孫 vs. 三木谷

〜シリーズ「球界再編」(8)〜

Originally Written: Oct. 22, 2004(mail版)■孫 vs. 三木谷〜週刊アカシックレコード041022■
Second Update: Oct. 22, 2004(Web版)

■孫 vs. 三木谷〜シリーズ「球界再編」(8)■
04年10月にダイエーホークスの買収に名乗りを上げた孫正義ソフトバンク社長は、10年前の94年、三木谷浩史・楽天社長(当時興銀社員)に企業買収を妨害されたことがある。
■孫 vs. 三木谷〜シリーズ「球界再編」(8)■

■孫 vs. 三木谷〜シリーズ「球界再編」(8)■
【前回「『楽天ホークス』の検証〜シリーズ『球界再編』(7)」は → こちら

前回紹介したように、三木谷浩史・楽天社長は04年9月24日、日本プロ野球組織(NPB)への加盟申請後の新球団設立記者会見で「会社を買収する場合でも公然と買いたいと言うバカはいない」と述べた(神戸新聞Web版04年9月25日)。

この「バカ」とは、実は、孫正義ソフトバンク社長のことなのだ。

94年7月、ソフトバンク株を店頭市場(現ジャスダック)に上場した孫は公然と全米最大のパソコン雑誌出版社ジフ・デービス社を買いたいと表明し、同社のオーナーと「家族ぐるみの付き合い」をするまでの仲になった。

すると、このオーナーと米国留学中に同期だった三木谷が、当時ソフトバンクのメインバンク(主力行)だった興銀(日本興業銀行、現みずほコーポレート銀行)の行員だったため、三木谷は同期生の「陳情」を受けてソフトバンクに乗り込み、M&A(企業の合併・買収)担当になった(『PC WORLD』99年11月号)。

その結果94年9月、孫はジフ社(本体)の買収に失敗(ジフのパソコン展示会部門のみ買収)。ジフのオーナーは土壇場で孫を裏切り、米投資会社フォースマン・リトル社に14億米ドルで売却。

翌95年、フォースマン社は孫に、ジフ本体の転売を持ちかけ、結局、孫は21億米ドルで買わされる。実に7億ドル、700億円もの「利ざや」を取られたのだ(契約締結は95年11月)。

【筆者は94年にソフトバンクに入社して、この、孫の買収劇(の失敗)に強い印象を受け、「いずれこの失敗の屈辱を晴らすため、孫は他社の株を転売するだろう」と予測した。96年6月、ソフトバンクがテレビ朝日株(21%)を買うと、社内外は「放送界に進出!」と大騒ぎになったが、筆者は「どうせすぐ転売する」と同僚社員に予言し、それが9か月後に的中したことから、筆者は自身の「(論理的な)予知能力」に自信を持ち、未来予測のメディアとして小誌(Web版)を97年に創刊した(「タイトルの由来」を参照)。】

これに先立つ95年9月、孫はM&Aなどの資金調達のため社債を発行したが、この発行業務から主力行の興銀を排除した。当時の金融界の慣行では、主力行は融資先企業の社債発行に際しては事務手続を引き受けて多額の手数料を得ることになっていた。が、孫はこの慣行を無視し、興銀は数億円の手数料収入を失ったため、孫は金融界で「横紙破り」と非難された(作家・岩上安身のWeb)。

95年10月、当時金融機関のなかではソフトバンク社の筆頭株主であった興銀は、同社の株を年内にすべて手放すと表明(日経新聞04年10月5日付)。すでにソフトバンクの資金調達が社債発行や他行からの融資に傾斜しつつあり、興銀とソフトバンクの関係は事実上終わった。

95年11月、三木谷は興銀を退職する(その後、三木谷がネット商店街の「楽天」を起業して大成功したことは周知のとおり)。

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●密使か黒幕か●
これをどう解釈するか。
客観的事実は、興銀がソフトバンクに700億円の損をさせて孫を怒らせ、「お得意様」と何億円もの利益を失った、ということだ。となると、興銀社内ではだれかが責任をとる必要がある。だから、ソフトバンク担当窓口だった三木谷が「詰め腹」を切らされた、ということか?

まず考えられるのは、三木谷が「ガキの使い」だったケースだ。
興銀上層部は、当時社員数百人だったソフトバンクが生意気にも全米最大級の出版社(社員3000人)を14億ドルも払って買収することに不安を感じ、買収を中止させようとしたが、孫が聞き入れなかった。そこで、「茶坊主」三木谷が興銀上層部に「ジフのオーナーとの友人関係を利用して孫の買収を失敗させろ」と命じられてこざかしくジフや投資会社の間を飛びまわって裏から手をまわし、孫に煮え湯を飲ませた。興銀も三木谷も「これで孫も、蟻が象を呑むような、身のほど知らずなM&Aは諦めるだろう」と考えた。

が、興銀よりもパソコン業界に詳しい孫は、ジフの利用価値を知り尽くしていたので諦めず、700億円余計に払って買収を実現した。そして、興銀が主力行として得意先の意向を尊重すべき立場にありながら、得意先の経営方針を勝手に「心配して」裏からお節介をしたことに孫は怒り、興銀を主力行から追放した。

もう1つは、三木谷が「黒幕」だった可能性。
当初、当時の「金融界の常識」に従って孫のM&Aを「無謀」と見た三木谷は、積極的に興銀上層部に進言して孫の妨害工作に動いた。が、孫が金融界の私的なルール(法的根拠のない、身勝手な慣行)を公然と無視し、銀行など屁とも思わずに市場から直接、社債などの形で買収資金を調達して事業を拡大して行くさまを見て、三木谷は、だんだん興銀の上司がアホに見えて来た。「孫に起業ができるならオレにもできる。こんな、昔からの慣行に安住し続けるだけの意気地なし(興銀)のなかにいることはない」と悟った三木谷は、バカな上司の「詰め腹」要求を喜んで受け入れて脱サラし、孫を手本(あるいは反面教師)としてベンチャー起業家になった。

真相はおおよそ、この2つのうちのどちらかだろう。

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●本命参入●
小誌が04年9月から予測していたとおり(「本命ソフトバンク」)、04年10月18日、ソフトバンクがダイエーホークス球団を買収するという形で球界に参入したい、と孫が表明した。

孫の意志表示は、ホークスの親会社で事実上の「破綻企業」であるダイエー本社が、10月13日に産業再生機構の管理下にはいると決めたあとだった。が、再生機構はまだダイエーの資産査定も再建計画の策定も終えていないので、ダイエーに出資して再建に協力するスポンサー企業が決まっていない。ダイエー本社は球団を保有し続けたいと表明しているが、それが可能かどうかはスポンサー企業の意向次第だ。

スポンサー企業が決まるのは05年1月頃なので、孫がこの時期に参入を表明しても意味がない、という見方がある。つまり、三木谷のいう「(事前に)公然と買いたいと言うバカ」を、また孫がやったというのだ。

が、そうではない。

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●あとから言うバカ●
子会社に日本テレコムを持つ「電話会社」であるソフトバンクは、ライバルのNTTやKDDIよりも先に、ホークス買収を表明した。この意味は「仙台の先例」を見れば明らかだ。

ネット関連ベンチャーのライブドアは04年6月30日から(近鉄球団の買収希望という形で)球界参入を表明し、9月16日には仙台を本拠地とした新球団を設立したいと述べた。楽天も9月15日、神戸を本拠地とする新球団を設立したいと表明し、9月22日には本拠地をライブドアと同じ仙台に変更したが、仙台市民の圧倒的多数の支持はライブドアに集まった。

マスコミ各社の仙台市民への世論調査では常に、ライブドアは楽天の2倍以上の支持を得、仙台で開かれた野球関連のシンポジウムでも、楽天関係者は市民から「あとから手を挙げてライブドアを妨害してるように見える」などと非難の集中砲火を浴びた(サンスポWeb版04年10月19日)。

10月18日に孫が「2年前から福岡一本に絞って買収を検討していた」と語ったのはもちろんウソで、子会社のヤフーが本拠地球場(ヤフーBBスタジアム)の命名権を購入しているオリックスの球団買収なども検討していたはずだが、そんなことはもはや問題ではない。とにかく、福岡市民に対して「来季もホークスを福岡に留めます」と最初に表明したのはソフトバンクなのだから、あとから立候補する企業はみな、もう「楽天の二の舞」にしかならないのだ。

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●西武待ち●
04年10月13日、西武ライオンズの親会社コクドの堤義明会長は、社内で証券取引法違反につながる不祥事(コクドの子会社・西武鉄道株のコクドグループ内持株比率を過少申告した、有価証券報告書の虚偽記載)が発覚したことを理由にコクド(西武)グループのすべての役職から退くと表明した。その後、同グループの疑惑は拡大し、04年8〜9月の不祥事発覚前、堤自身を含むグループ幹部がグループ内持株比率を東証(東京証券取引所)一部市場の上場基準の範囲内(10大株主と役員の持株が合計80%以下)にあわてて引き下げるため、取り引き先などの企業をまわって(不祥事を隠して)西武鉄道株を売り付けていた(が、結局80%以下にならなかった)ことがわかった。

不祥事発覚後、西武鉄道株は「いずれ上場廃止になって売り買いできなくなる」と疑われて大幅に値下がりしたため、8〜9月に西武鉄道株を買わされた企業は結果的に、巨額の含み損を被ることとなった(サントリーは12億円、キリンビールグループは8億円の損失。産経新聞04年10月21日付朝刊3面「裏切られた取引先」)。

これは民法上の損害賠償請求の対象になるだけでなく、証券取引法が禁じるインサイダー取り引きにもあたる「犯罪」の疑いが濃厚だ。

実は、この「犯罪」が発覚するのを、孫はじっと待っていたのではないか。
2兆円もの巨大資産を持つソフトバンクが球界に参入すると、単なる非上場企業にすぎない読売新聞(巨人の親会社)を凌ぐ力を発揮して一気に球界の「盟主」になってしまう恐れがあるので、渡辺恒雄・読売新聞会長(前巨人オーナー)が警戒していたであろうことは、小誌既報のとおりだ(前掲「本命ソフトバンク」)。渡辺と、その意を受けた三木谷は、03年以降しきりに「(03年にあおぞら銀行株を転売して500億円もの利ざやを得たソフトバンクのような)企業の転売ばかりする会社は、球団を持つべきでない」という趣旨の発言をくり返して来た(「●転売の常習犯)。

一方、西武ライオンズの親会社の「犯罪」が発覚したあとも、西武にはこれまで球界に多大な貢献をして来た実績があるため、渡辺も他の球団首脳も、だれも西武(コクド)に球界から「出て行け」とは言えない。

となると、「犯罪」をやったコクド(経営実態が不透明な非上場企業)が球団を持つのはよくて、犯罪をやっていないソフトバンク(経営実態が公開されている上場企業)が球団を持つのは悪い、という理屈は成り立たないから、渡辺らがソフトバンクを排除するのは、かなり難しくなる。

実は、04年9月、ソフトバンクの子会社ソフトバンクインベストメント(SBI)も、コクドから西武鉄道株の「緊急購入」を持ちかけられており(産経前掲記事)、この時点で、孫は「いずれ堤に犯罪の嫌疑がかかる」と読んでいた可能性が高い。孫はサントリーなどと違って、米サーベラスや米リップルウッドなど、海外のM&A専門会社とあおぞら銀行や日本テレコムの売買を通じてつながりが深く、その筋から情報を得られるからだ。

【現時点では関係が表面化していないが、日本で「ゴルフ場コレクター」の異名を取る米ゴールドマン・サックス社(産経新聞04年10月19日付朝刊8面「知られざる投資銀行」)が、経営難に陥っているコクド傘下の、膨大なゴルフ場資産をねらって情報収集をしている可能性があり、これと孫が気脈を通じていれば、孫は「コクド・西武王国の崩壊」を予知して動くこともできる。サントリーはだまされて西武鉄道株を購入して大損したが、SBIは購入を断っており(日産自動車などほかにも断った会社はあるものの)孫が米投資筋から情報を得ている可能性はある。ちなみに、ゴールドマン社はダイエー本社再建のスポンサー企業になりたいと名乗りを上げている。】

こうなると、もう渡辺の頼みの綱はKDDIぐらいしかない。KDDIは楽天の球団経営に関する「諮問委員会」に役員を2人も送り込んでいるからだ(奥田碩トヨタ自動車会長と牛尾治朗ウシオ電機会長はともにKDDI取締役。サンスポWeb版04年9月25日)。が、KDDIは大所帯な組織で、ソフトバンクのようにトップダウンで重要な決定を迅速にすることはできないので結局、遅れを取った、ということか。

【04年10月21日、通信サービス老舗の有線ブロードネットワークス社がホークス買収を検討していることが明らかになった(毎日新聞Web版04年10月21日)。同社の宇野康秀社長も楽天の「諮問委員」だが、同社はソフトバンクに比べていかにも小規模で「役不足」ではないか。遅きに失したとはいえ、球団の共同保有などの形でKDDIの援軍を頼んだほうがよかろう。】

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●負けても勝ち●
また、たとえホークス買収に失敗しても、孫はもう得るべきものはかなり得ている。
「渡辺+三木谷」陣営の企業(KDDI、有線ブロード社)より先に意志表示したため、渡辺(巨人)らがNPBの臨時オーナー会議を開いて「大あわてで」自陣営の企業のホークス買収申請だけを審議して参入を認めることは、もうできない。今後「渡辺陣営」企業の買収表明があっても、必ずその企業とソフトバンクの両方を(形式上)平等に審査しなければならないので、両者のうち「渡辺側」だけが球団を持つ、という決定が早期に下ることはない。

ソフトバンク(日本テレコム)は04年12月から、KDDIは05年2月から、それぞれ独自の電話回線や交換機を使って固定電話の基本料金がNTTより割安なサービスを始め、NTTもそれに対抗して基本料金を値下げする。この「電話戦争」が始まる前に、KDDIがプロ野球界への新規参入(を表明した)企業として、04年7月以降のライブドアのようにマスコミからちやほやされる事態は、もうありえなくなったのだ。

たとえソフトバンクが05年からホークスを所有することが認められなくても、買収希望を表明した04年10月から、買収を審議する臨時オーナー会議などの手続きが終わる05年1〜2月頃まで、ソフトバンクの名前はずっと、楽天やライブドアと同等かそれ以上に大きな扱いで、マスコミに連日取り上げられることになる。

これは、すでに04年7月にライブドアが立証したとおり、広告費換算で数十億円の宣伝効果があり、KDDIやNTTと戦う上で有利だ。

【また04年10月13日、楽天が新球団の監督として中日OBの田尾安志を発表し、楽天自身が新球団設立を中止してホークス買収に切り替えることが不可能になったことも、孫がホークス買収を表明する上で重要だったはずだ。ホークスを買う会社は選手の不安を抑えるため、当初は監督は変えないほうがよいのは自明なので、楽天の「田尾監督」発表は「ホークス買収断念」と同義語だ。】

つまり、孫は計算し尽くした上で10月18日に公然と「買いたい」と言ったのだ。

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●孫vs.渡辺●
孫は三木谷のお陰で700億円もの高い「授業料」を払わされ、この10年間M&Aを実践的に学んで来たため、03年には逆に500億円も利ざやを取れるまでに「成長」した。他方、渡辺は(読売と日経が合併するような)大規模なM&Aなどやったことがなく、外資系投資会社のM&Aのプロたちがどんな発想や情報収集能力を持っているかまるで知らず、ただ「(外資系)ハゲタカファンドはけしからん」と息巻いているだけだ。が、バブル崩壊後の日本はまさに、ゴールドマン社など外資系の、M&Aのプロたちの草刈り場で、彼らは00年のKDDとDDIの合併(KDDI誕生)から、04年のみずほ銀行をめぐる合併問題にまで介入し、それが球界再編にも連動している。年齢ではなく経験の問題として、企業再編の現実に無知な渡辺が球界再編を仕切るのは、もう無理だろう。

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【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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 (敬称略)

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