そのうち派兵慣れ

〜自衛隊海外派遣も消費税と同様に、いずれ容認〜

Originally Written: Jan. 19, 2004(mail版)■そのうち派兵慣れ 〜 自衛隊海外派遣も消費税と同様に、いずれ容認■
Second Update: Jan. 19, 2004(Web版)

■そのうち派兵慣れ 〜 自衛隊海外派遣も消費税と同様に、いずれ容認■
60年の安保改訂延長、80年代米国の欧州中距離核配備に対する日本政府の支持、89年の消費税導入はいずれも、当時の日本の世論、野党、マスコミらに反対されたが、結局反対派は挫折。にもかかわらず、04年現在の日本国民の大半はなんの挫折感もなくこれらを受け入れている。
ということは、近い将来、自衛隊がイラクなど海外に派兵されて死傷者が出ることは日常茶飯事になり、国民はなんの違和感も持たなくなっているはずだ。
■そのうち派兵慣れ 〜 自衛隊海外派遣も消費税と同様に、いずれ容認■

■そのうち派兵慣れ 〜 自衛隊海外派遣も消費税と同様に、いずれ容認■
【前回の「女子十二楽坊 vs. 台湾独立」は → こちら

かつて拙著『ゲノムの方舟』に関連して筆者にインタビューした大手新聞科学部の記者はこう言った、

「クローンベビー技術だけは、絶対に阻止したいです」。

筆者が理由を聞くと

「奇形児などの危険があるからです」。

じゃあ、危険がなくなればOKですかと聞くと、

「危険がないほど技術が進歩すると、反対する理由がなくなるんで、困っちゃうんですよね」。

彼女の反対理由は、要するに「新しいものはなんとなくイヤ」ということでしかなかった。これは、新しい制度や技術や状況に対する条件反射的な拒否反応であり、幕末に黒船に出会った日本人の尊皇攘夷運動と同じで、自然なことだ。

が、攘夷(徳川幕府が勝手に開国したことを糾すこと)を大義名分に尊王倒幕戦争を戦って政権を奪った攘夷派が、政権簒奪後に開国政策を結局維持したことで明らかなように、条件反射的な反応には長い目で見ると合理的な理由はなく、長続きはしない。

これは、現在、日本国民の約半分が反対している、自衛隊のイラク派兵問題にもあてはまる。
予言しておくが、04年1月現在「危険だから」という理由で派兵に反対している日本国民のうち半分以上は数年後には、自衛隊の海外派兵にも、派兵先で自衛隊員が死傷することにも「不感症」になっているはずだ。

それは、ここ半世紀の、国民世論の反対が強かった政策がその後どのように「定着」したかを見れば、容易にわかる。

●反核運動家のしらばくれ
70年代後半、ソ連が地上兵力を大増強して西欧を侵略しようとしていることが明らかになったので、地政学上、内陸国(ソ連)の侵攻には決定的な反撃手段(核兵器)で対抗しない限り勝てない宿命にある、半島国(西欧)を守るため、米国はINF(欧州中距離核)を配備しようとした。このとき、日米欧ではこの配備に反対する「反核運動」が盛り上がった。

これは、日本では「文学者の反核運動」「音楽家の反核運動」など職業別の広汎な市民運動という形をとった。運動の参加者には日本を代表する知的な作家、芸術家が大勢おり、逆にINF配備を推進したレーガン米大統領は、84年の選挙遊説中に「ただいまマイクのテスト中」と言うべきところを悪ふざけで「5分以内にロシア(ソ連)を爆撃する」と口走るなど、あまり知的とも良識があるとも言い難い人物だった。もちろん反核運動家たちの言う「ソ連の軍事力に核で対抗したら、ほんとの核戦争になって、戦場の欧州では破滅的な事態(この世の終わり)になる」という主張には一定の根拠があった。反核運動と米国政府と、両方の言い分を注意深く比較して聞けば、主張の内容もそれを訴える人々の人品骨柄も、前者がまさっているように思えて当然だった。

が、結果は後者の勝ちだった。米国政府はソ連の経済・財政が過剰な軍拡で苦境に陥っているのを見抜き、INF配備でソ連の軍拡を「差し引きチャラ」にし、さらにソ連を宇宙レベルの軍拡競争に引き込もうとするSDI(戦略防衛構想)を仕掛けてソ連を経済破綻に追い込み、崩壊させてしまった。

かくして西欧の平和は、良識ある知的な人々の反核運動ではなく、粗野でタカ派なレーガンの大軍拡によって守られた。

政治家は政治のプロだ。プロは結果で判断される。そして、結果から見ると、レーガンは正しく、反核運動は間違っていた。INFを配備しSDI競争を仕掛けても、べつに「この世の終わり」なんか来なかった。

世界中の反核運動家が「レーガンさん、すいません。あなたが正しかったです」と謝罪や反省を表明するのを、筆者は聞いたことがない。が、彼らはいまレーガンが作ってくれた平和な世界に安住している。どうも「知的な人々」は「知的でないタカ派の政治家」には、その人にどんなに功績があろうと感謝しなくてよい特権を持っているらしい。

●消費税反対派、いまいずこ●
88年9月、政府と与党自民党は臨時国会会期末を控え、焦っていた。政府が国会に提出した消費税導入法案は世論、野党、マスコミの猛反発で遅々として審議が進まず、国会会期延長の議決が必要だったが、野党はそれにもなかなか応じなかった。

当時は、昭和天皇が吐血して危篤状態に陥り、もし崩御となれば、野党は「陛下に哀悼の意を表するため、国会審議は休みにしよう」と言い出しかねない雰囲気だった(財界と教育界は、崩御から48時間を服喪期間とし、オフィス、工場、学校の業務を自粛すると決めていた)。会期延長はいまだかつて与党単独で決めたことがなかったので、崩御と同時に消費税法案は「審議未了→廃案」になる恐れがあった。

結局、昭和天皇には宮内庁医師団総がかりの「延命治療」が施されて野党の審議拒否は回避され、国会では野党出席のもとで12月までの会期延長が決まったものの、世論を背景に野党の抵抗は強かった。

反対の理由は、消費税導入による物価の上昇、便乗値上げの恐れ、新たな財源を政府が得ることによる財政規律の緩み(税金の無駄遣いの加速)、益税(事業者が消費者から預かった税で財テクすること)など多々あり、それぞれに合理的な理由があったため、マスコミはそれを言い立て、野党は会期いっぱい(自民党が衆参両院で過半数を持っているのでムダと知りつつ)抵抗した。

とくに社会党の抵抗は激しく、同党国会議員は法案採決の際には本会議場で「牛歩戦術」をとり、1分でも法案成立を遅らせようと奮闘した。当時の社会党には佐藤観樹、赤松広隆らの国会議員がいた。

さて、03年11月の衆議院総選挙で、野党民主党は「消費税を国民年金の財源にする」と公約して戦った。が、この民主党の有力議員のなかに、なんと元社会党の佐藤や赤松がいる。これはどういうことだ? あの牛歩戦術までした「反対」はなんだったのだ?

財政規律の緩みや、益税の問題は、いまだにほとんど解決していない。なら、佐藤や赤松はいまでも消費税が存在すること自体に反対すべきではないのか? いまからでも遅くない。消費税廃止運動を起こしたらどうだ? ……でも、やらないし、そのことを有権者もマスコミもまったく責めない。

ということは、国民世論、野党、マスコミが一時的に激しく反対するような政策でも、一定の合理性があれば政府・与党は反対を無視して実行してかまわないということだ。現に60年の日米安保条約の改訂延長以来、国民も野党もマスコミも、安全保障や税制にかかわる重大な政策を政府に勝手に決定されても、次々に事後承諾してきたのだから。

筆者はこれが正しいことだと思わない。が、国民が「いい」と言ってるんだから、どうしようもない。民主主義とはこういうものらしい。

●民主党はイラク派兵を継続する●
04年1月現在、野党・民主党は党を挙げてイラク派兵(派遣)に反対すると表明している。
他方、政府・与党は陸上自衛隊先遣隊のイラク派兵を正式決定し、3月には陸自本隊数百名を送り込むと決めているから、3月以降、陸自隊員がイラク南部の派遣先で、反米武装勢力(民間人でも平気で殺すので、正義の「レジスタンス」ではなく、ただのテロリスト)の攻撃で死傷する可能性がある。

世論と野党は、自衛隊員が危険にさらされることを派遣反対の最大の理由にしているので、3月以降派遣隊員の死傷者が多数出れば、政府は責任を問われ、自民党内の造反如何で、小泉内閣は通常国会会期末の6月、内閣不信任案を可決されて退陣または衆議院の解散総選挙(7月の参院選があるので、衆参同日選挙)に追い込まれる可能性がある。

もちろん世論は「自衛隊員を死なせた」小泉内閣を許さないから、その場合、自民党は選挙で大敗し、政権は、派兵に反対してきた野党第一党の民主党に移ることになる(公明党は、たぶん自民党との連立を解消し、民主党と組む)。

さて、政権交代すれば、菅直人民主党代表が首相となり菅内閣が誕生するが、この内閣は当然、自衛隊をイラクから撤退させる…………わけではない。

派兵は継続される。
その理由は、民主党の国連中心主義だ。
03年12月、民主党はイラク問題に関する基本方針を決めた。それによると、与党の賛成多数で成立したイラク復興支援特別措置法(特措法)に基づくイラクへの自衛隊派兵は、現在の米軍中心の占領統治を補完するものであるとの立場から反対する一方、「国連中心の復興を可能とする新たな国連決議の早期採択を求める外交努力を強化する」という。そして、国連平和維持活動(PKO)の自衛隊派遣基準を緩和して、この問題に対処することとした(産経新聞03年12月6日付朝刊4面)。

ということは、政権が替わった、あるいは死者が出たからといって、イラクから自衛隊を撤退させることは、03年12月に決めた「新たな国連決議を得る努力」を放棄することになるはずだ。

民主党政権にとって撤退は、新たな国連決議を得る外交能力がない、と自ら認めたことになる。逆に、決議を得る自信があるなら「暫時自衛隊の派遣部隊はそのままにして、米軍の役割がより小さく、国連の役割がより大きい占領体制のもとで自衛隊が働けるように外交努力をする」と言えば、公約違反ではない(という言い訳が可能だ)。

●米国は小泉退陣を望んでいる?●
上記のように、自民党政権(小泉内閣)のもとで、イラクで自衛隊員が殉職した場合は、内閣は潰れる。
が、民主党政権(菅内閣)のもとで、イラクで殉職者が出ても、内閣は潰れない。なぜなら「野党自民党」は、自らが推進した派兵の結果を理由に、民主党政権を責めたり内閣不信任案を出したりすることは「ペルソナ上」不可能だからだ(ペルソナという言葉については、拙著『龍の仮面(ペルソナ)』を参照)。

イラク特措法や派兵に反対した民主党でも、派兵後の状況を受け派兵された自衛隊を活用して、民主党の論理で「国連中心」(になりつつある?形)で、イラク復興に協力することは、十分可能だ。

消費税を見よ。元社会党の佐藤や赤松は、かつて自分たちが命懸けで反対した消費税を、いまでは年金の財源に活用したいとまで言っているではないか。

にんげんは変節する。とくに政治家はそうだ。政治家に終始一貫した態度を期待するのは、間違いだ。
そもそも政治家以前に、有権者、つまり、いまこのメルマガを読みながら「派兵反対」の思いを募らせている「あなた」……そう、あなたです……あなたがいちばん先に変わるんじゃないのか?

いまから5年後、09年頃には、自衛隊がイラクなど海外に派兵されて死者が出ることは日常茶飯事になり、日本国民の大半は、なんの違和感も持たなくなっているはずだ。

もちろん自衛隊の派兵(派遣)には武器使用基準などさまざまな問題がある。が、それを言い出すなら、消費税にだって問題はある。未解決の欠点がやまほどある。でも、みんな消費税を受け入れてるじゃないか。

要するに、クローンベビーと同じで、「なんとなく新しいものはイヤ」なだけだ。
89年の通常国会で消費税を織り込んだ最初の国家予算が審議された際、野党は、当時の自民党の竹下内閣を、リクルート事件とからめて激しく攻撃し、予算審議拒否までちらつかせた。いまだかつて予算を単独審議・単独採決したことはないので、政府・自民党は苦境に立たされた。

が、竹下登首相の秘書がリクルート事件にからむマスコミの追及に耐えかねて自殺し、それを機に竹下が退陣を決めると、政府・自民党は一転して強気に出た。

「首相が辞めるとまで言ってるんだから、もういいだろ」と言わんばかりに強引に予算審議を進め、野党とほとんど協調せずに予算案を可決したが、世論もマスコミもとくに激しい非難はしなかった。
結局、「首相のクビ」と引き替えに、消費税は日本に定着した。だから04年、小泉純一郎首相が退陣しさえすれば、国民は、この先政府が自衛隊をどこに派兵しようが何人殉職しようが、容認するはずなのだ。

以上の理由から、自民党政権が続くよりも民主党政権に替わったほうが、自衛隊のイラク派兵をめぐる政治環境は安定し、日米同盟はより強化されるはずだ、と筆者は考える。一見すると意外だが、緻密にシミュレーションすると、こうなる。これが現実だ。

小誌でいずれ詳しく取り上げるが、04年3月下旬(21〜29日頃)には、イラクでは戦闘が激化する可能性が高い。現在の、日本政府の予定ではその時点ではすでに陸自本隊をイラク南部に送り込んでいるので、殉職者が出るとすれば、この頃になろう。

●「日米同盟強化」とは何か●
最後に、米国からの、イラク派兵による「日米同盟強化」を求める外圧に、なぜ自民党はもちろん民主党もさからえないのか、説明しておきたい。

理由は、「(日本が)米国と組みさえすれば、乱世が到来しない」ことにある。
これは、阿久津博康・岡崎研究所主任研究員が、04年1月1日放送のテレビ朝日『朝まで生テレビ』であまりにもヘタクソに言っていたので、彼(の師匠の岡崎久彦・元駐タイ大使)に替わって筆者がわかりやすく述べたい。

戦国時代末期、徳川氏は強大な軍事力を背景に天下統一を推し進めていたが、大坂城を本拠とする豊臣氏はこれに不満で「徳川への一極集中はよくない」とか「徳川の天下には問題がある」とか主張し、豊臣氏とつながりの深い有力諸大名に声をかけ、一極集中でない「多極化した世界」をめざしていた。

もし豊臣の誘いに乗って、最有力の大大名、九州の島津氏などが「反徳川」にまわったら、天下は「多極化」し、みんなで(軍事力に頼らず)外交でものごとを決める世の中になってみんなしあわせ……にはならない。往生際の悪い豊臣氏などがいつまでもゴタクを並べて戦国乱世が続き、無駄ないくさで大勢の人が死に続ける。

だから、島津などの最有力の大名が「強い徳川」の軍門にくだればいいのだ。そして「徳川とその同盟者」の圧倒的な力を背景に、豊臣氏などのこざかしい連中を、議論の余地なく「力」で押し潰して、さっさと天下を統一すればいい。やり方が少々粗野だろうが下品だろうが……天下統一の課程で、豊臣氏への「人権侵害」があろうが……関係ない。戦国乱世を終わらせたいなら、人の命がだいじなら、島津氏はそうすべきだ。どうせ徳川の天下だろうが豊臣の天下だろうが、程度の差こそあれいつの世でも政権に問題があることには違いないのだ。政権の揚げ足取りばかりしても、意味はない。

この徳川を米国に、豊臣をテロリストや落ち目の旧共産主義国家や独裁国家に、島津を日本に置き換えれば、これは21世紀初頭の世界にもそっくりあてはまる。日米の経済力(GDP)を合わせると、全世界の50%近くになり、この圧倒的に強い同盟に勝てる勢力など存在しない。日米同盟を裂こうとする連中は、もはや実現不可能な「豊臣の天下」を求めて戦国乱世が続けばいいと願う、下心のある悪党であり、平和の敵だ。

だから、米国の同盟国では、だれが政権を取っても、最終的には米国と協調せざるをえない。韓国で、反米を掲げて政権の座に就いたノ・ムヒョン(盧武鉉)大統領が、イラク戦争開戦後いちはやく米国を支持し支援部隊を派兵したのは、そういう理由だ。

03年に激しく米国のイラク戦争に反対した仏独も、04年後半には米国との関係改善に動く、とキッシンジャー元米国務長官は予言(予測)する(04年1月4日放送のテレビ東京『日高リポート』)。

「米国の天下」に問題があることぐらい、みんなわかっている。が、「米国(徳川)が力を発揮しない天下」はもっと問題があるのだから、次善の策として、日韓も、おそらく仏独も、結局「対米追従」を選択するのだ。それがいやなら、地球から出て行くしかない。

●小泉内閣は使い捨て?●
それにしても、竹下内閣が消費税導入のために、いわば「使い捨て」にされたのと同様に、小泉内閣も、日米同盟強化のため、自衛隊の海外派兵に国民を「慣れさせる」ために潰されるなら、まるで「人身御供」ではないか。

ブッシュ現米政権は、01年の発足直後に「日本経済が構造改革によって再建されないと、日米同盟の根幹がゆらぐ」と言っていたのだから、03年12月の道路公団改革の挫折により、もはや構造改革が不可能と判明した小泉内閣を「使い捨て」にするのは、むしろ望むところだろう。が、小泉にとっては「派兵」は、次の内閣に花を持たせるための「貧乏くじ」だ。

消費税と同様、いずれ国民が「事後承諾」することはわかり切っているだけに、内閣の退陣は国民の「一時的な」不満をガス抜きするための、単なる儀式に過ぎない。きっと小泉は国民に対して、どうせあとで「派兵容認」に転じるなら、いま変わってくれないか、と思っているだろう。つまり、

「そのうちよりいまのうち」だ。

【この問題については次回以降も随時(しばしばメール版の「トップ下」のコラムでも)扱う予定です。
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 (敬称略)

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