2004年米大統領選に勝つために共和党が仕組んだ
世紀の高視聴率番組

マイケル・ジャクソン裁判

〜選挙戦の争点は「イラク」から「反同性愛」に変質〜

Originally Written: Dec. 02, 2003(mail版)■マイケル・ジャクソン vs. 米共和党〜04年米大統領選の争点はイラクでなく「反同性愛」■
Second Update: Dec. 02, 2003(Web版)

■マイケル・ジャクソン vs. 米共和党〜04年米大統領選の争点はイラクでなく「反同性愛」■

■マイケル vs. 共和党〜04年米大統領選の争点はイラクでなく「反同性愛」■
【「東京地検特捜部」は → こちら

2004年は米大統領選の年だ。
04年秋には共和、民主両党の大統領候補もすでに決まっており、11月の投票日に向けて連日両陣営の動向がトップニュースとしてマスコミをにぎわせている……わけではない。

トップニュースはずっと、世界的ミュージシャンで黒人のマイケル・ジャクソン(MJ)の裁判だ。
TVは連日、MJの事件当時12歳の少年への性的虐待疑惑、とくに検察側の主張する「手口」、つまり性行為の露骨詳細な内容を報道する。生中継にせよ解説報道にせよ、MJ裁判を扱う番組は軒並み高視聴率だ。
その高視聴率番組で、ブッシュ米共和党大統領候補(現職)は、03年の感謝祭にバグダッドを電撃訪問して米兵を慰問したときの映像を使った選挙CMを1時間に数回流す。謳い文句は:

「あなたは去年の感謝祭を誰と過ごしましたか?
ブッシュはアメリカの家族を守ります」

その意味するところは、経済を回復させて雇用を守り、イラクでテロとの戦いに勝って治安を守ること、とされている(感謝祭は家族団欒を連想させる)。
が、このCMの直後に、保守系市民団体の意見広告も流れる:

「03年11月(18日)マサチューセッツ州最高裁は、同性愛者間の結婚を合憲としました。
もはや全米の同性愛者は異性愛者を装うために偽装結婚して配偶者や実子を持つ必要はなくなりました。
いずれ同州で結婚した同性愛者は全米各地に移住して、異性愛夫婦と対等な権利を主張するでしょう。
子供のいない異性愛夫婦と対等に、養子がほしい、とも言い出すでしょう。
ところで、同性愛の養親のもとで育つ子供は、親からどんな性行為が正しいと教わるでしょうか?
あなたは同性愛者がどんな性行為をするかご存知ですか?
子供の人権を守りましょう。
そのために合衆国憲法を改正し、同性愛結婚禁止の修正条項を加えましょう。
アメリカの家族を守りましょう」

米FOXテレビなどの保守系メディアの論調はもっと辛辣だ:

「マサチューセッツ最高裁の判事たちは頭がおかしい。
もうホモのやつらは偽装結婚はしない。
いまならMJもプレスリーの娘と契約結婚して異性愛者のフリをする必要はない。
MJは無罪になればマサチューセッツに移住するだろう。少年をや養子にして、好きなだけ合法的にオカマがほれるからだ。
あの州の判事どもは判事を辞めて弁護士になって、MJの弁護でもやりやがれ!」

もちろんこの時期のTVには米民主党の大統領候補のCMも流れる。
が、その回数はブッシュの半分以下だ。理由は、選挙資金の差である。

ブッシュはすでに03年9月の時点で、当時立候補していた民主党候補9人のだれよりも多い、巨額の選挙資金を集めていた(03年9月末時点ですでに累計8500万米ドル。共同通信Web版03年11月9日)が、共和党にライバルがいないため、04年4〜7月に民主党陣営との戦いが本格化するまで、蓄えた選挙資金にはほとんど手を着けなかった。

他方、民主党の候補者たちも資金集めには熱心で、たとえばディーン前バーモント州知事は、03年7〜9月の3か月だけで民主党候補としては過去最高の1480万ドルもの資金を集めていた(共同通信前掲記事)。ところが、民主党の候補者たちは党公認候補になるための、党内のライバルとの争いで資金の大半を遣ってしまった。
だから、04年4〜7月に党公認候補に決まった頃には、民主党候補は、共和党のブッシュに対して資金面でダブルスコアの差を付けられていたのだ。

かくして04年秋の全米のTVには、MJの性行為の情報、ブッシュの微笑、保守系団体の改憲要求が洪水のように流れ、その合い間に、民主党の選挙CMとイラク情勢のニュースが細々と流れる、という状況になった……。

●分断される米民主党支持層●
上記の予測は絵空事ではない。米国の事情に詳しい方には、科学的なシミュレーションとしてご納得頂けよう。
04年の大統領選は、いつもの大統領選とは米メディアの扱いがまったく違うはずだ。
現状では、04年大統領選の最大の争点は、イラク戦争やその戦後処理ではなく、同性愛問題になるはずだ。国民の圧倒的多数の最大関心事がそれなんだから、どうしようもない。

そうなると共和党に有利だ。米国のマイノリティ(少数派)は、伝統的に「弱者保護」を主張して来たリベラルな政党、民主党の支持者が多い。たとえば、黒人や同性愛者の大半は民主党支持、反ブッシュであり、イラク戦争の開戦自体に反対した「平和主義者」も少なくない。

が、黒人の同性愛者であるMJが連日被告人としてTVに登場している状況では、これら民主党支持層は分断される。いままで「イラク戦争に反対するためには、黒人や同性愛者と連携するのもやむなし」と思っていた白人の異性愛者の民主党支持者も、黒人や同性愛者の団体と距離を置くようになる。

もはやブッシュのイラク政策を批判する余裕などない。
白人の民主党支持者にとって最大関心事は、自分があの汚らわしいMJと同様の同性愛者やそのシンパと疑われないようにすること、なのだ(さらに、白人同性愛者が自分たちへの差別や偏見を回避するためMJを非難し、黒人同性愛者と距離を置く可能性もある)。こうなると米民主党の選挙対策本部は選挙戦をどう戦っていいかわからず、頭を抱えてしまうだろう。

●改憲はあいまいさを許さない●
米マサチューセッツ州最高裁の判決のあとに放送された米ABCニュースなどによると、同性愛者の結婚に対する大多数の米国民の世論はあいまいなものだ。約2/3の米国民は、同性愛者が合法的に結婚したいという生意気な主張をすることを積極的には支持しないものの、憲法を改正して彼らの結婚を明確に禁じるほどの意地悪をする必要はないと考えている「中間派」だそうだ(同性愛者自身と、「反同性愛」の共和党保守派はともに「少数派」)。

【これは、自衛隊の憲法上の位置付けに対する日本国民の態度とよく似ている。国民の大多数は自衛隊は合憲だと思っているが、必ずしも憲法9条を改正してはっきり合憲だと規定する必要はない、と考える「中間派」が多い。が、連立与党の自民党では、国会議員の大半が、自衛隊合憲化のための憲法9条改正に賛成の「改憲派」で、他方、左翼政党である社民党と共産党では、国会議員は全員、9条改正反対の「護憲派」だ。また、民主党(日本)の場合は改憲、護憲、中間の各派の国会議員が混在しており、もし自民党の小泉首相が憲法改正を政治日程に載せると、小泉の自民党内での求心力は高まるが、民主党は分裂する可能性がある(03年11月6日放送のTBS『筑紫哲也ニュース23』での評論家・立花隆の発言)。もし民主党が分裂すれば、小泉は「旧民主党改憲派」を連立政権に取り込み、代わりに護憲派の多い公明党との連立を解消することも可能になる。】

が、04年4月頃にMJ裁判が始まると、03年11月のマサチューセッツ州の判決と相まって、「MJのような同性愛者の夫婦が子供への性的虐待を目的に養子縁組をする危険性」が必ず惹起されるので、「中間派」は中間派でいることが難しくなる。保守系市民運動や共和党の政治家が提案する憲法改正案に対して、いやでも態度を表明しなければならなくなり、結局その大部分は共和党候補(ブッシュ)への投票という形で表面化するだろう。

もちろん、理論上は、異性愛の夫婦だって、子供への性的虐待をする可能性はある。が、大多数の国民の素朴な感情では、同じ虐待でも同性愛の虐待のほうが異性愛の虐待より、より汚らわしいと思われているだろう。
また、被害者が子供の場合はとくに、米国の刑法で言う「性的虐待」の概念は日本の常識よりもかなり広く、子供の前で性器を露出したり、暴力的ないし卑猥な会話をしたりするだけでも虐待の罪に問われることがある。となると、裁判報道でMJへの非難が高まっている状況では、「同性愛者の養親が子供に同性愛について教えるだけで虐待」という(反捕鯨運動や「禁酒法」のような)かなり感情的な主張も(裁判ではともかく)世論においては多数派になると考えられるから、憲法改正を求める保守系市民運動やブッシュを含む共和党員の選挙運動には、確実に有利になるはずだ。

【憲法問題は、日頃あいまいな態度をとっている有権者に「踏み絵」を迫る格好の手段だ。それは米国でも日本でも変わらない。】

●シュワ知事 vs. 「親同性愛」判事●
しかもこれは、たまたま生まれた状況を共和党が有利に利用する、ということではない。すべて計画的なのだ。
米国時間03年11月17日、俳優のアーノルド・シュワルツェネッガー(シュワちゃん)が米カリフォルニア州知事に就任し、州政府が民主党(グレイ・デービス前知事)から共和党の手に移った。

すると翌18日、同州サンタバーバラ郡警察は、郡内のMJの広大な自宅「ネバーランド」を家宅捜索する。この日は、マサチューセッツ州最高裁が同性愛者間の結婚(に相当する市民的結合、civil union)を合憲とする判決を出した日でもあるが、そういう判決が出て全米の同性愛者(と彼らを嫌う保守派)が勢いづく日であることは、担当判事の過去の履歴を見れば、事前に予測可能だった。

MJは20日に逮捕され、即保釈されるが、逮捕を指揮したスネッドン検事は、州司法長官の指揮下にあり、長官は州知事、つまり11月17日以降はシュワ知事の支配下にある。

●なぜ9年間逮捕されなかったのか●
94年、MJは、やはり少年への性的虐待容疑で(03年と同じスネッドン検事に)逮捕、起訴され刑事責任を問われた。が、被害者の少年が民事裁判でMJから日本円で16億円に相当する莫大な和解金を受け取り、刑事裁判での証言を拒否したために、有罪を免れた。

これは、MJのような金持ちは凶悪犯罪を犯してもカネの力で被害者を買収して無罪になれることを意味する。これに怒ったカリフォルニア州議会は州法を改正して、刑事事件の被害者は、たとえ子供でも、また民事訴訟で和解が成立したあとでも、いったん容疑者が起訴されたら刑事裁判での証言を拒否できないこととした。この法改正は明らかにMJを有罪にするためのものだった(が、一事不再理と遡及処分禁止の原則により、94年の起訴事実でMJを裁くことはもうできない)。

が、それから9年間、MJは逮捕されなかった。
理由は、けっしてMJに新たな性的虐待容疑がなかったからではない。MJはネバーランドに恵まれない子供たちを招待して「慈善事業」のようなことを繰り返す一方、マスコミで「子供たちと一緒に寝た」と発言したことから、性的虐待疑惑が絶えなかった。
MJの逮捕状によると、被害者の少年は01年にMJから虐待を受けたとされるが、それが事実だとしても法改正から7年経って初めて逮捕可能な事件が起き、さらに2年経ってやっと逮捕された、というのは奇妙だ。

この奇妙な法適用の背景には、95年の「世紀の裁判」と、99年以降州知事が民主党員であったことの2つが関係している。

●O・J・シンプソン裁判●
元NFL(全米フットボールリーグ)のスーパースターで黒人のO・J・シンプソン(OJ)が、元妻とその恋人(ともに白人)を殺した容疑で起訴された刑事裁判では、OJが莫大な私財を投じて一流の弁護士を集めて「ドリームチーム」を結成して「黒を白と言いくるめる」法廷戦術を展開したため、また加害者が黒人で被害者が白人だったため、世論が人種別に真っ二つに割れてしまった。初公判の前から、全米で白人の大半がOJの有罪を、黒人の大半が無罪を信じる事態になり、人種対立を恐れた州裁判所は、白人でも黒人でもない、日系人のランス・イトー判事を裁判長に起用したほどだった。

この裁判では、米CNNが95年1〜10月、連日6時間以上生中継し、米ABCなどの3大ネットもトップニュースとして報道し続け、「世紀の裁判」と呼ばれた。

結審直前、弁護側は、OJを捜査した白人警察官がかつて人種差別発言をした事実をつかみ、その証拠の録音テープを法廷に提出して、そもそも逮捕自体が有名な黒人を陥れようとする罠だとする「人種カード」を切ったため、人種間の世論の分断は最悪になった。

それでも、OJは実際に人を殺しているのだから、有罪判決が出てもべつにおかしくはなかった。有罪判決が出た場合、黒人州民の反発を買い、92年の「ロドニー・キング事件」(黒人を集団暴行した白人警官が、その模様を撮影した証拠のビデオがあるにもかかわらず全員無罪になった事件)の判決直後の人種暴動のような事態が再発するのを州政府は恐れ、判決直前に逮捕寸前の警察無線の録音を公表した。

94年6月、OJは2人の白人を殺して車で逃走したが、すぐにパトカーに追われ、そのカーチェイスは上空から米CNNなど複数のTV局のヘリに撮影され、茶の間に生中継されていた。
生中継を見た人々は「白人の警官がパトカーで、逃げる黒人を追い詰めて力ずくで逮捕した」という印象を受けていたが、真相は違った。OJはゆっくり逃げ、パトカーも追い付かないために故意にのろのろ運転をし、スピーカーで投降を呼びかけていたのだ。95年10月の判決直前、警察当局は当時の警察無線の録音テープを公表した。このためカーチェイスは1年ぶりに音声付きで「再放送」され、少なくとも白人視聴者は「逮捕した警官は必ずしも人種差別的でない」という印象を受けた。

が、長年白人警官に差別的な扱いを受けて来た黒人層の恨みは緩和されず、94年10月3日、ロス地裁で黒人主体の陪審員団(大半は低学歴で、DNAという言葉さえ知らずに証拠のDNA鑑定を軽視)が無罪評決を下すと、多くの黒人は喝采した。
もちろん、ほとんどの白人は怒った(背景には犯罪者の圧倒的多数を黒人が占めるという事実がある)。
一方、OJは白人被害者の遺族から損害賠償を求める民事訴訟を起こされ、こちらでは「黒」と認定され、ほぼ全財産に相当する額の賠償責任を認める判決が下った。

このときから98年までカリフォルニア州知事は共和党員のウィルソンだったが、州警察はMJのあら捜しはせず、家宅捜索もせず、州検察当局も改正州法によりMJを性的虐待の罪に問うことはなかった。理由はもちろん「白人警官がOJの代わりにMJをねらった」と黒人層に非難されるのがこわかったからであって、べつにMJが品行方正だったからではない。

●民主党州知事の逡巡●
そうは言っても、裁判が終わればOJについての洪水のような報道はなくなり、州民の裁判への記憶も年々薄れる。90年代末にはMJの逮捕は法的にも世論的にも可能だったはずだ。

が、98年の州知事選でデービスが当選する。彼は民主党員なので、黒人票を多数得て当選しており、共和党の知事よりもはるかに黒人有権者の顔色を伺う傾向が強い。02年の州知事選でもデービスは再選されたため、結局、03年11月に共和党のシュワ知事に交代するまで、警察はMJを逮捕しなかった。

●米共和党の計画的犯行
OJ裁判の過熱報道は、広告代理店やメディア論、社会心理学の専門家によって徹底的に研究され、その研究成果から共和党は「黒人のスーパースターを刑事裁判にかければ、現政権の失政などの政治問題から国民の目をそらし、白人世論をほぼ統一できる」ことを学習したはずだ。さらに共和党は、デービス前知事が、MJが性的虐待を繰り返していること知りながら警察・検察を抑えていたことも見破っただろう。
かくして共和党は、03年11月に州知事ポストを奪うと、ただちにMJを逮捕した。

共和党にとって最悪のシナリオは、MJが罪を認めて、裁判で事実関係を審理する(恥をかく)代わりに軽い刑(懲役・禁固刑に替えて社会奉仕活動何年、など)に服する、という司法取り引きに応じることだ。これだと、04年1月9日の罪状認否ですべて終わってしまって、大統領選にはなんの影響もない。

逆に、最善のシナリオは、実は、ロッキード事件の田中角栄と同じ「冤罪」だ(「東京地検特捜部」)。冤罪なら、MJは司法取り引きには応じず、04年4月に始まる裁判は長引き、04年11月の大統領選投票日までTVを占拠するので、その間、米国民の最大関心事が「イラクでの米兵の死者数」になることはない。

もし逮捕理由の01年の虐待が冤罪で、検察側が「隠し玉」として第二の被害者の、虐待事件の証拠を持っていて、裁判開始後に訴因を追加するという作戦なら、確実に共和党の思惑通りになる。この場合MJは、第二の事件について陪審員の心証をよくするために、第一の事件では「完全な無罪」を勝ち取ろうとするので、司法取り引きも短期の結審もありえないからだ。

そもそも03年に州知事が交代したこと自体、共和党の陰謀の可能性が高いことは、本誌「シュワ知事と電力危機の謎」ですでに述べたとおりだ。

【03年10月21日、ブッシュ現政権の害虫対策補助切り詰めにより(愛媛新聞Web版03年11月05日)キクイムシに食い荒らされて、枯れ木が増えて燃えやすくなっていた同州南部の広大な森林で山火事が発生し、東京都の1.4倍、約30万haが焼失した。もしシュワ知事の就任直後に発生していれば、まだ州政府を十分に掌握していない彼は危機管理に失敗して醜態をさらし、世論の、共和党への支持の低下を招いただろうが、就任前に発火して鎮火したので、そうはならなかった。ちなみに、この火事の発火点は13あるが、最初の発火点は放火、最大の被害を出した発火点はハンターの信号弾によるとされるから(世界日報Web版03年11月04日)火事の発生時期は人為的に選ばれた可能性が高い。】

04年の米大統領選にブッシュが勝つ、と予言して当たっても(あてずっぽうでも確率1/2で当たるので)予言的中とは言えないが、勝つだろうと筆者は思う。理由は、この選挙にかける共和党の執念が尋常でないからだ。

【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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 (敬称略)

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