阪神 vs. 村上広告代理店

村上ファンドの阪神株買い占めで「プロ野球のJリーグ化」?〜

Originally written: Oct. 11, 2005(mail版)■阪神vs.広告代理店〜週刊アカシックレコード051011■
Second update: Oct. 11, 2005(Web版)

■阪神vs.広告代理店〜週刊アカシックレコード051011■
阪神電鉄が筆頭株主(05年10月以降は村上ファンド)の期待に応えて株主価値を上げるために、子会社タイガースの広告媒体としての機能を高めると、それは巨人戦放送権料の値崩れと連動し、プロ野球界の構造を一変させる。
■阪神 vs. 村上広告代理店〜村上ファンドの阪神株買い占めで「プロ野球のJリーグ化」?■

■阪神 vs. 村上広告代理店〜村上ファンドの阪神株買い占めで「プロ野球のJリーグ化」?■
【前々々々々々回「計画的解散〜シリーズ『9.11総選挙』(3)」は → こちら
【前々々々々回「龍の仮面(ペルソナ)文庫版〜05年10月発売」は Web版はありません。】
【前々々々回「データベース選挙〜シリーズ『9.11総選挙』(4)」は → こちら
【前々々回「核先制使用宣言〜『龍の仮面・文庫版』05年10月発売」は臨時増刊なのでWeb版はありません。】
【前々回「解散前の選挙戦〜シリーズ『9.11総選挙』(5)」は → こちら
【前回「亡国のイージス〜北朝鮮版『桶狭間の奇襲戦』?」は → こちら

元通産官僚、村上世彰(よしあき)率いるM&Aコンサルティング(通称「村上ファンド」、村上F)が、05年10月3日までに、阪神電鉄の発行済み株式の38.13%を取得し、筆頭株主になった。

電鉄会社の株には、株主優待乗車券や、百貨店など沿線施設の割引利用券など、個人利用者向けの特典が多いことから、小口の個人株主(浮動株)が他の業種より多いので、村上Fは今後株を買い増しして、50%超の株を取得し経営権を完全に握ることが、かなり容易にできる。この時点ですでに、阪神電鉄の経営権は村上Fの影響下にはいったと見てよい(05年10月5日放送のテレビ朝日『スーパーモーニング』での永沢徹弁護士のコメント)。

10月5日、阪神電鉄は、村上Fに子会社である阪神タイガースの株式上場を提案され、拒否したことを明らかにした。

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●マスコミ業界から見た阪神●
筆者は、証券業界で働いた経験はなく個人投資家でもないので「株屋さん」の世界には詳しくない。が、出版業界とIT業界で働いた経験から、マスコミとITの、2つの業界にはある程度通じている。

そこで、2つの業界での経験を活かして、04年6月の、ライブドアのプロ野球界参入表明以降の、球界の動きに関しては「ライブドアではなくソフトバンクこそが本命」と、ソフトバンクが球界参入を表明する04年10月18日の、1か月以上前に予測し的中させた(小誌04年9月1日「本命ソフトバンク」)。

が、05年2月に始まったライブドアによるフジサンケイグループ(FCG)の中核企業ニッポン放送の株買い占め騒動では、最後の買い手(白馬の騎士)をソニーと予測したが(小誌05年2月17日「砕氷船ライブドア」)はずれた。ライブドアを排除してFCGを救う「騎士」になったのはソフトバンクインベストメント(現SBIホールディングス)だった。

今回の阪神電鉄株買い占め事件のうち、阪神電鉄が所有する鉄道、百貨店などの事業収支や不動産などの資産価値を(村上Fが)どう計算するか、といったことは「株屋さん」の専門分野なので、敬意をもって彼らにお任せしたい。

代わりに筆者は、彼らがあまり注目しないと思われる、TVや広告代理店などマスコミ業界にとっての阪神電鉄(の子会社タイガース)の価値に注目し、今後の展開を予測してみる。

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●巨人戦の凋落●
05年まで、プロ野球公式戦の巨人戦のTV放送権料は1試合約1億円だった(報知新聞05年1月11日付6面「プロ野球維新 71年目への再出発」)。04年まではセ・リーグの巨人以外の5球団は対巨人公式戦を年間14試合主催し、それだけで計14億円の放送権料をTV局から得ていた。東北楽天イーグルスは04年にパ・リーグに新規参入するにあたり、セパ両リーグの交流戦が行われることを条件にした。自身が主催できる交流戦の巨人戦3試合の放送権料、計3億円(と入場券などの球場収入)がほしかったからだ。

巨人ほどではないが、タイガースも地元関西を中心に全国で人気があり、そのためタイガース戦の放送権料は、巨人戦に次いで高く、05年までは1試合約5000万円だった(次いで西武ライオンズ戦が約1000万円、最低は100〜200万円。報知前掲記事)。

しかし近年、巨人戦のナイター(午後7〜10時のゴールデンタイム)の視聴率は低下の一途をたどっている。94年には、巨人戦ナイター視聴率は、巨人自身の主催試合と相手球団の主催試合をあわせて、関東地区で年間平均23.1%だった。が、00年には20%を割り、アテネ五輪中継に視聴者を奪われた04年には史上最低の12.2%まで低下。そして今年05年、五輪やワールドカップ(W杯)サッカーの本大会がないにもかかわらず、巨人戦ナイターの年間平均視聴率は10.2%と最低記録を更新した(共同通信05年9月30日付「巨人戦年間視聴率が最低に 関東10%、阪神は関西16%」)。

他方、タイガース戦ナイターの05年の年間平均視聴率は関西地区で16.1%(共同通信前掲記事)。福岡ソフトバンクホークスは福岡県で、イーグルスは宮城県で、それぞれ2桁の視聴率を安定的に記録しているので、地域密着型で地元のファンを独占的につかんでいる球団は、TV番組としては成功と言える。

民放TV界では視聴率15%以上を「人気番組」とみなす。広告収入が十分稼げるからだ。ゴールデンタイム(GT)の番組なら10%が最低合格ラインであり、それを下回ると「失格」とされ、連続ドラマなら放送打ち切りが検討される。

巨人戦の場合、かつて20%が当たり前だった時代に1試合1億円という放送権料の相場が形成され、TV各局は「1億円で巨人戦を買って3億円の広告収入を得て2億円儲けていた」(報知前掲記事)。が、05年の巨人戦は視聴率10%未満を頻繁に記録し、オールスター戦以降の後半戦ではすべて1桁。9月13日の「巨人対阪神」戦の関東地区での視聴率は4.9%にまで落ち込んだ(共同通信05年9月29日付「プロ野球セ・リーグで阪神優勝 巨人の時代終わった?」)。

某大手広告代理店(A社とする)は「(巨人戦がGTで)5%台なら(放送権の)金額を下げてもらわないとスポンサーがつかない」と本音を漏らし(共同通信前掲記事、同05年8月1日付「放映権料、値崩れは必至 低視聴率に放送業界震撼」)、ある民放TV局のプロデューサーは「2時間のナイターで(十数社合計で)5000万円のスポンサーがついてようやく元が取れる」のに、巨人戦ではそれは難しい、と05年1月の時点ですでに指摘し、「(巨人戦の放送権料)1億円を(ほかの番組に)かければ有名タレント5人を起用する豪華3時間ドラマが作れる。野球(04年の巨人戦ナイターの年間平均12.2%)より視聴率はいい」と突き放していた(報知前掲記事)。

05年11月以降、TV各局と各球団が余計な思惑抜きで、純粋にビジネスライクに06年のプロ野球公式戦放送権の交渉をすれば、巨人戦の放送権料は5000万円前後か、それ以下に下がるはずだ。他方、タイガースやホークスやイーグルスは地元での高視聴率を背景に、主催試合の放送権料の値上げを主張できる。

そうすると、05年まで5000万円の大差が付いていた巨人戦とタイガース戦の放送権料の差はかなり縮まる。場合によっては逆転し、タイガース戦のほうが高くなるかもしれない。

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●脱巨人●
これまで巨人は、オープン戦を含む巨人がらみの試合の放送権料(と球場収入)をエサに他球団を服従させ「球界の盟主」として君臨して来た。

が、巨人戦の放送権料がタイガース戦のそれとあまり変わらないとなると、もはや巨人は「盟主」ではない。巨人の球界における発言力は明らかに低下する。他方、今後タイガースやホークスの発言力は相対的に高まるはずだ。

その高まった発言力を使って、巨人以外の各球団が真っ先に要求するのは、新たな収入源の開拓であろう。巨人戦の放送権料が06年から1試合5000万円になったとすると、セ5球団はそれぞれ(主催する対巨人公式戦が年間11試合なので)年間5億5000万円の減収、パ6球団もそれぞれ(交流戦のうち3試合が地元での対巨人公式戦なので)1億5000万円の減収となるからだ。

巨人戦以外の公式戦主催試合の放送権料を、タイガース(62試合)なら現在の1試合5000万円から5900万円に値上げできれば、イーグルス(タイガース戦3試合も除くと62試合)も現在の100万円(推定)から400万円に値上げできれば、巨人戦の減収分は帳消しになる。が、タイガースと同じセの他球団、とくに地元(関東)のファンを独占的につかんでいない横浜ベイスターズやヤクルトスワローズの場合、そんなに値上げしても買い手は付かない。(おもに関西地区向けに)対タイガース公式戦11試合の放送権料が1試合あたり900万円上がって5900万円になっても、それで得られる増収幅は年間約1億円なので、巨人戦11試合の減収分と差し引きでトータル4億5000万円前後の大幅減となる。

こうなると、ベイスターズやスワローズは巨人に依存しない新たなビジネスモデルを構築し改革しないと、経営が成り立たない。放送権料は観客動員によって変動せず、公式戦開幕前に確定する安定収入なのに、それが4億も5億も減ったら、ファンを呼び込む「営業努力」では到底カバーできないからだ。

そして、このような、巨人以外の各球団による「勝手な」改革に反対する資格は、もはや巨人にはない。

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●Jリーグ化●
たとえば、タイガースが「球団広告のJリーグ化」を提唱したら、どうなるだろう?

サッカーJリーグのガンバ大阪は、松下電器を最大出資者として発足したため、選手のユニフォームの、胸のロゴは松下のロゴ(Panasonic)だが、背中のロゴは公式スポンサーであるロート製薬のロゴだ。

それだけなら、プロ野球でも各球団が選手のヘルメットやユニフォームに広告を取っているので同じだ。Jリーグが進んでいるのは、Jリーグ全体としてもカルビー、キヤノンなど9社の公式スポンサーを持っていることだ。

また、Jリーグの選手たちで構成されるサッカー日本代表が戦う、W杯サッカーアジア地区予選(アジアサッカー連盟AFC主催)では朝日新聞、東芝など12社を公式スポンサー(ほかにニコンなど4社をAFC公式パートナー)としているため、AFC主催試合での日本代表のゴールシーンなどでは、競技場内に掲示された上記12社(+4社)のロゴが必ず見える。

公式スポンサーのロゴは試合の生中継のときだけでなく、各局のスポーツニュースの中でもゴールシーンを紹介する際自動的にTV画面に繰り返し映るので、試合の放送権を得たTV局が流すCMを上回る、巨大な宣伝効果があり、AFCやJリーグのスポンサーになりたい企業はあとを絶たない。

タイガースは全国的な人気球団だが、その本拠地、甲子園球場の広告は、全国放送のスポーツニュースの中で繰り返し放送されることを想定した「公式スポンサー」制度とは関係ない。サッカー日本代表の試合が行われる競技場の、公式スポンサーのみに限定された、すっっきりした広告と異なり、「とにかく客に見せればいい」という安易な発想のため、ライバル企業同士のロゴ(たとえばPanasonicとSONY)が同時に見えたりする。

甲子園球場はタイガースの本拠地であると同時に、春夏の高校野球大会の聖地、12月のアメリカンフットボール東西大学王座決定戦、毎日甲子園ボウルの会場でもあり、それぞれ異なるタイプのファンが注目するが、甲子園球場当局は試合ごとに異なるはずの観客層や視聴者層(の年齢や性別や家族構成)を分析せず「みんなまとめて年間いくら」で広告スペースを無計画に売り、明らかに損をしている。

これを整理して、JリーグやAFCのように「タイガースを応援する企業は1業種1社」(たとえば、IT関係はNTT西日本のみで、高校野球や甲子園ボウルのときは別の企業)とすれば確実に増収となる。阪神電鉄は球団と本拠地球場(甲子園)の両方を所有しているので、大株主(村上F)の同意が得られれば簡単に改革できる。

ヤクルトの場合、球団(スワローズ)は所有しているが、本拠地球場(神宮球場)は所有していないので、やや事情は異なる。が、バーチャル広告の技術を使って、公式スポンサー以外の企業の球場内広告を、神宮球場での試合を放送するTV画面から消し、公式スポンサーのそれと置き換えることができるので、球場自体の広告主との(補償)交渉がまとまれば、ほぼ同じことが可能だ。

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【バーチャル広告とは、試合の中継画像を地元TV局が送出する際に、主審の背後(バックネットの下)のフェンスなどに、コンピュータグラフィックス(CG)で作成した広告を画像合成技術によって見かけ上貼り付けるもの。現実の球場の、そのフェンスにソニー(SONY)のロゴがなくても、3次元空間上の位置関係を正確に計算したCGのSONYロゴを配置することで、試合のTV中継やスポーツニュースでそのフェンスを見る視聴者には、フェンスにペンキでロゴが描いてあるように見える(たとえば主審が頭を大きく横に動かすと、ロゴの一部が頭で隠れる)。
もちろんCGロゴはペンキで「固定」されてはいないので、そのスペースはイニングごとに描きかえて少額でバラ売りできる。この点は広告主に好評で、米大リーグ(MLB)を放送するNHK(-BS1)の画面でも、主審の背後のロゴはバーチャル広告だ(産経新聞Web版04年10月14日「大リーグ中継 打者の背後にCG看板」)。日本向けの日本語ロゴもある。】

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ただ、こうした減収補填(ほてん)策は各球団がばらばらにやると効率が悪いし、一部の球団(タイガースと違って人気がなく、本拠地球場所有者の同意が得にくい球団)ではうまく行かない恐れもある。そこで、12球団が結束して(サッカー界のように)球界全体として公式スポンサーを募り、それで得た莫大な広告収入を12球団で分配しよう、とタイガースが提案すれば当然、巨人以外の10球団は大賛成だ。

もちろん巨人も反対できない。巨人は球界全体の「減収」の元凶なのだから。

そうすると、JリーグやAFCの場合のように、公式スポンサーと球団や本拠地球場との関係を仲介する大手広告代理店の出番となる。その代理店が、巨人の親会社、読売新聞社と関係の深いB社(DY社)でなく(小誌05年5月30日「読売の抵抗」)、そのライバル(たとえばA社)になれば、球界全体の主導権は巨人(読売)の手を離れ、その代理店に移ってしまう。

村上Fは、他人の資金を運用して増やすのが本分の投資ファンドである以上、阪神電鉄株(またはタイガース株)を高値で売り抜けるか、保有し続けて高い配当を得るか、のどちらかだ。前者の場合、買い手になる企業としてはA社のほか朝日新聞、朝日放送(大阪)、毎日新聞、毎日放送、スカイパーフェクTV(スカパー)や、スカパーの大株主であるソニー放送メディア、伊藤忠商事、住友商事など、読売と縁の薄い企業が考えられる。

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つまり、阪神電鉄を村上Fによる乗っ取りの魔の手(?)から救う「白馬の騎士」(あるいは、村上Fに阪神電鉄株の買い増しを促す「(事後)共犯」?)は、上記のような企業群によって構成される「騎士団」になる可能性が小さくないのだ。

村上Fや阪神電鉄を通じてタイガースを間接支配するにせよ、(上場された)タイガースの株を所有して直接支配するにせよ、上記の企業群はタイガースの経営に影響力を持てば球界全体の運営にも関与できる。だから、いつ、どんな顔ぶれの騎士団が登場するか、タイガースが上場するか否か、はわからないが、読売以外の企業の意向で球界の構造改革が進むことだけは間違いない。

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【上記は筆者の純粋な「予測」(推測)であり、「期待」は一切含まれていない。】

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【この問題については次回以降も随時(しばしばメルマガ版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です(トップ下のコラムはWeb版には掲載しません)。
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 (敬称略)

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