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『ゲノムの方舟』予言していた

SARSの方舟

〜ウイルスと生物兵器の新しい常識

Originally written: May 27, 2003(mail版)■SARSの方舟〜ウイルスと生物兵器の新しい常識■
Second update: May 27, 2003(Web版)
Third update: June 12, 2003(mail版)■なぜ日本人は感染しないのか〜シリーズ「SARSの方舟」(2)■
Fourth update: June 12, 2003(Web版)
Fifth update: June 24, 2003(mail版)■金正日 vs. SARS〜シリーズ「SARSの方舟」(3)■
Sixth update: June 24, 2003(Web版)
Seventh update: July 03, 2003(mail版)■真冬に再燃〜シリーズ「SARSの方舟」(4)■
Eighth update: July 04, 2003(Web版)
Ninth update: July 15, 2003(mail版)■米国の民族浄化〜シリーズ「SARSの方舟」(5)■
Tenth update: July 15, 2003(Web版)
Eleventh update: July 24, 2003(mail版)■中国の民族浄化〜シリーズ「SARSの方舟」(6)■
Twelfth update: July 24, 2003(Web版)

■SARSの方舟〜ウイルスと生物兵器の新しい常識■
■なぜ日本人は感染しないのか〜シリーズ「SARSの方舟」(2)■
■SARSに怯える金正日〜シリーズ「SARSの方舟」(3)■
■真冬に再燃〜シリーズ「SARSの方舟」(4)■
■米国の民族浄化〜シリーズ「SARSの方舟」(5)■
■中国の民族浄化〜シリーズ「SARSの方舟」(6)■

■SARSの方舟〜ウイルスと生物兵器の新しい常識■
【今回は小説『ゲノムの方舟(はこぶね)』の関連記事です。】

SARS(重症急性呼吸器症候群、新型肺炎、サーズ)が、02年秋から中国を中心に世界各地に蔓延し、数千名の患者と数百名の死者を出しているが、03年5月26日現在、日本人の患者、死者はゼロである。

この、日本の「幸運」の原因については解明されていない。
シンガポール政府は「日本人は(中国人と違って)きれい好きでよく手を洗うからだ」(産経新聞Web版03年4月25日)と言うが、それならあまり手を洗わない米国人にもほとんど患者がいないのはなぜか、が説明できない。

03年4月には「ほんとうは日本人患者もいるのに、日本政府がパニックを恐れて隠蔽している」という説が一部マスコミに流れた(『週刊現代』03年4月27日号)。が、5月18日になって、日本から台湾に帰国したあとSARSと判定された台湾人医師の、滞日中の日程を厚生労働省が詳細に公表し(産経新聞03年5月19日付1面)感染の恐れのある人に保健所に名乗り出て検査を受けるように促したことにより、日本政府が情報隠しをしていないことがほぼ確実になった。やはり、理由はともかく03年5月現在、日本人の患者、死者はともにゼロで、日本人と日本社会がこの病気に対してかなり強いことは間違いなさそうだ。

他方、これだけ短期間に急速に広がっていることと、患者第1号の発生が02年秋(夏)であるのに中国政府が当初何か月もこれを隠蔽したことから「SARS生物兵器説」もある。

これに対して田口文章・微生物管理機構代表は反論する。
「もしテロ目的で人工的に作られたウイルス(生物兵器)であれば、もっと強力なものを作るはずだし、アジアだけでなくもっと広範囲に広まるよう工作するはずだ」(『週刊現代』03年5月3日号p.43)

ちょっと待て。なぜ「もっと強力」「もっと広範囲」である必要があるのか。
たしかに生物兵器(B)は、核兵器(N)や化学兵器(C)と並ぶ大量破壊兵器(WMD)とされ、BはNやCと同様に無差別多量殺戮のために開発されてきた(と言われてきた)。

しかし、無差別大量殺戮ならNでもできるし、それをより低コストで手軽に実現するならCでもいい。もちろんBでもできるが、敢えて、Cより扱いの難しいBを使う必要があるだろうか。

実は筆者は十数年前、一般教養程度のウイルスについての知識を頭の中で組み合わせて考えているうちに、ふと、BにはNやCとはまったく違う「利用価値」があるのではないか、と気付いた。

1999年4月、筆者は、大手出版社にスカウトされ「国際石油資本などをテーマにスパイ小説を」と言われたとき即座に、この「生物兵器の第2の利用法」を予言する小説を書きたい、と逆提案して了承された。これが、デビュー作『ゲノムの方舟』で、執筆は99年8月〜00年3月(微調整は6月まで)、単行本初版刊行は00年10月だった。

それから3年経ち、どうやら予言(でなくて科学的予測)は当たったらしい。
1914年にH.G.ウェルズがSF『解放された世界』で核兵器の出現を予言してから、1945年にそれが実際に広島で使用されるまで41年かかったが、『ゲノムの方舟』の場合は「予言」が顕在化するまでたった3年とは、早すぎる。

が、400年後の歴史家は、現在を振り返って、言うだろう、
「生物兵器の歴史500年のうち、最初の100年は無差別大量殺戮などという低次元な利用法しか議論されなかったが、2003年のSARS流行を契機に(SARSが生物兵器か否かにかかわらず)『ゲノムの方舟』が予言した『方舟型』の利用法が主流になった」と。

【中国軍事問題の研究機関「漢和情報センター」によると、SARSを契機に中国軍は(たとえその死亡率が低く、大量殺戮より景気後退をもたらすものであっても)生物兵器の(第2の?)利用価値を再認識し、新兵器開発に取り組む可能性があるという(産経新聞Web版03年5月7日)。】

筆者は「第2の利用法」を世界で初めて具体的なストーリーに描いたことにより、村上和雄・筑波大学名誉教授(応用生物化学)から「専門家をも思わずはっとさせる」という推薦のお言葉を賜った。専門家(科学者)でないウェルズが核兵器問題に発言権を持ったのと同様に、筆者も生物兵器に関して発言(予言)する資格はありそうだ。

●『復活の日』はありえない●
64年に書かれた小松左京の『復活の日』は、80年に映画化もされたので、近未来の生物兵器の恐怖を描いたSFとして有名だ。冷戦時代の東ドイツ軍の基地から盗まれたウイルスが漏洩し、空気感染で全世界に蔓延し全人類が死に絶えるというストーリーだ。

が、こんなことは絶対にありえない。
小松がこれを書いたとき、遺伝学はこんにちほど発達していなかたったし、また冷戦時代で米ソ両国が人類を何度も皆殺しにできるほど大量の核兵器を持って対峙していたから、小松に限らず当時の人々は「人類全滅」の固定観念から抜けきれず、小説も映画も、このような「全滅型」の筋になったのだろう。

人類は個人個人みな(一卵性双生児でない限り)遺伝的に違うから、病原体と戦う機能(免疫など)にも個人によって遺伝的バリエーション(多様性)があり、特定の病原体に対してある人は強く、ある人は弱い。したがってただ1つの病原体で、人類が全滅することなどありえない。

そうならないために、われわれは、異なる個体間で交配 (^^;) を繰り返して遺伝的多様性を維持し「みんな同じ」にならないようにしているのだ(生物種としての生存を考えると、遺伝的に同じ個体を複製する「クローン人間」は好ましくない)。

また、環境的なバリエーションもある。同じような、ある病原体に弱い遺伝子を持って生まれた双子でも、片方が医療設備や上下水道の整った日本の大都市の中産階級の家庭で育ち、もう片方が食糧も電気も乏しい北朝鮮の農村の、下層階級の家庭で育つなら、当然同じ病原体に出会っても、肉体がそれと戦う「抵抗力」の強さが違うから、前者は感染も発病もせず、後者は即感染して重症化し、高い確率で死ぬ、ということになろう。

遺伝子が同じでも育った環境(を決定する社会階層)や、ほかに持病があるか否か、飲酒、喫煙、偏食、重労働、失業、失恋、不倫、家庭の不和など病気への抵抗力を弱める要素があるか否かによっても、特定の同じ病原体に対する感染率、死亡率は変わる。

だいたい、1945年の広島で(胎内)被爆したって(人数は多くないが)某元プロ野球選手のように、一生なんの健康上の問題もなく、それどころか人並み以上の肉体的能力を発揮して(彼の場合は、日本プロ野球史に残る大記録を打ち立てて)何十年も生き続ける人もいる。科学を駆使してどんなに有害なものを創ったところで、そう簡単には人類を皆殺しにはできないのだ。

まして生物兵器を論じる場合、人類全滅の可能性を懸念する必要など、あろうはずがない。

●待望!人類共通の敵●
それに、たとえ人類全滅につながる生物兵器ができたとしても、悩むことはない。
まず、それは(それを使ったテロリストや独裁者まで殺す恐れがあるので)使えない。
たとえ使っても、ほんとうに強力な死亡率100%の病原体なら、どうせみんな死ぬので、それ以降は悩みたくても悩みようがない。
(^^;)
もし、そういう「全滅兵器」がテロ国家の独裁者によって使われそうだとわかったら、全人類は団結してジョージ・ブッシュかドナルド・ラムズフェルドか、はたまたジェームズ・ボンドのような「正義の味方」にお願いして(フランス政府は国連安保理で拒否権を行使しないで「正義の武力行使」に賛成し、日本政府は後方支援か資金援助で協力して)みんなで応援して悪者をやっつければよい。
03年の対イラク武力行使をめぐる、国連を舞台にした米仏の国益や国家エゴ剥き出しの対立のような事態も起きず、おそらく、すべての国連加盟国は団結して「共通の敵」と戦うことに感激し、至福のときを味わうだろう。世界平和のためには、かえって、そういう「人類共通の敵」が出現してくれたほうが都合がいいくらいだ。

しかし、現実はそんなに甘くない。
自然界に突然変異で出現した天然の病原体であろうと、兵器として人工的に造られたものであろうと、細菌やウイルスが全世界の各国、各地域、各社会階層、各年齢層の個々人を平等な確率で殺してくれることはないので、ある種の病原体に対しては、人類は団結せず、むしろその流行を契機に、社会を構成する集団間の利害対立が顕在化し、政治的な問題を惹起することすら考えられる。

●ゲノムの方舟●
拙著『ゲノムの方舟』が描くのはけっして、かつてのイラク、現在の北朝鮮などの無法国家や、アルカイダ、オウム真理教などのテロ組織が使うのではないかと懸念された炭疽菌、ボツリヌス菌、天然痘ウイルスなどの、兵器として名高い病原体ではない。そのような病原体は、核兵器を造る設備を持てない、財力の乏しい国や組織にとっては、核兵器の代用品「貧者の核兵器」として期待されている。しかし、そういう「核兵器代替型」兵器は、使えばすぐにわかるから、使う側は国際的非難を覚悟しないと使えない。

そのうえ、敵だけでなく、味方をも感染させ、殺す恐れがあるから、こっそり使うのはほぼ不可能だ。
たしかに、あらかじめその生物兵器の発症を予防できるワクチンを開発しておいて自国軍の兵士に接種したうえで、敵軍の兵士をねらって生物兵器を散布すれば、純軍事的には勝てる。
しかし、戦線が自国や自国に影響のある第三国にまで拡大した場合には、あるいは戦場でその生物兵器に感染した敵軍兵士が帰国し、祖国で第三国人と接触した場合には、敵国や第三国の民間人、さらには、めぐりめぐって結局自国にまで感染が広がるかもしれない。

たとえば、中国が台湾を上記のような無差別大量殺戮型の生物兵器で攻撃した場合、その感染は経済大国・日本など近隣諸国の民間人に無差別に広がる。すると、それら被害国と貿易や観光でつながりのある、中国を含む世界各国の民間人にも感染が広がり、結局全世界の経済にダメージを与え、世界同時不況の要因になってしまう。これは中国経済の発展にとってもマイナスだ。

これを防ぐには、自国とその主要な貿易相手国の経済に重要な役割をはたしている数百万(数千万?)の民間人にも事前にワクチンを接種しておく(あるいは感染拡大後ただちに接種できるように量産して用意しておく)必要がある。が、そんな大掛かりな作業を事前にすれば、「中国は生物兵器戦争の準備をしている」とすぐにばれてしまうので、結局使えない。

もっとも政治的効果の高い生物兵器とは、いつだれが使用したのか、兵器なのかどうかさえわからず、しかもけっして人類を全滅させることのない、あまり威力の強くない病原体だ。

威力が弱いために、感染の影響(感染率、死亡率)は、感染する対象(ヒト)の住む環境によって、一律ではなく「まだら」に出る。この「まだら模様」を予測し制御できれば、「敵」だけに感染の恐怖と被害を与えることも可能だ(効果が限定的なので「方舟型」と呼ぶにふさわしい)。

しかも、その対策をとる際に、人類は「全人類のために」団結することはない。それどころか、被害者の集団と、「どうせ自分は関係ないから」と高みの見物を決め込む集団とに分かれて反目し対立し、一致した行動をとれないと危惧される。

この「社会対立型」生物兵器こそまさに使用可能な「最終兵器」であり、従来の「核兵器代替型」とは使用方法も、使用目的もまったく異なるものだ。

【具体的な「社会対立」の形は、このシリーズでいずれ取り上げる予定。】

●遺伝子は黙秘する●
けっして「恐ろしいウイルスが人工的に創られてばらまかれたら、調べれば『だれかが創った』とわかるに決まってる」などと短絡的に思わないように。

たしかに天然アユと養殖アユは味が違うし、天然美人と整形美人は、鼻をさわったり耳の後ろの手術跡を見たりして「加工」を施した痕跡を確認することで、区別できる。

が、病原体、たとえばウイルスの場合は、遺伝子の塩基配列が違うだけなので「見た目」では、天然物か人工物か区別できない。

したがって、ある日突然、人類に襲い掛かってくるエイズウイルスなどの新種の病原体が、たとえ人工的に造られた兵器であっても、それを確認する方法はない。たいていは「たぶん自然界の遺伝子の突然変異でできた新種(天然物)だろう」と結論付けられてしまう。

社会対立型は、核兵器代替型と違って、イラクのスカッドミサイルの弾頭に詰め込まれてどこかに撃ち込まれるなどといった、明白に軍事的な形で使われるとは限らない。敵国、敵陣営の内部の社会集団間に対立を起こすのが目的だから、各集団に「スカッドを撃ちこんでくるやつはわれわれ共通の敵だ」と団結されては困るので、「いつ攻撃されたかわからない」ような方法で、「いつのまにか流行する」ように持って行くものなのだ……今回のSARSのように。

【某大手紙の北京特派員からの私信によると、SARSについて、北京では「台湾が撒いた生物兵器」という噂が、台北では「中国が撒いた…」という逆の噂が広がっており、両者が「団結」しそうな気配はまったくない、という。】

SARSの主たる流行地域(環境)や感染の広がり方は、筆者が小説『ゲノムの方舟』で取り上げた某ウイルスのそれと酷似している。
小説を読まれた方には、SARSは「最終兵器」としての条件を十分に満たしているように見えるのではないか。

【次回は「なぜ日本人はSARSに感染しないのか」を探るため、一転して「SARSは天然物」という仮説を立てて検証してみたい。】

■なぜ日本人は感染しないのか〜シリーズ「SARSの方舟」(2)■
Web版の前回より続く。】

SARS(重症急性呼吸器症候群、新型肺炎)が、02年秋から中国を中心に世界各地に蔓延し、数千名の患者と数百名の死者を出しているが、03年6月現在、日本人の患者、死者はゼロだ。

この、日本の「幸運」の原因は解明されていない。
もちろん、この「新興感染症」については未解明のことばかりなのだが、すでに明らかになっている特徴をもとに「SARSが日本を襲わない謎」に迫ってみたい。

●なぜ子供は感染しないのか●
SARSは、03年3月に香港や中国本土での大流行が報道されて以来、世界中から症例が報告されているが、不思議なことに、子供の感染例はほとんどなく、とくに重症患者はゼロだ。

一般に子供、とくに乳幼児は大人より体力がなく病気に弱い。ところがSARSの場合、なぜか乳幼児はこれに強く、大人になるほど弱い。

この理由について、根路銘国昭・元国立感染症研究所ウイルス第一部室長は、子供と大人では細胞の脂肪が違うからではないか、という仮説を立てている(03年5月13日放送のフジテレビ『とくダネ』)。たとえばコレステロールという脂肪は大人にあり、子供にはない。ウイルスは細菌と違ってそれ自体ではエネルギー代謝ができないので、他の生物の細胞に寄生して増えるが、SARSを起こす新型コロナウイルスは、こういう大人の脂肪でしか増えないのではないか、という。

根路銘説が正しいという証拠はいまのところない。が、「子供のとき感染しても発病しないか、または重症化しないのに、大人になってかかると重症化する」という病気は、伝染性単核症(良性腫瘍の1種で、飛沫感染、経口感染するので「キス病」ともいう)など、現に存在する(「はしか」もそれに似た病気である)。

そして、このような病気に乳幼児期に感染すると、発病はしないが、免疫機能が働いてからだの中に抗体ができ、大人になってから感染しても当然、深刻な症状は出ないことになる。

【したがって、現在中国のSARS流行地域で暮らしている子供たちは、今後大人になってからSARSに感染しても、重症化しないで済む可能性が高い。】

●すでに日本人は「感染済み」?●
となると、「日本人はSARSに感染しない」のではなく「日本人はすでに乳幼児期にSARSに感染していて、発病しないまま免疫(抗体)だけがからだの中に残った」から、現在SARSウイルスに感染しても発病しない、という仮説も成り立つ。

感染しても発病しないか、軽症で済む人は、医療機関に出向いて「SARSかもしれないので検査して下さい」と申し出ることはなく、たとえ病院に行っても(肺炎でなく)「風邪」と診断される。したがって「日本人患者第1号」からSARSのウイルスが出たという報道も「事実」もない、というわけだ。

これには当然、反論がありうる。
1つは、日本人がみな乳幼児期にSARSに感染して免疫ができているのなら、なぜ中国人はそうでないのか、という疫学上の極端な「民族(人種)差別」の不思議である(#1)。
そしてもう1つは、新型コロナウイルスを発見しSARSの病原体と断定した香港大学が、同ウイルスは今回初めて人間界に侵入したウイルスであり、いままでは動物界のみで循環していた、と発表していることだ(#2)。

●江戸時代の疫病●
まず疫学上の「日中差別」(#1)から。
日本の高校などで使っている日本史の年表を見ると、江戸時代にはしばしば飢饉があり、疫病が流行し、日本全国で大勢の人が死んだ、とある。

疫病の原因は、飢饉で栄養不足に陥ったところへ、なんらかの病原体(インフルエンザ?)が襲いかかったからに相違なく、その症状は歴史資料によれば、発熱、咳、咽頭の腫れなど風邪の症状の重いものだったとされる。

が、これはSARSの症状とも重なる。江戸時代にはレントゲンも電子顕微鏡もないから、たとえSARSにかかっていても「重症肺炎」ではなく「風邪をこじらせて死亡」と診断されることになる。

SARSは飛沫感染する。江戸時代の日本人は参勤交代や、5街道や西廻り航路・東廻り航路を利用した商品流通、「お伊勢参り」などで全国津々浦々を移動することが恒常化しており、これは同時代の中国人(人口の大半を占める農民)が領主の封建的支配に縛られて、生まれた村からほとんど出られなかったのと対照的だ。

【中国では、社会主義体制になった1949年以降も、国民の居住・移転の自由は認められず、とくに農民は出身地に縛り付けられていた。現在でも、農村に住む「農村戸籍」を持つ中国人は無断で都市に移住して働くと「不法就労」になり、罰せられる。】

江戸時代後半には「元祖・旅行ガイドブック」である十返舎一九の『東海道中膝栗毛』がベストセラーになったことでもわかるように、庶民レベルでも旅行は盛んになった(但し、目的は観光ではなく、旅人は村の代表として、社寺参拝や農業や商業の情報収集などに努めた)。

さて、SARSは飛沫感染する。もしこの病気が人の移動の盛んな江戸時代の日本に存在したなら、飛脚や旅人、参勤交代の武士らによって、たちまち全国に広まったに相違ない。

●海を越えないウイルス●
が、江戸時代の日本列島から(朝鮮半島を含む)大陸へのウイルスの伝播はまずなかっただろう。
ウイルスは宿主(ヒトや動物などの寄生先)のからだの中では、限られた期間しか生きられない(インフルエンザウイルスの場合はヒトの体内では3〜4日間。根路銘国昭『ウイルスで読み解く人類史』徳間書店95年刊p.59)。そこで、その期限が来る前にウイルスは、咳やくしゃみ(飛沫)、宿主の血液を吸い込んだ蚊などに乗って宿主の外に飛び出し、新たな宿主をみつけて感染し直す必要がある。

となると、1人や2人の例外的な人物が、いかだや小船で、ジョン万次郎のように海を越えて別の陸地に行っても、日本人の持つウイルスは他の陸地に持ち込まれない、ということになる。江戸時代には、海で隔てられた外国との間に、参勤交代のような、数百人単位の往来はほとんどなかったのだから、日本のウイルスが日本列島に留まるのは当然だ。

●朝鮮、台湾に渡ったウイルス●
但し戦争や侵略があると、事態は一変する。大船や大船団に乗って、大人数が日本列島から外の陸地に移動するから、当然、日本軍の進軍先に、日本人の持つウイルスも、軍隊内で宿主を次々に替えながら移動することになる。

つまり、江戸時代の疫病をもたらした病原体がSARSウイルスで、それが相当数の日本人の体内に潜伏していた場合、それは日本の植民地支配の拡大に伴って明治以降、台湾、朝鮮半島、満州(現中国東北部)に拡散したと考えられる。

このウイルスは、移動した先で日本人から現地人へ飛沫感染したはずだ。
そこで体質的にこのウイルスに弱い大人は重症化し、一部は死亡しただろう。が、子供たちは感染しても免疫抗体ができただけで、実害はなかったはずだ。これを2〜3世代繰り返せば、このウイルスに弱い者は駆逐され、これら植民地には、日本本土と同様に、このウイルスに強い者しかいなくなる。
現にいま、韓国や中国東北部にはSARS患者はほとんどおらず、少なくとも03年6月現在、北朝鮮にもまだ患者は出ていないとされるから、これらの地域が日本の植民地支配の「恩恵」を受けている可能性は高かろう。

●招かれざる客●
それなら、台湾に多数のSARS患者が出ていることはどう説明するか?……簡単だ。
1949年、大陸で中国共産党が中国国民党(中華民国政府)を倒して中華人民共和国を樹立すると、大陸を追われた国民党の蒋介石政権は台湾を侵略し、そこに党員や支持勢力を引き連れて大挙移住して「中華民国」政府を樹立して、政府の存続を主張した。このため、台湾人口(02年7月現在2255万)の十数パーセント(02年7月現在14%)は、日本から来たウイルスに免疫のない中国大陸出身者とその子孫、外省人となった。

つまり、台湾のSARS患者はほとんど外省人である可能性があり、台湾は韓国と異なり、日本の植民地支配の「恩恵」を受けない「ばちあたり」な外省人に侵略されたためにSARSに冒された、と解釈できるのだ。

以上で、疫学上の日中差別(#1)の理由はいちおうみつかった。
が、これには、香港大学の研究成果(#2)で反論できる。同大学のマリク・ピエリス教授は多くの検査結果から「SARSの抗体は健康なヒトの血液中にはない」と断言している(03年5月18日深夜、19日未明放送のNHK-BS1『BSプライムタイム〜新型肺炎SARSはこうして広がった』)。となると、やはり、いまのところ日本人にSARS患者がいないのは、単なる偶然か。

●香港大学の見落とし?●
実は、ピエリスの説も完璧ではない。なぜなら、彼の研究発表には人種別、民族別の分析がないからだ。常識的に考えて、香港大学で「健康なヒトの血液…」と言えば、中国人の血液に決まっている。SARSウイルスが今回の流行で初めて中国人の体内に循環し始めたことは間違いないが、中国人と人類はイコールではない。とくに、患者のほとんどいない、日本や韓国で血液サンプルを集めてSARS抗体の有無を確認しなければ「いまだかつてヒトに感染したことがない」かどうかはわからないはずだ。

これはWHO(世界保健機関)にも言えることだが、SARS患者の統計を発表するとき、なぜ国籍だけで分類し、人種別や民族別の内訳を発表しないのか?

人種や民族は生物学的に定義できないから、という一見科学的な理由があることは知っている。が、香港からベトナムにSARSを持ち込んだ米国籍ビジネスマンのスーパースプレッダー(極めて大勢の人を感染させる患者)も、香港からカナダに飛行機でSARSを運んだカナダ国籍の女性も、いずれも中国系だ。

03年6月現在、患者、死者の9割以上が中国、香港、台湾、シンガポールといった、いわゆる中国人(華僑)が人口の大半を占める国(地域)に集中している現実と(WHO発表の国別SARS患者数)上記の4か国・地域以外の患者、死者にも中国系が多いという事実を併せて考えれば、SARSは先天的(遺伝)か後天的(環境、習慣)か、どちらの理由かはともかく、中国人特有の病気である可能性を否定できない。

●白人の死因●
たしかに白人の患者、死者はいる。
03年3月29日にバンコクで死んだWHO所属のイタリア人医師、カルロ・ウルバニ(死の直前までベトナムでSARS患者を治療し、世界で最初にこの病気について警告した。読売新聞Web版03年3月31日)と、4月6日に北京で死んだILO(国際労働機関)のベッカ・アロ技能開発局長(フィンランド人)の2例が有名だ。

が、この2人の死亡時点では病原体はまだ特定されていない。WHOがSARSの原因は新種のコロナウイルスの疑いが濃いと発表したのは03年4月8日(朝日新聞Web版03年4月8日)その説が確定したのは4月16日(産経新聞Web版03年4月17日)だ。
ウルバニの死因がSARSとされたのは、症状が似ていたのと、SARS患者に接触していた、という「状況証拠」に基づくにすぎないし、アロに至っては「感染源は不明」(中国衛生省発表。読売新聞Web版03年4月7日)だ。
実は、SARS流行の初期、03年2月18日から4月4日まで、中国衛生省はこの新型肺炎について「クラミジア原因説」をとっていた(朝日新聞Web版03年4月5日国立感染症研究所のSARS情報)。大勢の中国人を殺した病原体(コロナウイルス)と、国際的に有名な2人の白人(を含む、ベトナム人、中国人など何人かの患者)を殺した病原体(クラミジア?)とは、同一でない可能性もある。

●人種特異性●
そして、同一でなければ、コロナウイルスのSARSは、ほとんど「中国人だけが死ぬ病気」になってしまう。

WHOにしろ、香港大学にしろ、このような事実、あるいはその疑いを公表したくない気持ちはわかる。事実なら、世界中で中国人差別が誘発されるからだ。

しかし、感染拡大の責任は中国にある。
とくに03年4月3日に中国の張文康・衛生相が一度、偽りのSARS制圧宣言(産経新聞Web版03年4月3日)をしたあとに北京入りして感染した患者は、明らかに中国政府の被害者だ。

中国(人)に近づくとSARSがうつる、という人種的偏見はすでに世界に広まっている。今後はむしろ、SARSに人種特異性があるか否かを検証するためにも、その検証によって(日本人や白人が死なないとわかれば、中国人との接触をこわがる必要はなくなるのだから)対中交流を正常化するためにも、WHOや各国医療機関は「人種別データ」を公表すべきだと筆者は考える。

●奇跡の抗体●
もちろん香港大学が、中国人以外の血液サンプルも十分に調べたうえで、SARS抗体は健康なヒト(全人類)の体内にはない(今回の流行で初めてヒトにはいった)と断定した可能性はある。

その場合、人種特異性はいちおう「ない」と言える。
これを覆すには「日本人や白人の体内にある、SARS以外の病気の抗体(か、何かの遺伝子変異)が偶然、SARSのコロナウイルスにも作用して重症化を防いでいる」という証拠を発見するしかない。

遺伝学にはまだまだ未知の分野が多く、今後そういう「奇跡」も発見されないとは言えない。
が、いまのところすべての抗体は、単一の病原体に作用し「1対1対応」であると考えられている。

●SARSは生物兵器か●
以上、前々回(Web版では前回)とはやや異なり、SARSは「たとえ自然界に元々あったとしても、人種特異性を持っている可能性がある」ことを述べてきた。

もうおわかりだろう。
現在中国などに蔓延しているSARSウイルスが天然物であろうが、人工的に造られた生物兵器であろうが、現実にほとんど中国人にしか被害をもたらさない「兵器」として機能していることに変わりはないのだ。
だから、今後このSARSをもとに中国を脅かす生物兵器が造られる可能性は高いし、すでに造られているかもしれない。

いずれにせよ、03年のSARS大流行により、生物兵器の脅威に全人類が団結して対峙する、という小松左京のSF『復活の日』が描く、夢のような「団結物語」は過去のものになったのだ。

■SARSに怯える金正日〜シリーズ「SARSの方舟」(3)■
前回 より続く。】

SARS(重症急性呼吸器症候群、新型肺炎)が、02年秋から中国を中心に世界各地に蔓延し、数千名の患者と数百名の死者を出しているが、03年6月現在、日本人の患者はゼロだ。

いまのところ、韓国も患者3、死者ゼロ(世界保健機関WHOの03年6月20日の統計 )で、日本並みに安全な状況にある。また、北朝鮮も患者はゼロだ。

●北朝鮮、SARSを厳戒●
が、北朝鮮は、飢餓による栄養不足と、経済破綻による公衆衛生インフラの貧困(病院施設の老朽化や不衛生化、医薬品の不足)とにより、国民全体が感染症に弱い状態にあり、ひとたびSARSが侵入すれば、国家崩壊につながりかねないほど、大量の患者、死者が出る、という予測もある。
そこで、北朝鮮では「体制の存亡をかけて」厳戒態勢をとっているそうだ。

「テレビでは連日SARS防止情報を流し、中国などSARS発生国からの入国者は10日間の隔離措置」をとり「自国民は国内移動を禁止、中国との国境貿易は事実上、停止」し、さらに「北京と平壌を往復する北朝鮮・高麗航空も5月6日から運航停止」だという(産経新聞03年5月25日付朝刊1面)。

●万景峰号が来ない理由●
北朝鮮経済は、中朝貿易への依存度が高いので、それを停止するのは死活問題だろう。が、幸いに、もう1つの重要な貿易相手国である日本が、いまだにSARS患者のいない「安全国」なので、北朝鮮は日朝貿易に唯一の望みを託している。

日朝貿易の最大の動脈は、大型貨客船「万景峰(マンギョンボン)92」号などの船便だ。が、03年5月20日に、米上院公聴会で、北朝鮮の元技師が「万景峰号などを使ってミサイル開発部品の90%が日本から運ばれてきた」と証言したため(読売新聞Web版03年5月21日)日本国内では「万景峰号入港阻止」の世論が沸騰した。

にもかかわらず、北朝鮮当局は03年6月9日に新潟に入港させる予定だった(産経新聞Web版03年5月24日)。中朝貿易がなくなったいま、日朝貿易までなくなれば、少なくとも北朝鮮指導層の日用品の充足に支障が出るのは確実で「背に腹は替えられない」からだ。

ところが、直前になって、万景峰号は北朝鮮からの出港を取りやめた(産経新聞Web版03年6月8日)。理由は「安全性検査のポートステートコントロール(PSC)を実施すれば(億単位の改修費用が必要だが、北朝鮮の財力では賄えないので、貨物船としてはともかく客船としては事実上)航行停止となるから」と国土交通省筋などは推測する(京都新聞Web版03年6月8日)。

しかし、北朝鮮に詳しい重村智計(としみつ)拓殖大教授は、出港中止の理由は「石油の手配がつかなかったから」であって、日本の世論や検査態勢とは関係ないと断言する。

いままで万景峰号が新潟に入港する度に給油していた、新潟の石油会社が今回「給油しない」と宣言していたのが効いた、と重村は言う。
元々、94年の米朝枠組み合意に違反して北朝鮮が核開発を行っていたことが暴露されたため、02年12月から、米朝合意に基づいて米国が北朝鮮に与えてきた重油の供給が停止されていた。そのうえ、北朝鮮の数少ない友好国の1つ、ロシアも、代金を外貨で前払いしないと石油は売らない主義で、こちらからの輸入も絶望的。さらに、03年4月中旬以降、SARSによる中朝国境貿易の停止で、中国からの石油輸入も難しくなった(03年6月14日放送の読売テレビ『ウェークアップ』)。

いままで、万景峰号は毎回、北朝鮮の港で片道分の石油50KLのみを積んで新潟に入港し、そこで、満タン(200KL)になるまで給油を受けて戻るので、差し引き150KLの石油備蓄を北朝鮮国内にもたらしていた(つまり、万景峰号は「小型タンカー」でもあったのだ)。

北朝鮮の年間の石油消費量は50万KLで、日本の半日分にすぎないが、03年6月現在、米露中いずれからの輸入も困難なので、ほかの事情がどうであろうと、これだけで万景峰号の出港は不可能だ。

【03年5月23日に北朝鮮当局が新潟県に提出した入港予定表では、6〜9月に10回の入港を予定しており、その1回目は6月9日、2回目は6月23日だった(朝日新聞Web版03年5月28日)。が、結局2回とも入港はなかった(毎日新聞Web版03年6月23日)。】

そして、石油の手当てが付きさえすれば、一度の入港で150KLの石油と在日朝鮮人からの上納金数億円(「福岡の元焼肉屋一家4人」などから?事実上脅迫して「上納」させたカネを含む日本円を、何百人もの乗客1人ずつに、外為法規制の上限100万円ギリギリの額だけ持たせる)などのメリットは最低限得られるので、万景峰の新潟入港は強行されただろう(『週刊ポスト』02年12月13日号)。

その場合は(いままではともかく)覚醒剤などの違法取引は自制し、PSC検査に基づく改修は上記の数億円で賄って「万景峰の潔白」を在日朝鮮人と日本の世論に宣伝しただろう……が、石油不足のため、そうした宣伝の機会はなくなった(から、在日朝鮮人の離反、帰化が進むだろう。但し03年6月20日に発覚した福岡の元焼肉屋一家4人惨殺事件から「帰化後の帰化妨害」を連想して帰化を思い留まる者も出るだろう)。

【「福岡の一家4人」は、元焼肉屋を営んでいたが、昨今BSE(狂牛病)騒ぎで客が減ったのを機に廃業し、衣料品販売業に転業していた。従来、某テロ国家の合法的な資金源には、その国の国籍を持つ(あるいは、かつて持っていた)日本のパチンコ屋と並んで焼肉屋が多かったが、BSE流行を機にいったん廃業し、それを口実に某国への献金をやめる者が多かった。
が、焼肉屋を成功させる才覚のある者は、衣料品販売などほかの事業に転業しても成功する。転業を機に、あるいは、自身や親の代で日本に帰化したことを口実に、某国への献金をやめたいと願うのは、人情としては当然だ。が、それを許せば、某国の財政は困窮する。
「帰化後の帰化妨害」については、拙著『ラスコーリニコフの日』の第七章を参照。】

●中国より日本が頼り●
したがってもちろん、万景峰号の出港取りやめは、中国で流行したSARSが日本経由で北朝鮮に感染するのを防ぐためではない。

また、日本の世論が北朝鮮のミサイル開発に厳しくなったから、でもない。その証拠に、万景峰号以外の、比較的小型の貨物船は、6月9日以降、盛んに日本各地の港に入港し、当然のように、貿易を求めている(が、厳しい世論を受けて、海上保安庁や各県港湾当局が厳しい検査を実施するため、思うように入出港できていない。産経新聞Web版03年6月15日)。

以上から、北朝鮮当局がSARS対策に関して、中国を信用せず、日本を信用しているのは間違いない。かたや世界最多の患者、死者を出す危険国、こなた患者ゼロの安全国なのだから、当然と言えば当然だが、「日本の世論より中国のSARSのほうがこわい」という北朝鮮の本音が見えて、興味深い。

●韓国を信用しない不思議●
さて、日本と同様に、韓国もほとんど患者のいない「安全国」だ。
したがって当然、中朝国境貿易の停止で経済の苦しい北朝鮮は、韓国との交流にも活路を見出そうとするはず……だが、なぜか逆のことが行われている。

SARSが韓国から流入するのを防ぐためと称して、北朝鮮は、貴重な外貨収入源である韓国からの金剛山観光ツアーを4月末から停止し、さらに5月には、韓国の野党、自民連の金鍾泌(キム・ジョンピル)総裁の訪朝も断った(産経新聞03年5月25日付朝刊1面)。

数か月間に5000人以上の患者を出した中国と、たった3人しか患者を出していない韓国を同列に扱うのはいかにも不自然だ。

そこで、韓国との交流制限は「すでに北朝鮮にSARS患者が出ており、それの拡散防止、発覚防止のためではないか(患者発生がバレると日朝貿易が日本側から停止され、経済が壊滅状態になるから)」とか「金正日総書記自身が感染を恐れている(から)」という臆説まで飛び交っている(産経新聞03年5月25日付朝刊1面)。

しかし、北朝鮮側が、6月9日ぎりぎりまで日本への出港にこだわった(石油の手配がつけば必ず新潟に来たはずの)万景峰号は、大型貨客船であり、これが大勢の人(とSARSウイルス入りの「飛沫」)を乗せて日朝間を移動すれば、金剛山観光ツアーと同様の感染拡大(すでに北朝鮮国内で患者が出ている場合は、その発覚)の危険がある。

とくに、すでに患者が出ている場合、北朝鮮国内でSARSの飛沫を吸い込んで感染し、潜伏期間中に万景峰号に乗って来日し、そのまましばらく日本に滞在する者(工作員?)がいれば、その者から日本に感染が広まり、それによって北朝鮮へのSARS流入がバレる恐れがある。

にもかかわらず、なぜ韓国(人)だけを危険視し、日本(人)との接触を待望するのか?

●北朝鮮のウイルス研究●
理由は、たとえ3人とはいえ、韓国で患者が出たことを重視したのではないか。

3人、という数は、韓国人が日本人より「遺伝的に」SARSに感染しやすいことを意味しないし、また、韓国の防疫・公衆衛生体制が日本より劣るということでもない。

他方、韓国に多数の工作員を潜入させている北朝鮮諜報機関にとっては、たった3人の氏素性を調べるのは簡単だ。また、核兵器のほか、生物化学兵器の開発も疑われている北朝鮮軍には、優秀なウイルス研究者がいると推定されるから、彼らは独自に収集した情報をもとに(国家の存亡をかけて)SARSを研究し、その韓国における感染経路を突き止め、また日本人が感染しない理由についても(世界で最初に?)一定の仮説を得たのではないか。

香港大学のマリク・ピエリス教授は、主として中国人を検査して「健康なヒト(中国人)の血液には、SARSのコロナウイルスの抗体はない」(から、今回初めて動物界から人間界に侵入したウイルスだ)と断定した(小誌前回記事を参照)。 が、北朝鮮の研究者にとっては、SARSに中国人がかかるかどうかはあまり重要ではない。朝鮮人および在日朝鮮人がかかるかどうかが重要なのだ。

もし、北朝鮮のウイルス研究者が「健康な日本人の血液サンプルからSARS抗体(またはそれと同じように肺炎を防ぐ何物か)を発見した」と金正日に報告したら、たとえそれが妥当性の乏しい仮説でも、誤報でも、北朝鮮にとっては、体制崩壊の危機につながりかねない問題だ。

SARSは子供では重症化しない、というすでに世界に知られた事実に、この仮説(誤報)を付け足すと、前回紹介した「(江戸時代の疫病流行などで)日本人は全員(幼児期に)SARSに感染済みで、すでに免疫抗体を持っているので、感染しても重症化しない」という説が成り立ってしまう。

そしてこの抗体は、日本の植民地統治により朝鮮半島にも普及していることになる。植民地朝鮮では日本国により多数の学校が建てられ、完璧な日本語教育が行われたが、これは、当時、朝鮮人の子供の大半が、日本人教師からSARSに飛沫感染したことを意味する。

もちろん子供は感染しても発病せず、抗体ができるだけだから問題ない。抗体保有者は成人後SARSウイルスに感染しても健康なままそれと共存し、かつ飛沫をとばして周囲の子供を次々に感染させ、抗体を作らせる(但し抗体のない大人に感染した場合は、そこで「風邪をこじらせて死亡」する者も出る)。これは、もし事実なら、日本の植民地支配が朝鮮半島にもたらした「恩恵」と呼んでよかろう。

問題は、朝鮮半島にはごくわずか、この「恩恵」に浴しえない者がいることだ。
たとえば、韓国建国後、初代大統領李承晩(イー・スンマン)のように、日本の植民地時代の「飛沫」を幼少期に浴びずに他の外国(亡命先の米国や中国)から韓国に戻った者(とその子孫)はわずかだが、いる。韓国の3人のSARS患者が(前回紹介した台湾の「外省人患者」と同様に)そういう少数派のなかから出たとすれば、北朝鮮にとって事態は深刻だ。

なぜなら、北朝鮮にも、植民地時代には外国で過ごして、戦後朝鮮半島戻ってきた者(の子孫。戦後台湾に移住した、中国大陸出身の「外省人」のような者)がいるからだ。ほかならぬ、金正日(キム・ジョンイル)がそうなのだ。

北朝鮮の「正史」では、金正日は、抗日パルチザンの英雄だった父、金日成(キム・イルソン)が朝鮮民族の聖地、白頭山にいるとき、そこで生まれたことになっている。
が、実際は、金日成はソ連のスパイ(本名は金成柱)だったため、金正日はソ連領のハバロフスクで生まれたのだ(2003年2月14日放送のNTV『ザ・ワイド』で紹介された露テレビ局の97年のドキュメンタリー番組、レオニド・ムレーチンの『赤い皇太子、玉座の後継者』)。

もし北朝鮮の諜報機関が韓国の3人のSARS患者の素性をつかみ、彼らが「外省人」であると判明していたら、SARSは「幼児期に日本人の飛沫を浴びた人には感染しない」という仮説はかなり正しくなり、同時に、植民地時代に朝鮮にいなかった金正日はもっとも感染、発病しやすいことになる。

そして、感染したら(たぶん発病するので)たとえ死ななくても、彼の政治生命は終わりだ。
なぜなら、彼が、朝鮮半島の外(ソ連領)で子供時代を過ごしたことが疑われ「聖地白頭山で生まれた」という神話に傷が付くからだ。

●SARS恐怖症●
日米韓はじめ世界各国に、北朝鮮の違法な核開発を非難する世論が高まっている。そんな中で、もっとも北朝鮮に融和的な国は、北朝鮮の暴発で国土を侵略され「一夜にして」経済的繁栄を失うことを恐れる韓国だ。
03年5〜6月に行われた、対北朝鮮包囲網を形成するための米韓、日米、日韓の首脳会談を通じて明らかになったことは、日米韓のうちもっとも北朝鮮に融和的なのは韓国だという現実だ。韓国は、いまだに自国民の拉致問題を北朝鮮に抗議せず、「太陽政策」という名の、テロ国家支援策(野放図な援助のたれ流し)を続けている。

その韓国の有力政治家、金鍾泌が北朝鮮を訪問してくれる、というのは、北朝鮮にとって国益にかなうことだった。彼が個人で訪朝したところで集団感染の恐れはないし、彼に病院や地方都市への視察をさせなければ、北朝鮮にすでにSARS患者がいたとしてもバレる心配はない。

にもかかわらず、金鍾泌の訪朝を断る、という北朝鮮の異様な対応を、もっとも合理的に説明できる理由は、「金正日が『日本統治下で育った朝鮮人とその子孫(だけ)はSARS抗体を持つ』と(筆者の仮説を)信じて、自身への感染を恐れているから」ではあるまいか。

もちろん筆者の仮説がはずれている可能性はある。
が、独裁国家の場合は、独裁者が「バカな思い込み」をしても、だれもそれを止めることができない。金正日がSARSではなく「SARS恐怖症」という別の病気にかかって、理由もなく韓国要人の訪問を拒絶したとすれば、それはまさに滑稽であり、金正日体制の崩壊が遠くないことを思わせる。

■真冬に再燃〜シリーズ「SARSの方舟」(4)■
前回より続く。】

SARS(重症急性呼吸器症候群、新型肺炎)が、02年秋から中国を中心に世界各地に蔓延し、数千名の患者と数百名の死者を出したが、03年6月、ほぼ沈静化した(朝日新聞Web版03年6月24日 「SARS感染地域から北京除外、渡航自粛勧告も WHO」)。

最後まで不名誉な「SARS大国」として多数の患者を出し続けていた中国では、中国共産党創立82周年の7月1日、「SARSとの闘争に勝利した」と胡錦濤総書記(国家主席)が自らのSARS対策の成果を訴え、胸を張った(産経新聞Web版03年7月2日)。

が、そう喜んでいいのだろうか。
実は、中国政府の対策のよしあしにかかわらず、夏になればSARSは自動的に沈静化するという予測は、以前からあった。

理由は、SARSウイルスなどのコロナウイルスは、インフルエンザウイルスと同様に、気温が低く空気の乾燥した冬に活動が盛んになり、逆に夏になると力を失うことにある(毎日新聞Web版03年6月23日「新型肺炎SARS 近い終息・遠い安息」 )。

つまり、中国政府の対策は相変わらずいい加減だが、気温や湿度が上がったので「一時的に」SARSウイルスが退治されたように見えるだけ、という可能性も大いにある。

生物資源利用研究所(沖縄県名護市)の根路銘(ねろめ)国昭所長は、夏場に力の弱くなったインフルエンザウイルスが軽い感染を繰り返しつつ広がって大勢の体内で潜伏し、冬になると突如本領を発揮して大勢の患者を苦しめることを例にあげ、SARSも現在(03年6月)むしろ広がりつつあるのではないか、と今冬の「再燃」を警告する(毎日前掲記事)。

とくに中国の農村は要注意だ。
中国の農村は貧しく、医療保険制度がないため、農村住民にはそもそも病院に行く習慣がない。したがって今回は、医療機関や政府がまったく把握しないまま感染が拡大したものの、たまたま夏になってウイルスが弱ったため、重症患者を出さずに「02-03年シーズン」の流行を終えた、と考えたほうが自然だ。

「農村派」の新中国建国の父、毛沢東が亡くなったあとに最高指導者の座に「都市派」のケ小平が就き、「先に豊かになれる地域から豊かになればいい」という、都市部、沿岸部中心の改革開放経済路線をとったのは80年代。それ以降、都市戸籍を持って都市部にすむ4億人の中国人はどんどん豊かになった反面、農村戸籍を持つ、残りの9億人は、常に差別され蔑視され、貧しいまま留めおかれた。こんな「農村切り捨て政策」を国是として推進してきた中国共産党・政府が、急に農村に手厚い公衆衛生・医療政策をとる、などということは常識的に見てありえない。

02-03年の流行で農村の9億人に感染が拡大しなかったのは、ただの幸運であり、根路銘が指摘するような「見えない感染拡大」はいままさに中国の農村で起きていると見るべきではないか。

●「ニセSARS」の恐れ●
その場合、事態はもっと深刻だ。
長崎大学熱帯医学研究所の永武毅教授は、SARSとインフルエンザは初期症状が似ていることから、同時に流行したら怖い、と危惧する。病院は両者を判別できず、院内感染が広がる恐れがあるというのだ(毎日前掲記事)。

しかも、香港では毎冬、インフルエンザが流行して多数の肺炎患者が出ている。世界保健機関(WHO)でインフルエンザ対策のリーダーを務めるクラウス・ステューワによれば「インフルエンザが流行する前にSARSによる肺炎を見分ける方法を確立する必要がある」が、「SARSウイルスに感染しても初めは体外に出るウイルス量が少なく、確実に診断する検査法はまだない」(朝日新聞Web版03年6月18日)。

となると、もしこのまま検査法が確立せず、たとえば03年12月、香港やその近くの中国本土(広東省)で肺炎患者が出たら、そしてその患者が死亡したら、マスコミはどう報道するだろうか。

03年7月から10月までは、中国政府の努力と無関係に、夏の「むし暑さ」のゆえにSARS患者は出ないから、その間、中国や香港がWHOから渡航自粛勧告や流行地域の指定を受けることはない。そのスキに、中国や香港の企業は、観光客や商談の誘致に努める。

もちろん世界各国の旅行者は、今回の中国政府の拙劣なSARS対策(とくに、03年4月半ばまでの「情報隠し」)には根強い不信感を抱いているから、そう簡単には客足は戻らないだろう。が、それでも、延期されていた04年五輪のサッカーや野球のアジア地区予選が開催されるなど、中国の「安全」を印象付けるイベントが続けば、冬場の香港や中国のホテルの宿泊予約はそれなりにはいるだろう。03年は前半にSARS禍で客足が遠のいた分、巨額の損失を出しているので、この「それなりの宿泊予約」は、香港や中国の観光産業にとっては相当に貴重な「命綱」だ。

さて、そこへ冬がやって来る。
もし03年11月か12月、香港か広東で多数の肺炎患者が出て、うち1名が死亡したら、どうなるか。

●認めなかった場合●
この仮定条件下では、まだ有効なSARS検査法は確立していないので、中国政府はSARSと断定できない。

常識的には、この時点で中国政府の発表する「03-04年シーズン」のSARS患者数はゼロだ。
しかし、中国政府は03年4月半ばまで、02-03年シーズンのSARS患者数を、政治的メンツや経済的利益を守るためにごまかしていた「前科」がある。

中国衛生省の、03年4月3日の「偽りの安全宣言」で被害を受けた経験のある、香港市民や中国国民は、「香港・広東の肺炎患者はSARSではない」という発表を素直に聞くことはできまい。「どうせまた、経済的利益のためにウソを言ってるんだ」と疑い、かえってインターネットや口コミで「SARS再流行説」が広まり、パニックが起きる懸念がある。

もちろん、死者が1名で留まれば、噂は沈静化するし、逆に大勢増えていけば、衛生省もSARS再来の可能性を認めるだろう。

しかし「インフルエンザ・肺炎患者数は多いのに、死者はほどほど」というケースでは、だれもが対応に苦慮するだろう。多数の患者を全員SARSと疑って隔離施設に収容すれば、騒ぎは大きくなるしコストもかさむ。かといって、彼らを隔離しないと、彼らが真のSARS患者だった場合には、取り返しのつかない大流行への引き金を引いてしまうことになる。

中国(の都市部、沿岸部)は先進国に向かって発展しつつあるように見えるが、国全体として見れば依然として、その経済的貧しさや言論の自由の欠如などの大問題を抱えている。そうした中国の「弱点」が、この「患者数は多いのに死者はほどほど」のケースでは一気に露呈することになる。

皮肉なことに、02-03年シーズンの教訓で、いまの中国には「予防には、うがい、手洗い」などの教訓や情報がある程度普及しているがゆえに「死者はほどほど」に留まる可能性が高い。

そして、中国では、02-03年の例でもわかるように、省や市などの地方政府ごとに対策がまちまちになる可能性が高い。すべての地方政府がすべての肺炎患者をSARS患者とみなして(高コストをかけて)隔離することは考えられないので、結局、どこかの省か市では必ず、真のSARS患者が「野放し」になり、またしても(02-03年ほどでないにしろ)感染が拡大することになる。

●認めた場合●
かといって、証拠もないのに「SARSかもしれない」などと言うわけにはいかない。言えば、また香港・中国の観光産業にはキャンセルの嵐が吹き荒れ、たちまち政府高官の責任問題が発生する。

問題の核心は、中国政府が、SARS再流行の可能性を認めるか否かではなく、その対策(患者の隔離)をするかどうかにある。「かもしれない」と言えば、上記の「認めなかった場合」と違って、すべての地方政府には対策をとる義務が生じるから、一見すると、感染拡大の防止には役立つように思える。

が、貧しい地方政府の場合、対策をとりたいと思っても、予算も医療インフラも十分にない場合には対策がとれるとは限らない。しかも、そういうケースが多いのだ。
上記の如く、農村の場合、対策など期待できず、極端な話、農村の地方政府は「次の夏が来るまで待つ」以外に対策はないと見るべきだ。

そして、9億の「農村中国人」に満足な医療政策を施すだけの財力がいまの中国にない以上、地方政府も中央政府も、SARSと疑わしい肺炎患者はすべて「インフルエンザ肺炎患者」とみなして、当面の観光ツアーや商談のキャンセルを防いだほうがトクだ、という結論になるはずである。

●年中行事●
このまま、有効なSARSウイルスの検査法が開発されなければ、SARS禍は今後も続く。
たとえ検査法が開発されても、中国の農村が現在のように貧しく農民が病院に行けないなら、結局その検査技術は使われないので、SARS禍は拡大する。
SARS自体が流行しなくても、インフルエンザがはやっただけでも、騒動は起き「SARS禍」は続くのだから。

そして中国は、80年代以降、人口の過剰な膨張を抑える目的で「1人っ子政策」をとったため、まもなく高齢化社会に突入し「日本は豊かになってから高齢化したが、中国は豊かになる前に高齢化する」ので(米国防総省報告書『アジア2025』)近々、経済の高度成長は終わり(「もうとっくに終わっているが、中国政府が経済統計をごまかして成長を装っている」という説もある)。近い将来(早ければあと数年で)中国は低成長時代に突入し、もう永遠に先進国並みの豊かな国にはなりえない運命にあることが、現時点で確定している。

したがって中国の、少なくとも農村の貧しさが永遠に続くことは間違いないので、SARS禍(インフルエンザによる「ニセSARS禍」を含む)もまた永遠に続くと見てよかろう。

【「不幸にして」03年7月(5日)までには、カナダのトロントや台湾など、世界のすべてのSARS流行地域の指定をWHOは解除する見通しだ。これは、有効な検査法が開発されていない場合は、中国のような「SARS圏」よりも、むしろ日本のような「SARS圏」の国に深刻な問題を引き起こす。SARS圏で(インフルエンザの?)肺炎が流行した場合、そこから日本に入国しようとする者を出入国管理局が拒否するのが難しいからだ。02-03年シーズンは「SARS流行地域」という目安に基づいて、そこから入国しようとする者に検査や隔離や入国拒否などの対策をとればよかったが、03-04年シーズンからは、どこから入国して来る者に対策を取ればよいかすらわからないので、警戒対象は「全人類」に拡大し、対応しきれなくなる。結局、空港などで疑わしい患者をみつけて入国を阻止する「水際作戦」は事実上不可能になろう。】

●事実上の経済制裁兵器●
中国は、4億人の「都市中国人」が9億人の農村中国人という「異民族」を搾取する、アパルトヘイト(人種隔離)社会である。農村中国人は、都市への移住を厳しく制限されており、政府の許可を得ずに都市で働くと、まるで外国人のよう「不法就労」で罰せられ、また罰せられなくても「外来人」と呼ばれ、野蛮な異民族のように都市中国人から蔑視され、しばしば低賃金や劣悪な労働条件を押し付けられる。

日本でも韓国でも東南アジアでも、経済が発展すれば、労働者の賃金水準は半ば自動的に上がり、自国産品の「安い労働力」を武器にした価格競争力は自ずと減退する。ところが、中国の賃金水準は永遠に上がらない。安い労働力は農村にいくらでもいるから、彼らを期間限定で都市に連れて来ればよい。もし、彼らが都市で賃上げや待遇改善を要求したら、さっさと農村に追い返して別の労働者を連れてくればよい。

韓国や東南アジアもかつては「日本より安い労働力」を武器に日本など先進国からの工場移転を獲得して潤ったが、中国が開放経済路線をとって以降は、次第に工場は中国へ移転していった。

そして、そこで行き止まりだ。
中国は「アパルトヘイト」を悪用して、賃金水運を不正に低く据え置いているため、「安い労働力」を求めて工場が中国から国外に移転することは、もうない。

かくして、中国は「世界の工場」となり、世界全体がデフレ不況で苦しむ中、世界中の海外投資を集め、世界中に安い工業製品を輸出して貿易黒字を稼ぎ、また、輸出先の(賃金の高い)労働者を失業に追い込んでいる。「世界にデフレを輸出している」と言っても過言ではない(黒田東彦元財務官・現内閣官房参与の、英経済紙上での発言。塩川財務相もスノー米財務長官もほぼ同様の見解だ。産経新聞03年7月1日付朝刊1面「人民元上げ 米が圧力」)。

「被害者」は先進国だけではない。東南アジアのような途上国の労働者にとっても、中国はデフレの元凶になっている。

一方、02-03年のSARS禍を機に、中国に進出した日本など先進国の企業は、工場を再び東南アジアなど中国の外に戻すことを検討し始めた。もし、03-04年シーズンにもSARSが流行すれば、この傾向は益々強まろう。

そうなると、東南アジアにとっては、中国の農村でSARS禍が続いたほうがよい、ということになる。

それも、政府や軍や大資本の、ひとにぎりの悪者たちがそう願う、というのではない。東南アジアの一般庶民が……ジョン・レノンの『イマジン』を聴いて「平和はいい」などと思っている連中が……まさに家族団欒の幸せな生活を願うがゆえに「もう少し中国でSARSがはやってくれたほうがトクだ」と考えるのである。

韓国も、フィリピン、タイ、インドネシアなど多くの東南アジア諸国も、中国とは違って、経済成長に伴って情報の自由化と政治の民主化を実現し、民主的な選挙による、平和的な政権交代を経験した。民主主義とは、国民が国家に「幸せにしてくれ」と要求し、国家がそれに応えるシステムのことだ。

そして、中国でSARSがはやったほうが、東南アジアの「民主的な」諸国の国民にとって幸せなら、国家はその状態の継続を願うのが「民主的」ということになる。つまり、民主化が進めば進むほど、国家が生物兵器を使う動機は強まるのだ。

【16〜19世紀、欧州大陸の人口急増期、欧州で土地を所有して農業などで安定した生活を営むことから締め出された貧しい白人の庶民は、大挙して新大陸(南米、北米)に移住したが、そのとき彼ら欧州人は新大陸に天然痘などの感染症ウイルスを持ち込んだ。ジェンナーが種痘を発明する以前から、欧州人は「一度天然痘に感染して死ななかった者はもう感染しない」ということを経験的に知っており、新大陸での先住民(インディアン)集落との交渉役には、そういう(免疫のある)者が選ばれた。このため、免疫のない先住民たちは次々に感染して死亡し、人口は激減し、白人移民は死んだ先住民の土地を奪って安定した生活を築くことができた……庶民の幸せのために、民主的に生物兵器が使用された最初の例である。拙著『ゲノムの方舟・文庫版(上)(下)』を参照。】

中国が「世界にデフレを輸出する」ことで被害を受けている国が世界中にあり、かつ、中国の農村がSARS禍に極めて弱いことが明らかなので、たとえ天然のSARSが制圧されたあとでも、中国で生物兵器としてのSARSウイルスを再びばら撒いて流行させたいという動機は、潜在的には、世界中の国(の一般庶民)が持っていることになる。

また、SARSを生物兵器としてばら撒かなくても、中国の農村の貧しさゆえに、今後もSARS禍が続くなら、それは、不正に貿易黒字を稼ぎ続ける中国への「事実上の経済制裁」となるのである。

■米国の民族浄化〜シリーズ「SARSの方舟」(5)■
前回より続く。】

前回、人類史上最初の生物兵器の実戦使用例を挙げた。
16〜19世紀、欧州の白人が大挙して新大陸(南米、北米)に移住した際、天然痘などの感染症ウイルスを持ち込み、意図的に先住民(インディアン)に集団感染させ、大量殺戮を繰り返した事例だ。

1796年にジェンナーが種痘を発明する前から、欧州人の多くは自分たちに天然痘の免疫があることを経験的に知っており、新大陸に上陸した免疫保有者たちは、先住民の集落に行ってプレゼント(白人の天然痘患者のベッドから持ち出した毛布)を贈るなど、悪辣なだまし討ちを数世紀にわたって繰り返した。

この「生物学的ホロコースト(大虐殺)」ないし「民族浄化」とも呼ぶべき計画により、新大陸の先住民人口は激減した。とくに北米での減少は著しく、先住民は現在、カナダでは総人口の2%、米国でも1.5%にすぎない少数派に転落している(人口統計は米CIAのThe World Fact Book 2002による。以下同)。

少数派に転落し、自分たちの本来の支配地を白人移民に奪われた先住民は、白人中心の近代北米社会では、差別され、なかなか国の指導的地位に就くことができない。

これには、当然反発がある。
が、あまりに数が少ないため、彼ら先住民の反発は、有効な社会運動に結実することはない。

彼ら先住民の「無力」ぶりは、黒人と比較するとよくわかる。米国の人口の12.9%を占める黒人は、60年代の、マーティン・ルーサー・キング牧師に代表される、偉大な公民権運動家の指導のもと、徐々にではあるが人権を獲得し、ついには、現在の米ブッシュ政権の閣僚ら(パウエル国務長官、ライス大統領補佐官)を見てわかるとおり、政府の要職を占めるまでになった。

他方、黒人に比べて、数の上で圧倒的な少数派である先住民たちは「本来の米国民」であるにもかかわらず、そんな力は持っていない。

ユダヤ人が国務長官になり(ヘンリー・キッシンジャー、73年)、日系人が商務長官(ノーマン・ミネタ、00年。01年からは運輸長官)、中国系が労働長官(イレーン・チャオ、01年)になっても、先住民の閣僚など望むべくもない(ユダヤ系は米国人口の2%、日系、中国系などアジア系は4.2%で、米国人口に占める比重は、先住民ほどでないにせよ、かなり小さい。が、彼らは総じて、学歴や所得では黒人、先住民はもちろん、平均的白人をもはるかに上回る)。

しかし、同じ少数民族でも、やはり先住民の「少なさ」と「弱さ」は桁が違う。
元々「白人より少ない数だけ移住させる」という白人たちの「計画の範囲内」ではいってきた黒人やアジア人と違い、白人が新大陸をまるごと奪う目的で「ウイルスで皆殺し」にしようとした先住民の人口は、彼らが「自分たちは(ナチスに大虐殺されたユダヤ人と同様に)ホロコーストの被害者だ!」と訴え出ても、米国内世論でなんの支持も得られないほど、少ない。

●事後共犯●
よく考えてみると、米国の白人も黒人もアジア人も、本来の先住民の土地を奪って暮らしている、という意味では「同罪」である。白人が先住民の多大な犠牲の上に豊かな国を築き、その豊かさの分け前を求めて黒人やアジア人が「われわれにも人権を!」と運動し、獲得し、米国社会の「正会員」となることは、結果的に、16〜19世紀に天然痘を新大陸でばらまいて大虐殺を働いた白人移民(侵略者)と「事後共犯」したことになる。

つまり、ある意味でキング牧師も同罪なのだ。
60年代の米国で、キング牧師が、白人に差別された黒人の人権獲得をめざして立ち上がったのは、もちろん正しい。

が、彼は、そもそもアメリカ合衆国が人種差別と侵略に基づいて建国されたことにまでは思い至らなかった。「そもそも」を知れば、すべての米国民は先住民に土地を返して欧州に退却すべし、という結論になるはずだ。そうして米国がなくなれば、米国の黒人差別問題も自動的に存在しなくなるのだから、真に正義を貫き、白人の罪を問いたいなら、そうすべきだった。

とはいえ、先住民の数はあまりに少なかったし、ユダヤ人のような財力も人脈もなかった。「あんな連中の支持を得ても、なんの役にも立たない」と気付いたのだろう。キングは先住民の「被侵略」の歴史をほとんど無視し、「多数派」の白人らの支持を得ることに専念した。
キングは「私には夢がある」の名文句で知られる1963年8月28日のワシントンDCでの演説でこう述べている:

「私たちが自由を鳴り響かせば、すべての村、すべての集落から、すべての州、すべての町から、自由の鐘を鳴らせば、すべての神の民が、黒人も白人も、ユダヤ人も、非ユダヤ人も、プロテスタントもカトリックも、すべての人々が手に手を取ってあの古い黒人霊歌を共に歌える日がより早くやって来るのだ」

米国内の白人、ユダヤ人の支持、それに、世界の白人諸国や、ユダヤ系が支配する欧米マスコミ界や、中東でユダヤ人(イスラエル)と対立するイスラム諸国(非ユダヤ人)の「国際世論」の支持を取り付けることをねらった、したたかな演説だ。

米国内に600万いるユダヤ人は、ユダヤ人が祖先の土地であるイスラエルに、自分たちの国を建国することに賛成し、そのために、イスラエル建国以前にそこに住んでいた「非ユダヤ人」(アラブ人イスラム教徒のパレスチナ人)の人権がある程度制限されることは仕方ない、と思っている。

他方、世界中のイスラム教徒の多くは、千数百年もイスラム教徒が住んでいた土地パレスチナ(イスラエル)は、パレスチナ人イスラム教徒の「祖先の土地」なので、彼らがこれを奪回して自分たちの国を建国するのは当然と思っている。

上記のキングの演説は、この、敵対する双方に配慮したものだ。

●合法的な「不法占拠」●
が、キングは米国の先住民を無視した。
「ユダヤ人やイスラム教徒には『祖先の土地』を奪回する権利があるのだから、先住民にも同じ権利がある」とはキングは言わなかった。白人と黒人の和解をうたい上げるキングの演説は、多くの良識ある白人の支持を得、世界的な尊敬を集めたが、その結果、白人が先住民の土地を奪って建国した「侵略の歴史」は肯定された。その歴史は既成事実として容認すべきことが、白人侵略者の子孫ではなく、黒人という「第三者」によって、みごとに保証されたのだ。

この意味でキングは、天然痘ウイルスつき毛布を先住民の集落に贈った白人侵略者と「事後共犯」したことになる。これ以後、もし「白人は祖先の土地から出て行け!」と主張する先住民が現われても、その主張は白人との共存をうたい上げた偉大なキング牧師の主張に反対する「愚か者」のたわごととして、世界中から軽蔑されそうな雲行きになったのだから。

土地をだまし取るのに、これと似た方法がある。
甲乙2人の知能犯が共謀し、対立を装いつつ、他人の土地を「合法的に」横領するのだ。
たとえば甲が、ある人の土地を勝手に自分のものとして登記する。その土地に勝手に乙が建物を立て、所有権を主張する。甲は、自分の所有権の確認と、乙の建物の撤去とを求める裁判を起こす。乙の違法性があまりに明白なので、裁判は甲の勝訴となり、甲の土地所有権の「合法性」が判決により確定する……。
人里離れた山林や原野、あるいは使われなくなった農地などを詐取するのに、しばしば用いられる、と十数年前に某有名作家の推理小説で読んだことがある。

たぶん、キングには悪意はなかっただろう。ただ、自分の差別反対運動を成功させる上で、先住民の支持がなんの役にも立たないことが明白だったので「数の論理」で無視したにすぎず、他意はあるまい。

が、キングのこの態度は、民族間、人種間の道義の追求では「数」がものを言うことを如実に示している。黒人と違って先住民の場合は、差別の被害を訴えることが可能な「生存者」の数とその財力があまりに小さいため、差別を悪として告発する者もほとんどいない、というのが現実なのだ。

●悪に徹すれば善になる●
もしも、16〜19世紀の「天然痘攻撃キャンペーン」の途中で、北米の白人移民たちが正義にめざめ、先住民への「民族浄化」をやめたら、どうなったか?
現在の米国には、総人口の1割にも2割にも達する、先住民が暮らすことになっただろう。彼らは、自分たちの祖先の土地を白人が侵略したことに怒り、白人に対して「侵略の歴史について、謝罪と反省と賠償を迫る」ことになっただろう。それは、第二次大戦後50年経ってなお、韓国や中国などが日本に「日本のアジア侵略の歴史について、謝罪と反省(と賠償)を求め続けている」ことから、容易に推測できよう。

その場合、白人たちは、そう簡単には、自分たちの「侵略の歴史」について、謝罪するわけにはいかない。下手に謝罪すれば、白人移民が北米に入植したこと自体を悪と認めたことになり、アメリカ合衆国が存在すること自体が犯罪になってしまう。

結局、謝罪もせず、反省もせず、国民の何割もを占める先住民の世論を弾圧することになるだろう。現に、先住民人口の多い中南米諸国では、冷戦時代、先住民を含む多数の自国民の人権を抑圧する「軍事独裁政権」が多かったのだから。

【現実の米国政府は20世紀に、先住民に対して、それなりに謝罪し和解している。が、それは、謝罪すべき「被害者」の数が極めて少なく、謝罪しても国の支配権を失うような「実害」がないから、そして、謝罪の相手が(日韓間のケースと違って)「自国民」なので、国家統合のために和解が必要、というナショナリズム上の理由からだ。ハリウッド映画『ウインドトーカーズ』を見ると、米国が対外戦争を戦うナショナリズムに先住民まで動員したがっていることがよくわかる。】

もし米国の白人が、16〜19世紀に中途半端な善意を先住民に示していたら、いまごろ米国は「人権抑圧国家」の仲間入りをしていたに相違ない。

米国の白人たちは、実に(ずる)賢い選択をした。将来、自分たちの「侵略の歴史」を非難しそうな先住民を生かしておくとまずいので、徹底的に天然痘などの感染症(生物兵器)を使って殺し尽くし、そのうえで白人ら先住民のあいだだけで自由で平等な、人権の保障された民主主義国家を創ることにしたのだ。

将来自分たちを「悪」と呼びそうな被害者(の民族)を皆殺しにしておけば、絶対的な正義の立場に立つことができ、あまつさえ、他の「不正義な」者たち(中南米の人権抑圧国家)を偉そうに非難し、道義的に優位に立つこともできる。この偉大な「真理」を、米国の白人たちは4世紀かけた侵略の歴史の中で発見したのだ。

■中国の民族浄化〜シリーズ「SARSの方舟」(6)■
前回より続く。】

前回、米国の白人たちが、悪に徹して、北米先住民をほぼ皆殺しにしたため、彼らから「侵略の歴史を反省せよ」と非難されることがほとんどなくなった、という事実……つまり、悪に徹すれば善になる、という、人類史上の既成事実を紹介した。

●悪に徹しないと悪になる●
これに比べて、日本の「侵略の歴史」に対する国際世論ははるかに厳しい。とくに韓国は「日本の侵略と植民地統治の被害者」と自称し国内外で日本批判を繰り返すし、しばしば同じ「被害者」である中国と、日本批判で「共闘」する。中国は20世紀に日本に侵略され、第二次大戦中には南京などで「ホロコースト」(大虐殺)をされた被害者なのだそうだ(在米中国人は本国の支持を得て、ワシントンDCに南京大虐殺の「ホロコースト記念館」を建てる運動を展開中。詳しくは産経新聞03年7月6日付朝刊5面「在米中国パワーの歴史観」を参照)。

韓国によれば、日本は朝鮮半島を侵略し、民族の言語を奪って日本語を押し付け、民族の歴史を奪い、「創氏改名」政策で名前まで奪った極悪非道の国でありながら、いつも真心からは謝罪せず「小泉首相の靖国神社参拝に見られるように、反省が足りない」のだそうだ。

また、中国から見ても、日本はナチスのユダヤ人へのホロコーストに匹敵する大罪を犯しながら十分に反省しない国なので、善良な米国市民とともに永遠にこれを糾弾し続けるために、米国の首都に記念館を建てるべき、となるようだ。

ちょっと待て。
日本の「侵略の歴史」を糾弾する資格のある善良な米国市民など、いるのか? 前回述べたようにマーティン・ルーサー・キング牧師も、また他の「善人」……たとえば、米国民から稼いだ印税収入で、ニューヨークでリッチに暮らしていたジョン・レノンも、天然痘で先住民を殺戮した白人移民が創った豊かな国、米国から利益を得ており、「事後共犯」であるから、日本を糾弾する資格はない。

そもそも日本が韓国から糾弾されるのは、日本が邪悪だったからではない。日本の「帝国主義者」が米国の白人移民に比べてあまりに善良で、朝鮮半島先住民をほとんど殺さなかったから、いま糾弾されているのだ。

だいたい、日本が朝鮮の言語、歴史、名前を奪った、などというのはお笑いぐさだ。
日本の統治の結果、祖先の系図を失った先住民は、1人もいないではないか。もし言語も歴史も名前も「奪われた」のなら、日本統治終了後、彼らが元の名前に戻ることなどできなかったはずだが、現実には皆すんなり戻っている。いったい、なんの実害があったというのだ。

黒人の歴史を見よ。かつて黒人イスラム教徒の指導者、マルコムXが嘆いたように、米国の黒人の姓はみな黒人を奴隷として所有していた白人の姓だ。マルコムは、祖先のほんとうの名前を名乗りたかったが、米国に移住した他の黒人と同様に、その米国以前の歴史も名前も言語もほぼ完全に破壊し尽くされており、調べるすべがなかったので、仕方なく自分の姓を「X」としマルコムXと名乗ったのだ。筆者が98年12月に訪米した際、ワシントンのスミソニアン自然史博物館1階の「アジア・アフリカ文明」コーナーには、アジア人やハワイ人の「文明」の展示はあっても、アフリカ人のそれは(ガイドブックには載っていたが)実際には1つもなかった(筆者の訪れた日は博物館の入場者は白人とアジア人ばかりで、黒人はゼロだった)。

【エジプトのスフィンクス像は元々黒人の顔をしていたが、ナポレオンは像の鼻を破壊した。黒人の王がいたことを隠し、白人が「文明を持たない黒人」を奴隷として使役して「文明を教えてやった」歴史を正当化するためだ。】

このため、米国の黒人のなかには「黒人は、ある時代までは全員奴隷だった」「アフリカの黒人には文明も王朝もなかった」などと思い込んでいる者が少なくない……「歴史を奪う」とは、こういうことを言うのだ。

【ちなみに、植民地朝鮮の人々が戦前の日本に移住したのは「みんなむりやり強制連行されたから」というのもウソで、戦後の韓国人が対日劣等感を処理するためにでっち上げた「神話」だ。彼らの多くは(米国の黒人奴隷と異なり)自分の意志で移住したのだ。詳しくは大好評の小誌記事「在米イスラム人口の急増」を参照。】

日本の統治に文句を言う韓国(朝鮮)人に言いたい、「甘ったれるな!」と。 なんで、日本統治下で日本風の別名を持つことが「名前を奪われる」ことになるのだ? それなら、香港人や台湾人がジャッキー・チェンだのヴィヴィアン・スーだのと別名を名乗っていることはどう説明するのだ。彼らは「名前を奪われて喜ぶマゾヒスト」か?……とんでもない。彼らはただ、中国語の名前の発音が難しいので、外国の人に呼びやすい名前で呼んでもらうために、海外で活躍し民族の名声を世界に轟かすために別名を名乗っている、誇り高き人々だ。別名を名乗ったぐらいで「民族の歴史が奪われる」などと情けないことを言う民族は、さっさと滅びてしまえばいいのだ。

しかし、滅びなかった。理由は明らかだ。戦前の日本人が、16〜19世紀の米国白人よりはるかに善良で、朝鮮半島でホロコーストをせず、共存の道を選んだからだ。

【台湾の陳水扁政権の初代外交部長(外相)だった人物の本名はいまだに「田弘茂」という。彼に代表されるように、日本統治下で生まれた台湾住民の多くは、当時アジア最強だった宗主国への強い憧れから、誇りを持って日本風の名を名乗った。英国統治下の香港での、英国風別名の使用も同様の理由だ。植民地住民が宗主国に憧れるのは当たり前であって、べつに恥ではない。「日本に憧れた過去」をなかったことにしようとする韓国の態度は、世界に類例がないほど異常であり、日本人はそれに同調する必要はない(し、韓国人のほうも100%同調してもらえると、本心から期待しているとは限らない)。】

●単独犯●
米国白人と日本人の最大の違いはもちろん、民族(人種)の抹殺(浄化)という悪意の有無だ。が、米国が、フランスのナポレオンや、インカ帝国を天然痘で滅ぼしたスペイン人などを含む、世界中の白人キリスト教徒と共謀して、極めて組織的に黒人と新大陸先住民の歴史や土地を奪ったのに対し、日本はどの外国とも共謀せずに、単独で朝鮮半島や中国を侵略した、という違いも重要だ(但し1910年の朝鮮半島の植民地化、すなわち日韓併合は当時の欧米列強すべてに容認されていた)。

しかも日本は、米国と違って悪に徹しなかった。民族皆殺しや不可逆的な歴史破壊の代わりに、朝鮮半島では「内鮮一体」のため教育を普及させて「生意気な口がきけるように」先住民を育ててしまうなど、中途半端に善良なことをした。

この結果、第二次大戦後半世紀以上経ってもなお、謝罪や(個人補償の名目で)賠償を求められるありさまだ。米国は第一次、第二次大戦ではともに戦勝国なので、戦争責任を問われたりその歴史を裁かれたりすることはなかった。が、日本は第二次大戦の敗者なので、勝者である米国などには逆らえず、その歴史を「東京裁判」などの形で裁かれた。この「勝者の裁き」に、日本と一度も戦ったことのない韓国が生意気にも、米国の「尻馬に乗る」形で便乗し、日本への「ゆすりたかり」や「(敗者への)弱い者いじめ」を繰り返す、という構図になっている。

●か弱い加害者 vs. 冷酷な被害者●
戦前・戦中の韓国の亡命政権は、フランスのドゴール亡命政権と違って、あまりにも非力で国際政治上なんの価値もなかったので、韓国はフランスと異なり、第二次大戦の「戦勝国」の列には加われなかった。世界の歴史家の評価でも、韓国の独立運動は、偉大なガンジーに率いられたインドや、蒋介石、毛沢東に率いられた中国のそれに比べてはるかに劣る「アマチュアレベル」のものであり、存在したうちにはいらない。

こうした、自らの独立運動のだらしなさへの苛立ちや劣等感(ほとんど独立運動をしなかったことへのうしろめたさ)が韓国の反日シュプレヒコールの背景にある。じっさい、大韓民国建国当初の政府の役人に日本の帝国大学や陸軍士官学校の出身者が多いことで明らかなように、韓国とは、大日本帝国にもっとも忠実だった連中が、日本に「のれん分け」してもらって造った国にすぎず、民族独立運動の結果生まれた国ではないのだ。

【北朝鮮には、いちおう、金日成が抗日パルチザンを率いて日本と戦っていたという「建国神話」がある(但し、実際はウソで、金日成の正体は、金成柱というソ連スパイにすぎないが)。このため、日本文化への排斥運動は、80年代までは、民族運動の歴史を持つか否かに関してあまり劣等感の強くない北朝鮮より、劣等感の強い韓国のほうが厳しく、おおやけの場での日本語での歌唱は、北朝鮮のほうが韓国より先に解禁されている(85年に訪朝した作曲家の団伊玖磨の証言。朝日新聞85年6月5日付朝刊4面)。】

つまり韓国の「反日家」らは、いまごろ日本に「謝罪させる」ことを通じて、独立運動をやり直しているのだ。
これは、韓国人の心の中の、「勝手な劣等感」の問題であって、べつに日本側が謝罪したからといって解決するような問題ではない。

【尚、中国が、日本人による「南京大虐殺」にこだわるのは、中国共産党が毛沢東時代に行った大虐殺をごまかすためと見て間違いない。新中国建国の父・毛沢東は「大躍進」という狂った経済政策で飢餓を発生させて自国民2000万を餓死させ、またその後「文化大革命」という名の大規模な大衆運動(実態は政争リンチ)で、同胞1000万を殺している。
このため、中国では四六時中「中国共産党軍は残虐な日本軍を倒した正義の軍」と言い続けていないと、共産党の支配体制が維持できないのだ。日本軍による「南京大虐殺」の犠牲者数が年々、まるで株式相場のようにどんどん増えて行くのは、共産党に身内を殺され、共産党に恨みを抱く中国人がきわめて多いことに原因がある(が、いくら「相場」を吊り上げても、毛沢東が殺した数とは2桁以上違うので、中国政府の日本への「苛立ち」は永遠になくならない)。したがって、これも中国人同士の問題であり、日本がいくら謝罪しても永遠に解決することはない。】

●中国が得た教訓●
戦後の日韓関係の歴史から、中国が教訓を得たであろうことは想像に難くない。中国の指導層は、日本の歴史教科書問題や首相の靖国神社参拝問題では、しばしば韓国と共闘して日本批判をしてきたから、韓国政府との意見交換を通じて、日本の半島統治が「失敗」した(というより、戦後になって急に失敗の烙印を押された)理由は十分に学んでいるはずだ。

現在の中国も、戦前の日本と同様に、異民族への侵略を行っている。相手は、チベット自治区のチベット人、 新疆ウイグル自治区のウイグル人である。

両自治区は伝統的に中国の一部ではなく、民族の言語、文化、宗教、歴史が、中国の主流派である漢民族とはまったく違う。とくに新疆は、20世紀の一時期「東トルキスタン共和国」として独立していたこともある。

両地域を侵略するに際し、戦後の中国政府は(戦前の日本の轍を踏まないため)数の上で漢民族を多数派にする策をとった。大量の漢民族移民を送り込み、それぞれの自治区における「先住民」を少数派に転落させようとしているのだ。

普通の移民のほか、少数民族優遇策を悪用した「詐欺移民」も多い。1人っ子政策をとる中国では、少数民族には、子供を2人以上つくるための「優先枠」や教育上、職業上の支援策があるが、そうした優遇措置を目当てに漢民族の者が戸籍上、少数民族と詐称して登録し、優先枠や支援を横取りする事例があとを絶たないのだ(拙著『龍の仮面(ペルソナ)』を参照)。このほか、少数民族の若い女性には中絶手術、不妊手術の強制なども行われている。

もし中国政府が、16〜19世紀の北米における天然痘のような、効果的に先住民(のみ)を殺せる生物兵器を手にしたら、ためらうことなくチベット人らに対して使用するだろう。現在彼らがそうしていないのは、べつに彼らが米国の白人より善良だからではなく、まだ手段がないから、と見て間違いあるまい。なんといっても中国は(台湾を実効支配していないくせに)台湾政府が台湾住民に台湾独立の民意を問う住民投票を実施したら即攻撃すると脅し、核兵器まで保有している国なのだから。

●有害な平和運動●
第二次大戦で日本はぶざまな大敗を喫したから、「二度と同じあやまちを繰り返さないために」戦前、戦中の日本の有りようを批判することは正しい。だから、戦後の日本やアジアの(自称)平和運動家たちが「日本の朝鮮統治」や、そのもとになった「日本軍国主義」への批判をしてきたことには一定の意義があった………20世紀までは。

が、いまやヒトゲノム(人類の全遺伝子情報)が解読され、どのような病原体でも手軽に作れる時代である(『ゲノムの方舟・文庫版(上)(下)』を参照)。昔なら300年かかった民族浄化が、今後は30年でできるようになる。
すると、文明の変化に応じて当然、道徳も変わる。たとえば、数百年前のキリスト教世界では、奴隷貿易は善で、カネを貸して利子を取るのは悪だったが、現在は逆になっている。いまの世の中で、昔からの「惰性」に基づいて「奴隷貿易は必要」などと言ったら、完全な誤りだ。

21世紀、バイオテクノロジー文明の時代に、20世紀以来の惰性で無神経に「戦前の日本の朝鮮半島統治は悪かった」と言い募ることは「戦前の日本は、朝鮮半島の先住民を生物兵器で皆殺しにしておけばよかった」と主張するのと同じことだ。

そして、この主張は、今後バイオテクノロジーを手にするすべての権力者に「中途半端に善良」な行為をためらわせ、彼らを、被害者を皆殺しにする「徹底的な悪」の道に追い込む、脅迫的な呪文となる。

中国で、北朝鮮で、中央アジアで、中東で、アフリカで、独裁者たちはひとたび生物兵器を使用したら、徹底的に敵を殺し尽くすまで使い続けなければならなくなる。あとで執拗に「謝罪と反省」を求められたり「賠償請求という名のゆすりたかり」に遭ったりしないためには、また、東京裁判のような、一方的な「勝者の裁き」から身を守るためにも、独裁者たちは、いやでもそうしなければならない。

もっとも邪悪な虐殺(北米先住民の殲滅)を放置して、より善良な侵略(日本の朝鮮半島統治)を50年以上経っても非難し続けるという、信じ難い不公正を犯したことで、日本とアジアの平和運動家の多くは、取り返しのつかない大失敗をした。

これこそ人類に対する犯罪だ。もし今後、生物兵器による「皆殺し」が行われたら、世界の「反日平和運動家」は責任を取れ。
自分たちの平和運動には、もはや(ただ益がないだけでなく)はっきり「害がある」と自覚すべきだ。

【小説『ゲノムの方舟』の読者の方は御存知のとおり、筆者はけっして人種差別主義者ではない。このメルマガはさておき、「小説単体」は韓国人や黒人の方にも十分にご満足頂ける内容だ。筆者を「人種差別」「タカ派」などの的外れな罪状で批判したい方は、その前に小説をお読み頂きたい。文庫版の発売は8月5日頃(本体価格は上巻800円、下巻762円)。】

次回、文庫版発売直前スペシャル「だれがSARSを作ったか」8月4日配信予定。】

【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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 (敬称略)

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