拉致家族奪回@台湾

〜台湾独立の裏技〜

Originally Written: March 13, 2004(mail版)■拉致家族奪回@台湾〜台湾独立の裏技■
Second Update: March 13, 2004(Web版)

■拉致家族奪回@台湾〜台湾独立の裏技■
多額の米国債を買って米国経済を支える中国に怯えて、04年3月20日の台湾総統選では、米国は台湾独立派の陳水扁現総統を支援できず、彼が負ければ台湾は二度と政権交代のない非民主的体制に戻る恐れがある。が、陳水扁は、北朝鮮に拉致されたままの日本人被害者家族を「身代金」と引き替えに解放させたいと言えば、日本から外交的支持を得ることも可能。
■拉致家族奪回@台湾〜台湾独立の裏技■

■拉致家族奪回@台湾〜台湾独立の裏技■
【今回は「女子十二楽坊 vs. 台湾独立」の関連記事です。】
【前回の「オスカーの地政学〜シリーズ『3月14〜29日の死闘』(3)」は → こちら

前回述べたように、台湾は日米にとって地政学的に重要な「独立国」だ。もし台湾が中国に併呑(中台統一)されるなら、中国(中華人民共和国)が東南アジアへの膨張・侵略の橋頭堡を確保し、台湾沖を通る日本の重要なシーレーンを危険にさらすことになる。台湾住民(国民)はきわめて親日的で、戦前の日本の植民地支配が(残虐な侵略などでなく)建設的な開拓であったことの「生き証人」でもあるので、台湾が共産独裁国家・中国に侵略併合されて言論の自由を奪われると、以後、日本人は永遠に「戦前の日本はいいことは何もしなかった」というウソの歴史観を全世界から強要され、劣等感にさいなまれて生きなければならない。

大陸中国の支配者たちは伝統的に台湾の開発を軽視して来たため、台湾は、日清戦争後に中国(清朝)から日本に引き渡された当時は、人口の少ない「過疎の島」だった。その島を日本はまじめに開発し、当時本土の四国にもなかった帝国大学(帝大、京大などと同格の国立総合大学・台北帝大)を台湾に創るなど、手厚い公共投資をし、大勢の人口が暮らせる島に育て上げた。この間「中国4000年の文明」なるものはこの島ではほとんど役に立っていない。

しかし、第二次大戦で日本が敗れ、米国などの戦勝国に海外領土の放棄を呑まされ、さらに大陸中国で中国国民党が中国共産党に敗れて追い出されると、国民党は軍を率いて台湾に逃げ込み、台湾を占領して勝手に「中華民国政府」を名乗り、台湾全土に戒厳令を敷いて、事実上一党独裁の軍事政権を打ち立てた。

【このとき外から来た侵略者(とその子孫)を外省人、侵略された側(本来の台湾住民)を本省人という。外省人は、台湾総人口の2割以下の少数派にすぎないが、政治権力を濫用して経済やマスコミを支配し、以後半世紀、不当に多数派の本省人を抑圧してきた。】

●台湾独立の始原●
この「中華民国」は西側世界にとっては中国やソ連の膨張に備える「反共防波堤」として役に立ったが、ソ連の崩壊によりその価値が下がり、逆に、中国の市場経済の進展により西側にとっての中国の価値が高まると、台湾は(西側に見捨てられることを恐れて?)民主化へと動き出す。独裁中国に対する「民主防波堤」として自身を世界に売り出したのである。これが、90年代に国民党員ながら本省人の総統(大統領)、李登輝が始めた、総統直接選挙や複数政党制による政権交代可能な議会制民主主義への移行、外省人の特権を否定する「台湾化」政策だった。

この政策により96年には李登輝、00年には民主党員の陳水扁と相次いで本省人の総統が直接選挙で選ばれ、国民党から民進党への政権交代も実現した。これを見た米国議会では、圧倒的多数の国会議員が民主化した台湾を中国が侵攻することは許さないと何度も決議し表明して来たし、96年の総統選前に本省人を脅すべく中国が台湾島越えにミサイル発射演習を行った際は、米国政府は台湾近海に空母を派遣して台湾を守る決意を示した。

●もろい民主主義●
しかし、半世紀にわたって台湾を独裁支配して来た外省人と(李登輝以外の)国民党の力は強く、大企業やマスコミは依然としてその影響下にあり、国民党は選挙では利権やマスコミの偏向報道を使って実力以上に得票することが可能だ。このため、外省人は台湾人口の2割にも満たないのに、04年の総統選では、陳水扁現総統の対立候補、連戦・国民党主席が世論調査で陳水扁とほぼ互角の支持率を得るという異常な選挙情勢になっている。

台湾は中国の一部になる歴史上の理由がないので、本省人の多数派は本来民進党の「台湾独立路線」を支持している。他方、数で劣る国民党らの外省人勢力は「独立」されると自分たちの特権や利権がなくなるので「独立すると中国に武力侵攻されるし、そうでなくとも中台の経済関係にマイナス」と宣伝し、「中国の尻馬に乗る」形で政権奪回をねらっている。

となると、もし04年3月の総統選に国民党(外省人)が勝ってしまうと、その4年後の次期総統選が民主的に公正に行われる可能性はほとんどない(産経新聞04年1月23日付朝刊17面、岡崎久彦・元駐タイ大使「正論」)。政権を奪還した外省人勢力は警察や諜報機関をフルに活用して民進党を弾圧するだろう。

●反撃としての住民投票●
そこで、陳水扁は03年11月、04年の総統選と同時に「台湾海峡に配備された中国のミサイルに対して防衛態勢を強化すべきか」の賛否を問う住民投票(公投)を行うことを決めた。(中国と違って)民主的な投票のできる国、台湾の国民意識をめざめさせ外省人系マスコミの世論操作を打破しようと考えたのだ。

当然、中国はこの住民投票には反対だ。いったん直接的な意思表示を経験した台湾住民は、やがて国名を「中華民国」から「台湾共和国」に変える住民投票もすべきと考える可能性が高く、それは台湾を併呑して西太平洋の海上覇権を手に入れたい中国の軍事的野心に打ち砕くことになりかねない。

そこで中国は、03年12月の温家宝首相訪米時に、ブッシュ米大統領から「住民投票を支持しない」との発言を引き出し、それによって陳水扁の支持率を引き下げることに成功した。さらに04年1月には、日本政府にも外圧をかけて、住民投票への懸念を表明させることに成功した(岡崎前掲記事)。

【この外圧は(小誌記事「女子十二楽坊 vs. 台湾独立」でも述べたとおり)日本が(米国抜きで)単独で台湾独立を支持しても、十分に外交的影響力があることを意味している。中国は台湾問題では日本を、単なる対米追従一辺倒の国とは見ていないのだ。】

米国は民主主義国家であり、前回述べたとおり、台湾の地政学上の価値は中国より高いから、本来は、台湾が行う民主的な住民投票を支持するはずである(しかも「中国のミサイルに対して防衛態勢を強化すべきか」という問いは「米国防総省の推進するミサイル防衛(MD)構想に参加すべきか」というのと事実上同じで、実現すれば、米国は世界で初めて民主的な直接投票を根拠に外国にMDを配備することが可能になるから、すくなくとも米国防総省は内心喜んでいるはずだ)。

米国会議員の大半も住民投票支持のはずで(産経新聞04年2月28日付朝刊11面)、04年2月18日には、米政府高官が「住民投票を条件付きで容認」する発言をしたから(共同通信Web版04年2月19日)どうせ、3月20日の投票日直前になれば米国政府は、はっきり陳水扁再選を支持する言動をとるだろう、と筆者は思っていた。

●米国の生命線・米国債●
が、どうもそうなりそうにない。その理由は、中国が貿易などの経済的利益をエサに米国と取り引きしたなどという単純なもの(産経前掲記事)ではない。なさけない話だが、米国財政を中国が支えている、という深刻な問題があるのだ。

ブッシュ現米政権は、大型減税による歳入減と反テロ戦争による歳出増で巨額の財政赤字(03年度は過去最大の3753億米ドル)を抱えながら、減税による内需拡大効果で好景気を維持している。今年04年は米大統領選の年なので、再選をねらうブッシュ政権は増税による財政再建はできない。が、内需が拡大しすぎて米国民は貯蓄以上に消費し、このため世界中から大量のモノを輸入しているため経常収支(貿易収支などで構成)も大幅赤字だ。

この「双子の赤字」を警戒して、諸外国から米国への資金流入が減少する中、米国経済がかろうじて資金不足に陥らずに済んでいるのは、日台中印など、外貨準備の豊富なアジア諸国の通貨当局が為替介入目的で購入した大量の米国債だ(産経新聞04年2月28日付朝刊12面「米『双子の赤字』懸念拡大」)。

もし中国が「市場で米国債を大量に売る」と決断すれば、米国債は暴落(利回りは上昇)し、それは米ドルの暴落や長期金利の上昇、景気の失速を招き、ブッシュの再選は吹き飛ぶ。したがって中国はいま米国を「台湾独立派を支持したら米国債を売るぞ」と脅しているはずだ(同じ脅しは台湾も可能だが、中台どちらか一方が「売る」と言うだけで相場は動くので、米国は中台間で中立を保つしかない)。

【これは日本にとってもひとごとでない。現在、日本の財政を支える赤字国債は大手都市銀行が買い支えているが、銀行が経営再建の課程でこれを大量に市場で売却し、それを中国政府が買い占めたらどうなるか? (産経新聞03年12月25日付朝刊5面「『国債安保』考える段階に」)】

となると、米国政府が陳水扁や台湾独立派を支援するためにできることは、もう何もないだろう。

●独立に必要な国家承認●
かつてチベットは実質的には独立国であったが、どの国からも外交上国家として承認されていなかったため、中国(中華人民共和国)に侵略された際も、国際社会はこれを非難せず、結局、中国の侵略支配は既成事実化してしまった。

だから、台湾独立派はノドから手が出るほど、諸外国からの国家承認がほしい。他方、中国は世界の諸外国に中国との経済取引をエサに圧力をかけて台湾への国家承認を撤回させ、中国との国交樹立を働きかけて来た。このため現在、台湾を承認しているのは、中米やアフリカの極小国数十か国にすぎない。

溺れる者は藁をもつかむ。たとえ北朝鮮のような野蛮国からのでもいいから国家承認がほしい、という切実な思いがあるため、台湾は外交上北朝鮮を非難したことはなく、むしろ自国の核廃棄物を北朝鮮に引き取らせるなどの形で、北朝鮮との外交関係を模索しているほどだ(朝鮮日報Web版01年2月18日)。

しかし、考えてみてほしい。北朝鮮はテロや拉致、違法な核兵器開発により世界中から非難され、経済も破綻し国民大多数が飢餓にあえぐ極貧国で、いつ体制崩壊するかわからない。こんな国の支持を得ても役に立つだろうか?

●拉致被害者家族を台湾が「買う」●
そこで、筆者から台湾独立派に(予言ではなく)提言をしたい、

「北朝鮮を捨て、日本を取れ」と。

北朝鮮は多数の日本人を拉致し、拉致被害者やその家族を日本に帰そうとしない。北朝鮮は破綻した経済を立て直すため、被害者や家族の帰国の見返りに経済援助がほしいが、拉致はテロであり、テロ国家やテロリストに利益を与えることは(「テロは儲かる」と思わせ)新たなテロを誘発する恐れがあるので、日本に限らずどの国家もできない。

が、幸いに現在、台湾は世界の主要国から国家と認められていないので、台湾がテロ国家などと取り引きしても外交上失うものは何もない。だから、たとえば台湾が(日本国民の気持ちを察して)北朝鮮に経済援助(たとえば拉致被害者1人あたり1億円の「身代金」)を与え、被害者やその家族を台湾に「観光」の名目で招待してはどうだろうか。

この形だと、テロ被害国・日本はテロ国家・北朝鮮に1円も払わないので外交的非難は一切受けないし、もちろん主要国と外交関係のない台湾も外交上非難されない。

そのうえ、台湾政府が「観光目的」で訪台した日本人拉致被害者を日本に出国させれば、日本の世論は台湾に対して感謝感激するし、何より、日本の外交当局がこの問題で台湾を公式の交渉相手と認知することの意義が極めて大きい。

当然、中国政府と台湾の国民党は反対するだろうが、これは人道問題なので、04年2月の北朝鮮をめぐる6か国協議でも日本人拉致問題でなんの発言もしなかった中国には、日本を非難する資格はない。何より日本の世論が中国の「非人道的な介入」を許さない。だから、中国がこれを阻止したいなら、事前に北朝鮮に圧力をかけるしかない。

そうした妨害が予想されてもなお、台湾独立派はこの問題を独立に利用することができる。
04年3月20日の総統選の投票前に、陳水扁総統が「北朝鮮にいる日本人の拉致被害者家族を台湾に移送してくれたら、北朝鮮政府に謝礼を払う」と表明すればよいのだ。

発言はただちに日本に伝わり、日本政府は、福田官房長官の定例記者会見でコメントを求められる。
もし「日本政府は中台問題に関与したくないので、発言は差し控える」とコメントすれば、即座に拉致被害者の「家族会」や野党から「拉致問題をいまだに解決できない政府が何を言うか!」と非難され、04年7月の参院選で与党自民党は負ける可能性がある。

結局、日本政府は「(台湾の好意に感謝しつつ)検討する」と言わざるをえまい。
その間、中国は(問題が表面化してしまったあとは)「人道上」日本と台湾に「交渉するな」とは言えない(北朝鮮が台湾との交渉に乗らないように背後からひそかに圧力をかけるしかない)。
となると、台湾側は(中国から日本が)「交渉するな」と言われないことを根拠に、「これは、将来、日本が台湾を国家承認しても、台湾が中国から侵攻されないことの証しだ」と宣伝できる。

じっさい、軍事技術の未整備により今後数年間は、中国は台湾を侵攻することも海上封鎖することもできない。だから、台湾独立派は何もこわがる必要はない。いまのうちに独立宣言して「独立の既成事実化」をしてしまえばいいし、そのために、たとえ見通しが立たなくても「台湾が日本人拉致問題をカネで解決する」と言えばいいのだ。

これは台湾(独立派)が日本にかける「外圧」なのだ。
台湾の経済力を考えれば「身代金」の数十億円は大した負担ではないし、また現在も将来も、買えるなら日米の国債もどんどん買ったほうがいい。

台湾が国際社会から、とくに日本から国家承認を引き出すには、まさに「対話と圧力」が必要なのだ。

【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
次回メルマガ配信の予約は → こちら

 (敬称略)

はじめに戻る