベントとなった。この最大の功労者はユベロスとされ、彼は84年末に発売された米タイム誌の「年男」にも選ばれた。が、ほんとうの功労者はA社だ。

公式スポンサーやTV局が広告効果や公式グッズの売り上げ、TV視聴率などで有形無形の利益を売るのは五輪の直前か開催中だが、五輪でカネがかかるのは開催のはるか以前だ。世界各国各競技団体の関係者が集まってルールや日程を協議する会議を開くにも飛行機代やホテル代がかなり必要であり、五輪は、将来公式スポンサーから得るはずの収入を事前に立て替え払いしてくれる資金力の大きな広告代理店を必要としていた(広瀬一郎Web「近代とスポーツ」)。そして、日本の広告代理業界には巨大なシェアと数千億円以上の売り上げを誇る寡占企業が数社存在し、かつ80年代には日本企業多数が輸出や直接投資のためのグローバルな宣伝戦略を必要としていたので、IOCは多くの日本企業を顧客に持つ日本の大手広告代理店A社を信頼した。A社はただちに松下電器、富士フイルム、キヤノン、ブラザー工業などの日系一流企業を公式スポンサーとして集め、IOCの期待に応えた。

かくして、アディダスやユベロスのような欧米人を筆頭株主、組織委員長などとして前面に立てながら、日本の一企業にすぎないA社が事実上五輪を「丸抱え」することになった。やがてISL(A社)は国際サッカー連盟(FIFA)が主催するW杯サッカーなどにも進出し、世界の主要スポーツの権利をたった1社で独占することとなる。

ところがA社とISLが不仲になる。90年代に世界的な有料衛星放送の普及で各国各チャンネルがキラーコンテンツを必要としたため、ISLが売るスポーツイベントの放送権料が高騰し、「スポーツバブル」「メディアバブル」と呼ばれる事態に陥ったが、ISLはこれに乗じて経営を拡大し、A社はその拡大路線を嫌って出資比率を10%に引き下げたのだ(スポーツナビ「ISLとは何か」3/3)。

すると01年5月、ISLは破産した。ときあたかも02年日韓共催W杯サッカー本大会の前年であり、しかも本大会開催直前の翌02年4月には、ISLを通じて02〜06年W杯本大会の全世界へのTV放送権を購入していた独キルヒメディアも、放送権料の高騰がたたって破綻したため、一時期は開催自体が危ぶまれた。

が、周知の如く02年W杯は無事に開催された。同時に、大会開催前後からその翌年にかけて、これらの破綻企業が整理された。
ISLが保有していたW杯サッカーの権利はFIFA傘下の、元ISL社員70名を擁する非営利企業FIFAマーケティングAGに(スポーツナビ用語解説)、五輪の権利は(96年からすでにIOC傘下の、元ISL幹部が設立したIOCマーケティングに移っていたが、最終的に)IOC傘下のメリディアン社に(スポーツナビ前掲記事「ISLとは何か」3/3、毎日新聞03年12月29日付朝刊13面「五輪新世紀 第3部 転換・スポーツビジネス」2)、そしてキルヒが保有していた06年W杯本大会の放送権は、元サッカー・ドイツ代表の名選手ギュンター・ネッツアーが経営するインフロントスポーツ社に譲渡された(共同通信03年02月18日付「06年放映権の契約完了」)

しかしちょっと待って頂きたい。そもそもA社がW杯・五輪ビジネスに出て来たのは、「元選手やボランティアなどでは経営能力も資金力も不十分で、またモントリオール五輪のようなぶざまな事態が起きると困るから」ではなかったのか。

90年代のスポーツバブルを経て、FIFAやIOCの幹部たちは単なる「元選手」「ボランティア」から、飛行機のファーストクラスや高級ホテルのスイートに経費を浪費する「スポーツ貴族」へと変貌し、パトロンにすがる癖が付いてしまった。FIFAマーケティングだろうがメリディアンだろうが、そんな彼らの企業にW杯や五輪のようなビッグビジネスが経営できるだろうか。

「立て替え払い」や「公式スポンサー企業の募集・管理」はいったいだれがやるのだ。表面上はメリディアンやネッツアーがやっていることになっているのかもしれないが、そういう欧米人を前面に立てて正体を隠すのはA社の得意技ではなかったか。

ISLの破綻も、A社が突然出資を引き揚げてアディダスを「オフサイドトラップ」にかけた結果ではないのか。つまり、アディダスを国際スポーツビジネスの「本丸」から追い出して、A社がW杯利権を事実上独占するための罠ではなかったのか。元ISL幹部のIOCマーケティング設立によるISLからの五輪利権剥奪が、元ISL社員多数を擁するFIFAマーケティング設立によるW杯利権移譲に酷似していることを考えると(スポーツナビ前掲記事「ISLとは何か」3/3)、W杯も五輪も同じ1つの会社に操られていて、かつてISLが持っていた権利もすべて、直接間接にその会社が握っているのではないのか。

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もしA社がたった1社でW杯サッカーと五輪の商業的権利をすべて握っているのなら、それらの「キラー試合」の生中継をスカパーに独占させるのは簡単であり、したがって地デジの受信機(CS付き共用受信機)を日本国民に(強制的に?)買わせることも可能だ。

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【はたして05年現在、W杯サッカーと五輪の真の支配者はだれなのか? A社なのか?………この仮説は次回検証する。】

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【この問題については次回以降も随時(しばしばメルマガ版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です(トップ下のコラムはWeb版には掲載しません)。
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 (敬称略)

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