Don't take it out on the Internet!

「やつあたり防止法」制定運動にご協力を

日本のサイバービジネスの発展のために

Originally Written: April 12, 1998
Last Update: April 12, 1998

●アダルト(ポルノグラフィー)サイトは規制すべきか?
●プロバイダーに責任はあるか?
●電力会社は無罪なのに…
●萎縮してしまった日本企業
●アダルトビデオがソニーを育てた!?
●No Regulation, No Tax

●アダルト(ポルノグラフィー)サイトは規制すべきか?●
私はネットワーク市民(Netizen)の1人として、言論の自由は、とくにこのサイバースペースでは最大限尊重されるべきものと考えております。が、日本では、サイバースペースにおける言論には制限を加えるべきだという意見が少なくありません。犯罪にかかわる情報を流すホームページや「公序良俗」に反する内容、とくにポルノグラフィーなど、未成年に見せるべきでない「有害な」画像や情報を掲載するホームページには厳重な取り締まりをすべきだと、という意見が、国会や地方議会の議員のなかに少なくなく、その種の規制のための法律や条令を制定する動きもあります。

日本には、刑法に「わいせつ文書図画頒布」を犯罪として禁ずる規定がありますので、仮にここで上記の議員さんたちの意見を正しいと仮定してみましょう。つまり、サイバースペースで「違法な」「わいせつな」画像を流すことを取り締まるのが正しいとするのです。

が、違法な、わいせつな画像が「潜在的に」有害であることが確かだとしても、それが即未成年にとって有害かというと、そうではありません。なぜなら、ホームページは作るのは簡単でも、読ませるのは難しいからです。現在世界中どこの国でも、8〜9割の大半のホームページはほとんどだれにも読まれない、言わば「死んだページ」になっています。だれも読まないページなら、そこにどんな「有害な」情報が掲載されていたとしても、結果的にだれも被害は受けないことになります。つまり「有害なホームページを取り締まる」作業は、90%の確率で無駄になるのです。

インターネットはテレビとは違います。テレビの深夜番組で未成年に「有害な」情報(たとえば、過激なヌード画像)が流される場合は、子供たちがそれにさらされる確率は高く、なんらかの方法での取り締まることには、実効的な意味があります。子供たちは、新聞のテレビ番組欄で「有害な」番組を探して、その放送時間にそれを放送している局にテレビのチャンネルをあわせれば、即座にそれを見ることができるからです。あるいは、新聞の番組欄など見なくとも、夜中にリモコンで次々にテレビのチャンネルを変えてみれば、かなり高い確率で「有害な」情報に出会えることでしょう。だから、テレビの深夜番組における性表現などが、しばしば国会で取り締まるべき対象として議論されるのです。が、インターネットには、テレビにあるような「新聞の番組欄」などは存在しません。インターネットのホームページは全世界に数億もあり、それを「番組欄」のような形にまとめることなど不可能です。また、「テレビのチャンネルを変えるように」簡単に、ホームページ(のアドレス)を切り替えて多数のホームページを「はしごする」のも楽ではありません。

こう言っては失礼ですが、議員さんたちの大半はインターネットもパソコンも使ったことのない(高齢の)人ばかりです。この方々はインターネット接続業者などの「専門家」などに頼んで、有害画像を「探してもらう」必要があるのです。たとえば、こんな具合です。

議  員:「インターネットには、子供に有害な画像があるというが、ほんとうか?」
技術者:「はい」
議  員:「どんな画像があるのか、いくつか見せてくれ」
技術者:「はい」
  (技術者は、検索エンジンなどを駆使して、ヌード画像のあるホームページに到達)
議  員:「こんなにわいせつなものが、こんなに簡単に見られるのか! 許せん。ただちに取り締まろう」

 賢明な読者のみんさんはとっくにおわかりでしょうが、この技術者は「専門家」なので、当然ホームページの検索がスムーズにできるのです。しかし、そのようなスムーズな検索は、幼い子供には不可能です。したがって、子供にとって有害な情報が、そんなに簡単に子供に届くわけではありません(自分でインターネットを使ったことのある議員さんなら、けっして、こんな短絡的な結論は出さないはずです)

このことを踏まえたうえで、以下をお読み頂きたいのです。

●プロバイダーに責任はあるか?●
もし、ある個人ホームページに「違法な」「有害な」「わいせつな」情報が掲載されていたとして、その情報を掲載した個人、つまりホームページの作者が責任を問われるべきなのは言うまでもありません。もちろん、日本国民には「公正な裁判を受ける権利」がありますから、自分のホームページが「違法でない」と作者が信じる場合には、裁判で無罪を主張すればよいのです。が、その場合、被告(人)となりうるのは、作者個人だけでしょうか? それともその個人にWebサーバーを提供しているインターネット関連サービス企業、この場合はインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)も責任を問われるべきなのでしょうか?

サイバースペースで被害を受ける女性(仮にA子さんとします)の訴えの典型的な事例に、こんなのがあります。

「自分の名前や住所その他の個人情報が、某ホームページにの掲示板に載ったため、いたずら電話などが急増して困っています。そのホームページの作者にメールで抗議しましたが、取り合ってくれないので、その作者が利用しているプロバイダーに頼みました。でも、何もしてくれませんでした……」

このA子さんのような被害の事例はまことに同情すべきもので、これを聞いてしまうと、「プロバイダーは、それを使う者のホームページの内容に責任を持つべき」という、しばしば語られる意見が正しいものに思えてきます…………が、私はそうは思いません。なぜなら、プロバイダーは司法機関ではなく、一民間企業にすぎないからです。

●電力会社は無罪なのに…●
ホームページで違法行為もしくは公序良俗に反する行為を行う者にサービスを提供したプロバイダーは、責任を問われるべきだ、という意見は、一見正しそうに見えて、実はぜんぜん正しくないのです。

もちろん、ISPは企業ですから、企業としての社会的責任があります。が、インターネッ トサービスは、電力やガスのサービスと同じ「インフラ」です。インフラ提供企業には、利用者を選ばず、利用したいというすべてのお客さまに(たとえ犯罪者であろうとも)平等に使わせる義務があるのです。それこそが社会的責任なのです。もし、お客さまを差別して、特定の人にインフラサービスを使わせなかったら、それこそ「公序良俗に反する」こととして糾弾されるべきなのです。

たとえば、テロリストが東京電力の電気を使って爆弾を作って、それを使って犯罪を行ったとして、いったいどこのだれが東京電力を非難するでしょうか? だれも非難しません 。大阪ガスのサービスが、暴力団(という公序良俗に反する組織)の事務所に供給されていても、だれも大阪ガスを非難しませんし、ましてや大阪ガスの社員に「暴力団を取り締まれ」などと要求する人など、ありえようはずがありません。

私はけっして、インターネットを使って違法行為が行われるのがいいと言っているのではありません。ただ、違法行為があったからといって、いちいちインターネットやその関連業界に「やつあたり」するのはやめてほしい、と言っているのです。もし「違法行為の道具を提供する企業が悪い」ということになれば、いまどきの覚醒剤取引や強盗や誘拐にはしばしば携帯電話や自動車が使われるのですから、電話会社も自動車会社も規制の対象にしなければならないことになります。んな、アホな……

でも、私の言うように、プロバイダーに責任がないとすると、「A子さん」のような被害者は、どうすればいいのでしょう。救われる手立てはないのでしょうか?…………それは、常識に従って考えればよいのです。上記のテロリストの例で考えてみましょう。あなたの家の近所にテロリストが住んでいるとわかったとしたら、あなたはどうしますか? 「あいつは、電気を使って爆弾を作っているみたいだ。よし、東京電力に訴えよう」などと思う人はいませんね。たいていの場合「よし、警察に行こう!」と思うのではないでしょうか。そうなんです! A子さんの事件は「犯罪」なんです。だから、警察にこそ訴え出るべきなのです。

しかし、誠に残念ながら、日本の警察はいまのところ、インターネット関連の犯罪については、あまり役に立ちません。なぜなら、インターネット犯罪を取り締まる法律が不備で「立件できない」から動けないのです。また、それと密接に関連することですが、インターネット上の犯罪を取り締まることのできる捜査官の養成、そのための十分な教育訓練も行われていませんので、仮に法律ができても、あまり効果は期待できません。

となると、やっぱりプロバイダーに訴え出るほかないのでしょうか?…………とんでもない! 法律が不備なら新たに制定すべきであり、それは国会の仕事です。警察官の教育訓練が不十分なら予算を増やすべきで、その予算審議もまた国会の仕事です。つまり、現状では、A子さんは(プロバイダーではなく)国会に訴えるべきなのです。

さいわいに、このホームページの愛読者には、複数の国会議員の方がいらっしゃいます。議員の皆様、どうか議院立法などの行動を起こされますよう、宜しくお願い申し上げます。万が一、法案作成に際して「専門家」の助言が必要でしたら、ぜひこのわたくし佐々木敏にご一報下さいませ(間違っても、だれも読まないホームページしか作れない「素人」には、たとえその人がプログラマであろうがエンジニアであろうが、相談されませんように)。持てる限りの情報と経験をご提供申し上げます。

●萎縮してしまった日本企業●
さて、ここからは本日のメインテーマであります「やつあたり防止法」について申し上げます(上記の法案は、単なる犯罪取締の法律にすぎません)

実は上記のA子さんのような事例では「プロバイダーが責任を取るべきだ」という「誤解」が広く存在するために、またISPなどのインターネット関連サービス企業が(電力会社のような)インフラサービス会社として正しく認識されていないために、日本では、インターネット関連サービス企業は「犯罪等で責任をとらされたくない」という恐怖心にとらわれているようなのです。

たとえば、ホームページへのアクセス状況を調べてそれをホームページの作者に教えてくれる「ログ解析サービス」というのがありますが、これを行っているある業者(仮にP 社とします)は「犯罪取締規定」を持っているのです。この会社はインターネット関連インフラサービス会社ですから、この会社と私との関係は、上記の電力会社とテロリストの関係と同じです。テロリストが東京電力の役員となんの面識も、共謀関係も持たないように、私もこのP社の人と顔を合わせることは、たぶん一生ないでしょう。もちろん「共謀して」何かをやることも、ありえません。たとえ万が一このホームページ「週刊アカシックレコード」に「違法な」「わいせつな」ものがあったとしても、それは、このわたくし個人の責任であって、P社の責任ではありません。ところが、何に怯えているのか知りませんが、P社のサービスを受けるに際して結ぶ契約(書)の文面(といってもP社ホームページの上にあります)には、私のホームページにアダルト向けポルノ画像を載せない旨を誓約させる条項があります。不思議ですね。

私はそのような画像を載せるつもりがまったくないので、誓約しても問題はありませんが、写真家や画家で、人間の肉体の美を追求しているような立場の人は、判断に困るでしょう。というより、捜査権限も捜査官も持たない一民間企業が、ひとさまの芸術作品に向かって「おまえのは、わいせつだからダメ」「こっちのは芸術だからOK」と勝手に「審査」するようなことができるのでしょうか?

ここで言う「できる」という言葉の意味は、礼儀や道義の問題として、芸術家に対してそのような横暴が許されるのかという問題のほかに、憲法の保障する表現の自由との関係での法律上の問題もあります。しかし、最大の問題は、単純に「能力」の問題として、審査が可能なのか、といったことになるような気がします。芸術家わいせつかを審査するのが高度に知的な判断を要する難しい問題であることは、当然です。したがって、極端な話、「サイコロを振って決める」か、あるいは「乳房が映っている画像は赤ん坊でもサルでもだめ」というような機械的な基準でごまかすか、しかないのではないでしょうか。

「赤ん坊でもサルでも……なんて、そんなバカな」と思われるかもしれませんが、実は、ほんとうにこんな、ばかげた基準を持っているインフラサービス会社があります。それは、だれでも知っている超大手企業のN社であります。この会社が試験的に始めているコンテンツ専門の電子商取引(EC: electronic commerce)のための課金サービス(を利用するバーチャルモール、すなわち仮想商店街)の「加盟店規定」には「虚偽の情報を流してはいけない」「犯罪や暴力を扇動してはいけない」「人を誹謗抽象してはいけない」「人命軽視と取れる表現を使ってはいけない」などなど膨大な数の規定があり、しかもその適用、すなわち「審査」がきわめて機械的に行われるのです。たとえば「殺す」「殺人」などの言葉は「人命軽視条項」で一律に禁止されているのです。したがって、推理小説をその課金サービスを使って売るということは、まず、できないのです。

しかし、こんなのは序の口です。たとえば、暴力革命を呼びかける歌であるフランス国家「ラ・マルセーエーズ」は「扇動扱い」でだめ、校内暴力を扱った尾崎豊の「卒業」もだめ、政府の政策への批判も言葉遣いによっては「誹謗抽象扱い」でだめ、司馬遼太郎の歴史小説でも合戦や切腹の場面は「人命軽視」でだめ、もちろん対戦型アクションゲームをダウンロード販売するなんてできっこありません。私はN社の担当者の方と話したことがあるのですが、あまりにも、ばかげたことばかり言うので、「野球の併打っていうのも人命軽視なんですか?」と言ってやろうかと思ったぐらいです。

たとえば私が天文学者で、こういうことをホームぺージに書いたら、どうなるんでしょう。

「NASAの発表は間違っている。私の計算では、例の小惑星は5年後に50%以上の確率で地球に衝突する」

N社は、私が虚偽の情報を流したかどうか、どうやって「審査」するんでしょうか? 一民間企業の分際で、天文学者に向かって意見するのでしょうか? それとも、あらかじめ社内に天文学の専門家を雇っておくのでしょうか? しかし、コンテンツは天文学の記事しかない、ということはないので、その調子で行くと、物理学者も経済学者も政治学者も考古学者も、ありとあらゆるジャンルで高度な専門教育を受けた人材を雇わなければならなくなります。が、そんな芸当ができるのは、アメリカの国会図書館のリファレンス・ライブラリアンのチームか、日本の文部省の教科書検定官のチームぐらいのものでしょう。N 社ごとき一民間企業にできることではありません(「できない」ということは、N社も思っているようで、審査の妥当性をめぐって訴訟を起こされるのを防ぐためか、N社も---また※※※※という少額課金システムを開発したA社も---「審査基準」は公開しない、ことにしているのだそうです。しかし、「基準」を見せずに「基準に合ったコンテンツを作れ」と要求するのは、まるで詐欺であって、日本国憲法31条の定める「法定手続きの保障」の趣旨にも反する乱暴な手法と言わざるをえません)

N社がなすべきことは、こんな「生意気な」審査などではなくて、その膨大な広告宣伝費の一部を遣って、「小社は電力会社と同じインフラ会社であって、小社のインフラサービスを使って業者が行う行為に関して、小社はいっさい責任を負いません」とPRすることなのではないしょうか。

ただ、N社ほど大きな会社でなく、広告宣伝費も十分に使えないインフラサービス会社もあります。また、そうした、小さなインフラサービス会社への、地方議会議員などからの「やつあたり」も存在します。

だから、国会で法律を作って「インターネット関連インフラサービス会社は、電力会社と同様、そのサービスを使う者の行為に責任を負わない」ことを明確にする必要があるのです。この法律を、私は「やつあたり防止法」と呼ぶことにしたいのです。以後、宜しくご記憶下さいませ。
m(..)m

実は、P社やN社やA社と違って、外資系のC社などでは、法律以外の「審査基準」はいまのところ未整備で、必ずしもすべての企業が設けているわけではありません。たとえばC社はアメリカ系企業なので、そしてアメリカは契約社会ですので「違法行為以外は全部OK」という基準しか、いまのところ存在しません。が、既述のごとく、国会議員や地方議員には、インターネットに無理解な「統制主義者」、いや「やつあたり主義者」が、少なくないので、いつ外資系企業まで萎縮させるような法律や条令を作らないとも限りません。

一刻も早く、永田町・霞が関界隈で、この「やつあたり防止法」という言葉が流行語となりますよう、本ホームページをご愛読くださっている国会議員の皆様には、この言葉の流布、宣伝につきまして、ご助力下さいますよう、伏して御願い上げ奉りまする。
m(_ _)m

●アダルトビデオがソニーを育てた!?●
かつて、ビデオデッキという新しい家電製品、それもハイテク製品が登場したとき、その需要を支えたのは、アダルトビデオでした。けっして、『ローマの休日』などの名作映画のビデオソフトではありませんでした。なぜなら、「名作映画」は既存のメディア、つまりテレビで見ることができたからです。が、アダルトビデオはテレビではいっさい放映されませんでした(いまも、そうです)。そこで、これを見たい人は仕方なく、ビデオデッキを買わざるをえなかったのです。そして、このおかげで、ソニーや松下電器のような一流企業がビデオデッキ生産を採算に載せ、研究開発投資を回収することができ、ビデオデッキの製造、販売、輸出、ビデオソフトの配給(レンタル)、ビデオソフトの製作といったビジネスが次々に成長し、日本経済の重要な一翼を担うことになったのです。

日本のビデオソフト市場の「牽引車」としては、アダルトビデオのほかに「Vシネマ」というのがありますが、これは作品の大半が暴力とセックスを前面に押し出したものです。私も何本か見たことがありますが、必ずしも楽しいものではありませんでした。「識者」のなかには「『Shall we dance?』のような健全なソフトをもっと作ってほしい」という意見もあるかもしれませんが、 残念ながら、そういう「健全な」作品だけでは映像ソフト製作産業は維持できないのです。暴力的な、あるいはエッチな作品を作らなければ、撮影所の経営は維持できませんし、人材の育成もできないのです。

さいわいに、ビデオソフト業界には、N社のようなばかげた内部規定はありませんでした。だから、ビデオ産業で、ソニーも松下も大きく成長することができたのです(もし「アダルトビデオを流すメディアとなるからけしからん」という理由でビデオデッキの製造販売が禁止されていたら、ソニーも松下電器も、その他の日本の家電メーカーも、家電・マルチメディア業界の一流企業たりえたか、おおいに疑問です)

だからいま、もし政府あるいは国民が、不況にあえぐ日本経済活性化の重要な担い手として、インターネット関連産業を成長させたいと思うなら、かつてビデオソフトに対して行ったのと同じように、表現の自由を尊重し、「不健全な表現でも許す」ぐらいの自由をコンテンツ等の製作者に与えなければ、だめなのです。

「健全な」「常識的な」情報は、既存のマスメディアにあふれています。そんなものを得るために、わざわざインターネットを利用する人はいません。既存のマスメディアで扱われない、ある種「不健全な情報」でない限り、インターネット上での電子商取引を牽引するヒット商品にはなりえないのです。インターネットでしか得られないものを得るためでない限り、人は余計なお金を払おうとはしないものです。

たとえば、この「週刊アカシックッレコード」は、非常に「不健全な」予言を提供してきました。97年夏、インドネシアのスハルト政権が磐石で、貧困撲滅の功績によってスハルト大統領は国連の機関から表彰までされていましたが、それに先立つ5月から私は、「まもなく(97年9月または98年3月)にインドネシアで大混乱が起き、それが日本の政界に重大な影響を与える」と予告してきました。残念ながら「始まる」月ははずれてしまいました(したがって、もう予言が100%当たったと胸を張ることはできません)が、私の「先見の明」につきましては、頂いた多くのファンメールの文面などから拝察致しまするに、大勢の読者の方々のご理解とご支持を得ることができたように思われます。

かくのごとく、コンテンツ製作者には、「不健全なものを作る自由」も含めて、可能な限りの自由を与えるべきなのです。そうでなければ、ヒット商品は生まれないのです。もちろん、それによって「わいせつ画像」が次々に出てくる恐れはあります。が、そのうち90%は、取り締まるまでもなく、みずからの非力によって読者(お客さま)を獲得することなく、滅び去っていくのです。

どうしても「目に余る」という世論がおさまらず、取り締まらなければならないのなら、それは刑法などの「法律」に基づいて、警察などの「司法機関」が行うべきでも、まちがってもインフラサービス企業等の、一介の民間企業ごときにさせてはなりません。

実は、インターネット上の電子商取引は、「訪問販売法」の適用対象なのですが、既存のバーチャルショップ(ホームページ上の仮想商店)がこの法律を遵守しているかどうか、たとえば代金だけ受け取って品物を配送しない、といったトラブルがないかどうか、通産省がチェックするのです。それも、来たる98年5月を取り締まり強化月間と定めて、大勢のネットサーファーを動員して、多数のバーチャルショップを一斉に取り締まるというのです。実に、すばらしいことではありませんか。これこそ、健全な「審査」であり「捜査」ではありませんか。こういうことのためには、予算は人員をけちるべきではありません。なぜなら、こういうことは民間企業が「公正に」行うのは(上記のごとく)不可能で、法律に基づいて政府機関職員が行うしかないからです。われわれ国民の税金というものは、このようなことにこそ遣われるべきなのです(残念ながら、現状では日本の政府機関は、民間がやるべきことを替わって行っている事例が少なくなく、それが巨額な財政赤字の原因になっているようですが)

●No Regulation, No Tax●
98年春、アスキー主催の素人のゲームソフト製作コンテストの審査結果発表があり、さるティーンエイジャーの少年が、グランプリを獲得し、高額の賞金を手にしました。つまり、コンテストに優勝すれば素人でも子供でもゲーム作家としてデビューできる…………と考えるのは間違いです。優勝しなくたって、デビューできるんです。インターネット上にバーチャルショップを開設して、自分で売り出せばいいんです。

もちろん、いい作品を作るにはコストがかかります。また、「マーケティング」の情報を得るための、ログ解析サービスも必要です。だから、彼らに課金システムもログ解析サービスも、100%自由に使わせるべきなのです(また、日本でもアメリカンドリーム型の「一攫千金」の夢が見られることを示すためにも、「素人ゲームソフト作家」に課金サービスを遣わせ、儲けさせるべきなのです)

コンテストの審査員というのは、その業界のプロ、つまり専門家です。しかし、専門家の判断が常に正しいとは限りません。私が聞いたかぎりでは、かの『マデイィソン郡の橋』の日本語版の初版部数は8000部だったそうです。いまどき(90年代)の日本の書籍取り次ぎ業者のあいだには「1万2000部以上から始めないと、5万部以上は売れない」という経験則があるそうです。つまり初期段階である程度大勢の人の目に触るように多数配本しておかないとベストセラー化は無理だということです。にもかかわらず、初版が8000部しか刷られなかったということは、この日本語版は、版元出版社の「プロ」たちによって「売れない」と判断されていたことを意味します。しかし、ご存じのように、この日本語版は100万部を超す大ベストセラーになりました。つまり 、専門家の判断などはあてにならない、この程度のものだということです。

コンテストなんか必要ないんです。小学生だろうが素人だろうが、自分の才能に自信のある者は、いきなりインターネットでデビューすればよいのです。そして、サイバースペースの市場でもまれて、だれが一番お客さまを惹き付ける才能があるか、純粋に「力と力の勝負」だけで富と栄光を手にする勝者を決めればよいのです(だれそれは某大手企業の重役さんの推薦を得たとか、コネがあるとか、そんな差別的なことで決めるべきではありません)。事前の「審査」なんて必要ありません。

しかも、ソフトウェアなどのコンテンツ販売の場合、ハードな品物(化粧品、食品、パソコン部品など)の場合と違って、配送トラブルがほとんど起きません。お客さまがホームページ上のバーチャルショップにアクセスし(ダウンロードをし)た瞬間から、もう商品の配送は始まっているのです。

したがって、私は、インターネット上のソフト(コンテンツ)取引に関してはno regulationそして、できればno taxをも主張したいと思います。つまり、出店者にはインター ネット関連のインフラの使用を100%無制限に認め、できれば消費税も関税も所得税も(少なくとも一定期間は)まったくかけない、という法制の整備を強く求めます。

ソフトウェアやインターネットに関連する産業はいまやアメリカの基幹産業です。この分野では、才能ある者が勝者となり、業界の命運を握ります(そして、だれが「才能ある者」であるかは、マーケットにおいて「力と力の勝負」で決めるほかありません。これこそ、ほんとうの市場経済です。永年左翼の経済学者が「机上の空論」と否定してきた100%平等で自由な競争市場が、サイバースペースで実現したのです)。もし日本が、この分野でアメリカ以上に才能ある者を優遇する措置を取るならば、つまりno regulation, no taxを実行するならば、日本はアメリカに勝てます。

そして、そのとき、わが国の構造的不況が終わるのです。

佐々木 敏
  


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