米TV政治再編

〜自民党と共和党の違い〜

Originally written: March 17, 2005(mail版)■米TV政治再編〜週刊アカシックレコード050317■
Second update: March 17, 2005(Web版)

■米TV政治再編〜週刊アカシックレコード050317■
永年アナログ地上波のTVネットを利用して米国民の支持を得て来た米民主党は、90年代にケーブル・衛星TVの普及とともに衰退し始めた。06年に米国でアナログ地上波放送が終了したあとは、二度と政府や議会で主導権をとることはないだろう。
■米TV政治再編〜自民党と共和党の違い■

■米TV政治再編〜自民党と共和党の違い■
【前回「放送と通信の融合〜シリーズ『砕氷船ライブドア』(2)」は → こちら。】

小誌05年2月10日「自民党 vs. 朝日〜NHK番組改変問題の深層」で、自民党が放送法の「公正中立」「不偏不党」原則を盾に、繰り返しマスコミに圧力をかけて来たことを述べた(テレビ朝日だけでなく、TBSも、当時政治家でなかった野党系文化人、のちに衆議院議員になる岩國哲人元出雲市長の出演をめぐって、自民党員の閣僚から同様の批判を受けたことがある。朝日新聞96年5月30日付夕刊23面「日野郵政相『公平欠く』と内容批判 TBS『ブロードキャスター』」、同94年7月20日付朝刊29面「自民、報道番組を徹底録画 『モニター制度』導入」)。

同じ保守政党でも、米共和党の場合は、そんな圧力はかけない。この政党の政策は米財界保守本流の強い支持を受けているので、この政党のために「『共和党寄り』に偏向したメディア(たとえばFOX TV)を作ってやろう」と考える財界人が大勢いるからだ。

自民党の場合は、その「族議員政治」(郵貯、簡保、税金を財源にした「無駄な公共事業」)が財界主流の支持をまったく受けていないので「自民党寄り」のTV局などだれも作ってくれない。だから「圧力をかける」(タテマエとして「公正中立」を要求する)などという、ぶざまなことをする必要がある。

以下に、自民党にとっては想像するだにうらやましい、米TV界「政治再編」の歴史を紹介する。

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●米民主党の衰退●
米連邦最高裁判事は、米大統領が連邦議会上院の承認を得て任命するが、一度任命されると終身その職に留まるので、なかなか交代しない。が、81〜93年にはレーガン、父ブッシュの2代の共和党政権が3期12年も続き、その間上院も共和党が支配していたので、前任者の死去で補充された新判事をことごとく保守(共和党)系にすることで、共和党は最高裁にも影響力を行使することができた。

すると、80年代にはいって米民主党に有利な下院議員の選挙区割りが南部各州で次々に変更され、それを最高裁が容認するようになった。
黒人には民主党支持者が多いので、各州下院の全選挙区(下院はすべて定数1名の小選挙区制)に黒人有権者が均等に分散されていれば「黒人バネ」が効いて、民主党の白人候補はどの選挙区でも当選しやすい。民主党はこのような区割りのお陰もあって、永年下院議員の過半数を占めて来た。
ところが、80年代以降は上記のような事情のため、下院では特定の選挙区に黒人を集中させる「マイノリティ選挙区」が多数作られ、黒人議員は増えたものの、他の選挙区で民主党の白人候補が苦戦するようになり、結果的に共和党議員が増えた(朝日新聞96年3月20日朝刊9面「ゲリマンダー」)。

そして、94年の下院議員選挙では、40年ぶりに共和党が過半数を奪回し、それは04年まで続いている(96年にマイノリティ選挙区を違憲とする最高裁判決が出たが、黒人バネに頼れなくなった民主党の白人候補多数がすでに「黒人たたき」に走っており、党内の人種対立が深刻化していたため、民主党の党勢回復にはつながらず、「手遅れ」だった。朝日前掲記事)。

この共和党の歴史的「大逆転」は93〜01年のクリントン民主党政権下の出来事だったが、クリントンの個人的な人気を別にすれば、この間、民主党は一貫して衰退し、共和党は一貫して勢力を拡大していた。93年以降、昨04年まで、上院選、下院選、大統領選の3つの国政選挙のうち民主党が勝ったのは「現職有利」の立場を利用してクリントンが再選を決めた96年の大統領選だけで、他の国政選挙ではすべて共和党が勝っている。理由は、上記のような構造的なものである。

小誌04年11月15日「宗教票=人種票〜シリーズ『米大統領選』(2)」では、民主党大統領候補のケリーは、ブッシュ陣営の不正を告発して選挙結果の逆転をねらうことをせず「わざと負けた」と述べた。ケリーが早々とあきらめた背景には、上記のような政治構造を見て「ねばってもムダ」と思ったことがあるのではないか。

実は、あと2年経つと、議会や最高裁だけでなく「世論」まで共和党の多数支配が確立してしまうのだ。ケリーに限らず民主党に「戦闘意欲」がないのは当然かもしれない。

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●2/3●
98年末、筆者は米バージニア州北部の、知人の在留法人の家を訪問した。そこは、鉄道はなく、車で1時間で行ける距離には東京・大阪並みの大都市のない「田舎」だった。
日本は人口の8割が都会に住んでいるが、米国は逆に8割が上記のような田舎に住んでいる。筆者はこの、米国の田舎に行って初めて、日米のTV事情の決定的な違いに気が付いた。

日本にはNHKを別にすると、無料で見られる民放アナログ地上波の全国ネットが5つある(5つのうちテレビ東京系は東京、大阪などの大都市近郊でしか見られないが「人口の8割が都会に住んでいる」のだから「大半の国民が見られる」と言える)。

日本企業の在米支社、とくにマスコミの支局は、ニューヨークやロスなどの大都市に多いため、そこに勤務する在留邦人は、民放アナログ地上波の全米ネット3つ(ABC、CBS、NBC)のなかから好きなのを選んで、タダで報道番組を見ることができる。3つのうちABC、CBSは民主党系だが、NBCは共和党系なのでバランスが取れている…………と思ったら大間違いだ。米国では、人口の8割が「田舎」に住んでいて、田舎ではそのような選択の余地はないのだ。

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●米民主党のTV支配●
東京都西部の奥多摩地域には難視聴解消のためのアナログ地上波中継設備があるが、これはNHKのほか民放ネットも、原則的にすべて中継してくれるので、奥多摩の住民は都心の住民と同様に、NHK教育TVを含めて7つのアナログ地上波から選んで番組を見ることができる。これは「公共放送NHK」が難視聴解消の中心と位置付けられているから可能なのだ。

米国にはNHKはない。そして、全米3大ネットの競争は激しい。
たとえばバージニア州北部の田舎に、CBSがアナログ地上波の中継設備を建てたとしても、それで鮮明な画像で映るのはCBSの放送だけだ。CBSには、ABCやNBCのために設備を提供する義務はない。

筆者が知人の家に行って不思議だったのは、彼がふたこと目には「きのう(けさ)CBSで見たんだけど…」と言うことだった。最初は「いつから彼は米民主党支持者になったのか」と思ったほどだった。

しかし、彼の家のTVを点けてみて、納得した。そこではアナログ地上波はCBSしか映らないのだ(ABCやNBCはボケボケの画面でしか映らず、どうせ数年間の滞在だからという理由で、ケーブル、衛星などの有料TVとも契約していないとのことだった)。

つまり、米国では、人口の大半がアナログ地上波ネットの選択肢がほとんどない地域で暮らしているのだ。その地域で鮮明な画像で映る地上波がたまたま民主党系であれば、当然その地域の住民の大半は民主党支持者になる。これは民主主義と言えるだろうか?

無料で見られる全米3大地上波ネットのうち2つが民主党系なのだから確率的に見て、所得の低い(有料TVを見られない)階層の2/3は、民主党的な考えを吹き込まれることになる。

なぜ米国ではケーブル・衛星TVなどの有料TVが(日本よりはるかに早く広く)普及したのかと言えば、人口の8割が住む「田舎」における、上記のようなTVの「選択の自由」のない状態に、中産階級や富裕階級が不満を持っていたからだ。

そして、アナログ地上波の欠陥を補う形で普及し始めたこのニューメディアに、米共和党が目を着けた。

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●CNNとFOXの台頭●
小誌で何度も取り上げて来たように、米国には建国以来の保守本流(おもに米共和党、産軍複合体、国際石油資本、米ロックフェラー家)と、非主流リベラル派(おもに米民主党、ユダヤ系団体、原子力産業、英ロスチャイルド家のシンパ)との伝統的な対立がある。

91年の湾岸戦争は、父ブッシュ共和党政権の主導した前者、「石油派」の戦争だった。
このとき、敵国イラクのサダム・フセイン大統領は「欧米メディアはみんなユダヤ系で反アラブ的だから出て行け」と追い出したが「CNNだけは(ユダヤ系でないから?)いてもよい」とバグダッドに特派員を残すことを許した。このためCNNは、湾岸戦争の開戦を独占スクープとして全世界に報道でき、一躍「世界のCNN」になった。

03年のイラク戦争も、ブッシュ現大統領の主導した「石油派」の戦争だったが、バグダッドの大統領宮殿陥落という決定的瞬間を実況中継したのはFOXだった。

FOXはCNNを「リベラル」(左翼)と呼んで非難することが多いが、CNNの創設者テッド・ターナーが反原発映画『チャイナ・シンドローム』を製作した女優ジェーン・フォンダと結婚したことで明らかなように、CNNは原発反対(石油賛成)派であり、その意味で米保守本流と近い。もちろんFOXは、豪メディア王マードック率いる、イラク戦争大賛成の「極右」だから保守系だ。

つまり、共和党のブッシュ父子の起こした産油国イラクをめぐる2つの戦争を機に、保守系の新しいメディアが急成長していたのだ。もちろんこれは偶然ではない。

90年代以降、下院議員選挙で共和党が勝ち続けている理由は、最高裁判決だけではないのだ。
保守本流は、アナログ地上波に代わるケーブル、衛星、デジタルなどのメディアを総動員し、CNN、FOXなどの「保守系放送」をも育て、構造的に世論を変えて来たのだ。

そして、この「構造改革」は06年に完結する。

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●アナログ放送終了●
04年の時点で、米国民の80〜84%が(無料のアナログ地上波以外の)ケーブル、衛星などの放送を見ており、かつ、デジタル放送(いずれも有料放送)を受信できる環境にある。

そして、共和党が多数を占める議会が決めた法律(現行の通信法)により、06年までに米国民の85%がデジタル放送を受信できる状態になったら、既存の全米の地上波放送局からアナログ電波をすべて取り上げることになっている(04年8月15日放送のテレビ東京『日高義樹のワシントンリポート』)。

85%がデジタル放送を受信可能になった時点で、まだ残り15%は無料のアナログ地上波放送を見ている。当然、その15%の大半(全員?)は「おカネに余裕がないから有料TVを見られない、あまり裕福でない階層」が占めている。そのまた大半(2/3)は、上記のとおり民主党支持者だ。06年11月の下院議員選挙の前に、確率2/3で民主党系の放送(ABC、CBS)を見ていたはずの彼らは、それを見られなくなるのだ。

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●米共和党の戦略●
ブッシュ現大統領に指名された米連邦通信委員会(FCC)のマイケル・パウエル委員長(04年当時)は、将来地上波放送に使わなくなって余ったアナログ波はブロードバンドのインターネット放送や警察無線、消防無線に使うが、それでも余るので残りは競売にかけて売り、莫大な国庫収入を得る、という。そして、その資金で貧しい階層にデジタル受信機を買い与えるとも言う(前掲『日高リポート』)。

そうなると計算上、全米のもっとも貧しい階層の15%×2/3=10%が突然、民主党系の放送を見られなくなる。そして、デジタル受信機から流れて来る、最低でも100チャンネルの番組を選んで見る「選択の自由」に直面することになる。

100チャンネルのなかには、スポーツ、映画などの娯楽専門チャンネルも多々あるので、まったくニュースを見ないで過ごすこともできる。もちろんニュース専門チャンネルもあるが、その分野で力を持っているのは、CNN、FOX、MSNBCなどの保守系メディアだ。ほかに、宗教チャンネルもあるので、キリスト教右派やカソリックの保守的な価値観も、新たな視聴者に対して「伝道」されることになる。

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【CBSなどの既存の地上波局はいま急激に広告収入を減らしつつあり、ケーブル・衛星TVに番組を供給するコンテンツ制作会社へと、生き残りをかけて転換しつつある(前掲『日高リポート』)。ちなみに、ストリンガー・ソニー次期会長は元CBSプロデューサーなので当然「技術の進歩に合わせて、どこの国のTV界も大変革されるべきだ」と思っているはずだ。】

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このように急激なテレビライフの変化を経験した視聴者たちは、当然価値観も変えてしまう。彼らにとっては、ABCのピーター・ジェニングスやCBSのダン・ラザーなど、リベラルな有名キャスターが夜のニュース番組で語る言葉を信じて、04年11月の選挙で民主党に投票していたことなど、遠い過去の物語になってしまうだろう。

そうなったら、もう半永久的に、世論、議会における共和党の優位が続くことになるだろう。もちろん、08年大統領選でも共和党候補が勝つ確率が高くなる。

このマイケル・パウエルは、実は共和党のコリン・パウエル前米国務長官の息子で、ホワイトハウスで国家安全保障会議のスタッフとして日米関係を担当していたこともある(つまり、米民主党に多い「親中国派」ではなく)生粋の、米共和党系知日派知識人だ(前掲『日高リポート』)。

彼は「アナログ地上波しか見ていない15%のなかには、TV嫌いのインテリ層もいる」と言っているが(前掲『日高リポート』)、もちろんそんなのは方便だろう。

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●非民主的選挙の終焉●
下院議員の選挙区でたった1つのアナログ地上波(確率2/3で民主党系)を域内の全住民が見ていた時代には、民主党は全米の小選挙区の2/3で常に、不当に有利な選挙戦を展開していた。94年までの40年間、下院議員選挙で民主党が勝ち続けていたのは、べつに民主党が民主的な素晴らしい政党だったからではなく、全米の「田舎」の2/3において、民主党の現職下院議員が地元の地上波ローカル放送局にえこひいきされて(共和党候補を押しのけて)頻繁にTV出演していたからにすぎない。

が、「ケーブル、衛星などのメディアが普及し、下院議員とローカル放送局の(癒着)関係は変わった」とマイケル・パウエルは、前掲『日高リポート』の中でうれしそうに語っていた。

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 (敬称略)

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