続・ヘッジファンドLTCMはわざと「破綻」した

「悪魔」が大英帝国をリセットした日

〜史上最大の財閥ロスチャイルド家の勃興〜

Originally Written: Nov. 1, 1998
Last Update: Nov. 1, 1998

●ワーテルローの戦い
●元祖「投資の天才」
●「ユダヤ国家イギリス」の始まり
●キリスト教-イスラム教関係が「リセット」された
●ロスチャイルドは「悪魔」か

●ワーテルローの戦い
1815年 6月18日、ベルギーのワーテルローという村で、大規模な戦争が行われていた。ウェリントン公率いるイギリス軍 7万5000とナポレオン 1世率いるフランス軍10万が激突し、さらに遠方からドイツ兵12万5000がイギリス軍の支援に向かっていた。

フランスが勝てば、欧州大陸のバランス・オブ・パワーが崩れ、イギリス人の大陸における利権は一気に失われるかもしれない。イギリスに友好的だったいくつかの大陸諸国の政府はもはや債権を発行できなくなるのではないか、とまで懸念されていた。つまり、このとき世界最大の金融市場であったロンドンでは、「ナポレオンが勝ったら株は『売り』、負けたら『買い』」に決まっていたのである。

が、ワーテルローの戦いの戦況は、そう簡単にはロンドンに届かない。当時はテレビもラジオも電話も電報もなかった。情報は人や馬車で運ばれ、英仏海峡を船で越え、そのあとやっと新聞記事や噂話になってロンドンの投資家に伝わる。しかも、当時の新聞は(さらに言えば、その後の時代の新聞も)相当にいい加減で、あやふやな噂話と大差ない情報を、なんの裏付けもなくニュースとして報じるのが常だった(たとえば、1912年のタイタニック号の遭難事件の報道では欧米各国の新聞は、すでに船が沈んで大勢の人が亡くなったあとに「乗客は全員無事で、タイタニックは他の船に曳航されてアメリカに向かっている」などという大嘘を平然と報じていた)

投資は、正確な情報に基づいて行わなければ、利益をあげることなどできない。1815年当時の新聞記事などに頼っていては、投資家はどれだけ大損するかわからない。そこで、このワーテルローの戦いの頃、イギリスの投資家たちは、いちばん正確な情報を持っていそうな投資家を手本と仰ぎ、そのまねをすることに決めていた。

●元祖「投資の天才」
その手本に選ばれたのは、ネイサン・ロスチャイルド。オーストリア帝国の男爵だった。彼はすでに欧州最大の投資家、資産家の 1人として知られ、彼と彼の一族は、欧州各国に兄弟や従兄弟、一族郎党を配置して「支店」を構え、独自の情報収拾網を持っていることでも有名だった。もちろんネイサンはイギリスに莫大な投資をしており、彼がワーテルローの戦いに重大な関心を持っていることは、だれの目にも明らかだった。だから、当時のロンドンの投資家たちはこぞって、彼こそがもっとも正しい情報をだれよりも早く入手し、そしてだれよりも先に正しい投資を行うだろうと考えたのである。つまり「ネイサンがロンドン市場で株を売ったら『売り』、勝ったら『買い』」とだれもが決めていたのである(つまり、みなネイサンと同じ「運用ポジション」だったのである)

天下万民の期待どおり、ネイサンはだれよりも早く、しかしひそかにワーテルローの戦いの結果を知った。ナポレオンが負け、大陸のイギリス利権は安泰と決まった。ロンドンでは株は「買い」の状況になったのである。

ところが、ここでネイサンは前代未聞の「大失敗」を演ずる。なんと、ナポレオン敗退の確報を得た当日、この男爵は自分の保有する株を、ロンドン市場で大量に売りに出たのである。

これを見たロンドンの投資家たちがショックを受けたのは言うまでもない。
「もう、だめだ」「ナポレオンが勝ってしまった」「イギリスの時代は終わった」…………絶望した彼らは、値下がりしないうちにイギリス企業の株を売り抜けようとして、先を争って売りはじめたため、相場は一気に暴落した。

かくして、まさに、ほとんどすべての株は、ロンドン証券取引所が閉まるまでに紙屑同然の値段になってしまった。ところが……、

取引所が閉まる直前に、たった1人、怒涛の勢いで「買い」に出た者がいた。ネイサンだった。「ドイツの援軍はまだワーテルローに着いていない」といった類の悪いニュースの流れる中、普段ならそう簡単に買えないような高価な有料銘柄が、ただ同然の値段で買えたので、ネイサンは、絶望する他の大勢のイギリス人投資家を尻目に、資金の大半を傾けて狂ったように買いまくった。

翌日、ナポレオンが負けた、という正確なニュースが初めて広くロンドン中に伝わった。取引所が開くと、株は一気に急騰しはじめた。ネイサンはたった一夜にして、近代経済史上空前絶後の利益をあげた。公称約 100万ポンド。ネイサンを中心とするロスチャイルド家は資産を一気に数千倍にした(そして、あとに述べるように、イギリスの名門の家系は全滅した)。

出された試験問題を解くための本質的な知識をまったく理解していない、出来の悪い生徒が試験のときにやることは、世界中どこの国でも一つしかない。それは、いちばん成績の良い生徒の答案をカンニングすることである。つまり、当時のイギリスの投資家は(そして、LTCMを手本とした現代の欧米の多数の金融機関も)、この「カンニング方式」の投資のゆえに大きな損失を出したのだ(裏を返せば、世界の金融の「プロ」と称する連中が、実は金融についての「本質的なこと」をまったく理解していなかった、ということになる)

これは、けっしてナントカ企画出版などのあやしげな「反ユダヤ本」に載っている話ではない。エコノミストまたは投資家向けのアカデミックな専門書 "Blood in the Street"(全米納税者組合の創立者ジェームズ・デール・デヴィッドソンと英国貴族サー・ウィリアム・リーズ・モッグの共著。1987年、Simon & Schuster,Inc., New York 刊。日本語版は鈴木主税訳、『世界経済が破綻する時』、草思社より1988年刊)の「はしがき」に載っている、十分に高度な教育を受けた者の鑑賞に耐える「史実」である。

●「ユダヤ国家イギリス」の始まり
ここから「最盛期には全人類の全資産の半分を一族で所有した」と言われるロスチャイルド家の世界支配が始まったと言っても過言ではない。

とりわけ、大きな影響を受けたのはイギリスだった。なぜなら、それまで名門と言われて君臨していた貴族たちが、この 2日間の株価の変動によって、ほとんど全員破産してしまったからである。

いくら貴族の称号を王室から授かった家系の者でも、乞食同然の生活に落ちぶれた者を、イギリス国王は、上院議員に任命することはできないし、王室との縁組相手として付き合うこともできない。かくして、元来ドイツ語圏(ドイツまたはオーストリア)の育ちで、しかもキリスト教徒でなく、ユダヤ教徒であるロスチャイルド家の者たちを、つまりキリスト教を国教とするイギリス王国で貴族となる理由のほとんどない者たちを、イギリス王室は有力な貴族として迎え入れざるをえなくなった(これは他の欧州大陸諸国でもかなりの程度同様で、同じようにロスチャイルドの血を引く者たちは、相当な栄誉栄華を経験した)。

国際社会、とくに欧米の(ユダヤ系の)メディアでは「ユダヤ人は世界中どこへ行っても差別され、安住の地はないから、イスラエル(パレスチナ)に彼らの国を作らせてあげよう」といった論調がよく流されるが、これは明らかな事実誤認に基づいている。

イギリスにはユダヤ人の大貴族がいる。のちにはユダヤ人の政財界の大物を多数輩出する。(アメリカでなく)イギリスこそはユダヤ人国家そのものであり、世界各地で迫害されたユダヤ人は、このイギリスに逃げてくればよいのであって、べつにパレスチナでアラブ人を追い出して国を作る必要などなかったはずだ。

実は、第二次世界大戦後、イスラエルの建国を望んだのは、ほかならぬロスチャイルド家であった。現に、イスラエル最大の都市テルアビブは、そのインフラのほとんどが、ロスチャイルド家の莫大な寄付でできており、町のど真ん中には「ロスチャイルド通り」があるほどである。

イスラエル建国は、ユダヤ人の祖国再建願望などの所産ではなく、単にロスチャイルド家の野望であり、イギリスの国益の追求にすぎなかった。なぜなら、アメリカの政財界保守本流は第二次大戦中、イギリスを出し抜いて、中東最大の産油国サウジアラビアと友好関係を結び、拠点として確保していたからである(このことは1991年の湾岸戦争の折りに、同国が米軍の出撃基地となったことで顕在化する)。したがって、イギリスとしては対抗上、次善の策として地政学上の要衝である(しかし、まったく石油の出ない、経済的に無価値な)イスラエルを獲得するほかなかったのである(イギリスはフランスと組んでイスラエルを拠点にスエズ運河をエジプトから奪い取り、イスラエル領とすべく1956年、67年、73年の第二次、三次、四次の中東戦争で同運河のイスラエル占領または防衛をめざした。同運河を支配すればタンカーや軍艦の航行を管理でき、間接的に中東情勢を左右できるからである。サウジを拠点として直接的に影響力を行使するアメリカほどではないが、イギリスの国益につながることは間違いない。しかし、第二次戦争のあとも、第四次戦争のあとも、アメリカ大統領は共和党、すなわち保守本流の者だったため、アメリカ政府はイスラエルに圧力をかけ、スエズ運河をエジプト人イスラム教徒の手に返させた)

おそらく、対ソ冷戦がなければ、つまり第二次大戦後の世界に米英共通の敵であるソ連共産主義の世界侵略の野望がなければ、アメリカの保守本流はイスラエルなど、とっくの昔にスパイ工作で破壊してしまっていただろう(現にいま破壊しようとしている。98年10月の中東和平交渉では、アメリカはイスラエル、パレスチナ両政府に1993年に結んだ中東和平合意、いわゆる「オスロ合意」の遵守をのませ、さらに一部のパレスチナ人過激派によるイスラエルへのテロを防ぐため、CIA がパレスチナ自治政府に要員を送り込んで協力し、イスラエルの安全を保障することとなった。これによって、イスラエルがアメリカの信頼すべき同盟国でも有用な軍事拠点でもなんでもなく、むしろアラブこそがアメリカの拠点であることがはっきりした。以後、イスラエルは CIAと「敵対する」ことを余儀なくされることになるが、筆者にはイスラエルが勝てるとは到底思えない)。アメリカはけっしてユダヤ国家などではなく、元来アラブ産油国のほうを重視する国なのだ。

では、いったい、なにゆえ白人キリスト教徒を主流とする国家アメリカは、かくのごとくイスラム教徒のアラブ人を重視するのであろうか。キリスト教徒とイスラム教徒は、中世の「十字軍」の時代からずっと、宗教の違いや、共通の聖地エルサレムの領有をめぐって争ってきたはずではなかったのか……。

●キリスト教-イスラム教関係が「リセット」された
理由は簡単である。もともとキリスト教徒にとって、イスラム教徒は、伝統的にあこがれと尊敬の対象だったからである。

われわれ現代の全人類が等しく使っている数字は「アラビア数字」という。これは、もともとはインドで生まれたものだが、それを使い易く発展させていったのは、イスラム教を信仰するアラブ人の商人たちだった。欧州の中世、つまり古典古代の最後を飾るローマ帝国が 5世紀に滅び、イタリアルネッサンスが始まる15世紀までの間、のちに主としてキリスト教徒(のプロテスタント)が「暗黒時代」と呼ぶ停滞の時代に、イスラム教徒は数学、天文学、測地航海術を劇的に発達させ、地中海、インド洋の航路を確立し、貿易で多大な富を築いていた。さらに、14世紀に、イスラム教徒のトルコ人によって興されたオスマン帝国は、欧州、アジア、アフリカにまたがる大帝国に発展し、しばしばオーストリアなどの中部ヨーロッパにまでに侵攻して、その国力を誇示した。このため、18〜19世紀にはベートベンやモーツァルトらの多くの欧州の白人キリスト教徒の芸術家はトルコに憧れ、「トルコ行進曲」など、トルコの強さをモチーフにした芸術を創り出した。

ところが、このワーテルローの戦いのあとぐらいから、次第に欧州の白人社会でのイスラム教徒のイメージは悪くなっていく。野蛮で粗野で暴力的で非妥協的で、反キリスト教的で、西洋の文明を理解しないなどと信じるキリスト教徒がどんどん増えていく。なかには、イスラム教徒が自分たちの宗教を広めるために戦う「聖戦」(ジハード)について、「やつらは、右手に剣、左手にコーラン」の感覚で戦う、などという新聞記者まで出てきた。

イスラム教徒にとって、これほどひどい無理解はほかにあるまい。イスラムの教えでは、右手は聖なるものを扱う手、左手は不浄のものを扱う手で、トイレなどで使う手である。左手でコーランを持つことなど考えられない。

だいたいイスラムの教えでは、預言者はモーゼ、キリストおよびマホメットであり、経典は旧約聖書、新約聖書およびコーランであり、ユダヤ教徒、キリスト教徒は自分たちをより先に預言を得た「経典の民」として尊重し、けっして改宗を強要してはならない、とされている。また、結婚相手も「イスラム教徒またはユダヤ、キリスト教徒でなければならない」とされているし、「先輩預言者」のモーゼ、キリストのみならず、聖母マリアまで尊敬の対象になっている。もちろん、イスラム教徒が 3大宗教共通の聖地エルサレムを領有していた時代に、イスラム教徒がユダヤ教やキリスト教の文化財を破壊したことなど一度もなかった。

20世紀の現在、日本や欧米の先進諸国の一般庶民は「イスラム」と聞くと、すぐ「原理主義」「過激派」「テロ」、あるいは「妻を4人まで持っていい」「わかりにくい」「反キリスト」などという否定的な印象を持つようになった。19世紀初頭の「トルコ行進曲」が作曲された時代とは大違いである。つまり、「トルコ行進曲」の時代と、現代の間に何があったか、を考えれば、原因はわかるはずである。

それはマスメディアの発達と、欧州諸国によるイスラム教諸国の植民地化である。元来、キリスト教徒にもユダヤ教徒にも、イスラム教徒を嫌う理由など何一つなかったのにもかかわらず、いわゆる「ユダヤ系のメディア」なるものが大量に作られ、反イスラム的な情報が大量に流された。なかには、イスラム諸国などの第三世界のニュースは「テロ、クーデター、事故災害に限る」と決めている欧米の有力メディアまであったから、イスラム諸国を多数派とする第三世界諸国は、1980年代、国連において欧米諸国の報道機関の国家管理を提案した。が、これにソ連が同調したため、欧米先進諸国はこぞって「言論の自由」を掲げて反対し、この提案を葬り去った。

が、ユダヤ系のメディアの報道に毒されることなく、イスラムとの関係を重視してきた者たちがいた。アメリカの政財界保守本流である。彼らは1980年代以降、新聞、書籍出版、地上波アナログ放送などの既存のマスメディアに代わる新しいメディア、つまり、いかにロスチャイルドの資本力がいかに強大でもまだ支配されていない、インターネット、デジタル衛星多チャンネル放送、そしてCNNなどのケーブルテレビ放送を起こし、「親イスラム反イスラエル」の報道で、イスラム諸国にエールを送った。このため、あのサダム・フセインでさえ「CNNはユダヤ系でない、公正なメディアである」と認めたほどで、このためCNNは湾岸戦争の際に唯一追い出されず、最後まで残って実況放送を行うことを許された。

1997年、イギリスのダイアナ元皇太子妃が、不可解な交通事故で死亡した。彼女はアラブ人(イスラム教徒)の実業家と交際しており、近く婚約を発表するはずであった。欧米でもイスラエルでも、全世界で愛され尊敬されている、未来の英国国王の実母がイスラム教徒と結婚すれば、大勢のキリスト教徒やユダヤ教徒が「あのダイアナさんに愛されるぐらいだから、イスラム教徒にもいい男がいるのだ」と認識を新たにするであろうことは想像に難くない。ダイアナの再婚は、先進諸国におけるイスラムのイメージを劇的に変える可能性があった…………だから、イスラムを悪者にしておきたい、ある特定の人々にとっては、ダイアナには絶対に婚約発表の前に死んでもらわなければいけなかったのだろう、と筆者思う。

ユダヤ人は、欧州やロシアなどの非イスラム圏では(ハザール汗国が崩壊して以来)数百年間にわたって差別と虐殺の対象であった。ある特定のユダヤ人の一族が、キリスト教社会で認めてもらうためにイスラム教徒を犠牲にした(メディアの力でイスラム教徒をイメージダウンさせることで、「イスラム教徒よりはまし」という形で相対的にユダヤ人の地位を向上させようとした)と言ったら、言い過ぎだろうか。

●ロスチャイルドは「悪魔」か
ところで、このコラムの表題「『悪魔』が大英帝国をリセットした日」の「悪魔」が、ネイサン・ロスチャイルドを指していることは、言うまでもない。が、この「悪魔」という表現が妥当かどうかについては、読者の方々のあいだでも見解が別れるかもしれない。

筆者は、この言葉は、失礼でも過激でもない、と思っている。理由は、ワーテルローの戦いの際のネイサンの株投機については、もっと過激な表現で語ることが、広く容認されているからである。

筆者が今回この記事を書くにあたって参考文献とした専門書"Blood in the Street"すなわち「血に染まった通り」という原題は、実はネイサン自身の言葉から来ている、と同書の原著者ウィリアム・リーズ・モッグ卿が述べているのだ。

「町のあちこちで通りが血に染まっているときこそ、買いの絶好のチャンスだ」(前掲『世界経済が破綻する時』16頁)

つまり、ネイサンは、戦争や経済パニックなど、大勢の人が血を流して苦しむのを見ると「絶好のチャンスだ!」と欣喜雀躍する性癖を持っていることを、つまり自分が「血に飢えたケダモノ」であることを公然と認めたのである。

この言葉はネイサンの「名言」として、投資家やエコノミストのあいだで永く語り継がれたし、上記のごとくウィリアム・リーズ・モッグ卿はそれをさらに有名にすべく、自分の著書のタイトルに用い、英米の一般読者に大々的に広めようとしたのである。

まったく下劣な言葉だ。たしかに「きれいごと」ではカネはもうからない、という現実はあるのかもしれない。ロスチャイルド一族であろうがなかろうが、ユダヤ人であろうがなかろうが、賢い金持ちはみな、程度の差こそあれ、こんな感覚を持って商売をしているのかもしれない。

しかし、このような野蛮で下品な言葉をうれしそうに大声で語り、歴史家や研究者に「名言」として記録させ、世界に広めようとするバカがほかにいるか(こういうことは、同じ言うにしても、こっそり言うべきなのだ)。

ユダヤ人への差別やナチス的思想と戦う人々の人道主義的な努力を一瞬にして無に帰してしまいかねない、途轍もなく悪質な言動であり、まるで「ユダヤ商人への偏見を増幅させるために語ったのか」と抗議したくなるほどの「自虐的な」表現である。もしロスチャイルド家が家名を重んじるのなら、いまからでも遅くないから、百数十年前にさかのぼって、ネイサンを勘当すべきである。

ロスチャイルド家も、その経営する企業も、そのかかわりを持つユダヤ人団体も、こんにちに至るまで、一度もウィリアム・リーズ・モッグ卿その他 "Blood in the Street"の執筆や編集、出版に関与した者たちに抗議をしていないし、この本を絶版にすることすら求めていない。

筆者は、モッグ卿らの言う「血に飢えたケダモノ」を、「悪魔」という、より穏当な、世間一般に受け入れやすい言葉に置き換えて、紳士的に表現することとした。これはロスチャイルド家の立場に配慮した結果の選択であり、侮辱や誹謗中傷の意図はまったくない。

したがってロスチャイルド家の関係者やユダヤ人団体は、もし筆者に抗議したいのなら、まずその前に、必ずモッグ卿らに抗議しなければならないはずだ。

筆者は、数年前イスラエル国籍を持つアシュケナージュ・ユダヤ人の女性から「あなたはユダヤ的だ」とか「いますぐユダヤ人になっても通用する」と言われて喜んだことがある。筆者にとって「ユダヤ的」とは、知的、独創的、個人主義的という意味だからである。実は筆者の家系というのはかなり昔の時代まではっきりわかっていて、戦国時代には近畿地方にいて、「大坂の豪商住友が、当時世界最大の銅精練所を造ることに協力したユダヤ系イタリア人たち」とかなり密に接触していた形跡がある。ユダヤ人はキリスト教徒ではないので、江戸時代の鎖国令の1つである「伴天連追放令」の対象とはならなかったはずだから、数千、数万人規模のユダヤ人は日本に残留し、日本人と結婚し、遺伝子を残したと考えられる。筆者は、自身にユダヤ人の血が流れていることをときどき感じるし、もし事実そうなら、それは誇るべきことだとも考えている。したがって、この筆者は断じて反ユダヤ主義者ではない(この筆者を反ユダヤ主義者として非難したり、そのような非難を理由に筆者の言論を封じようとする者の要求には、応じない)

そのうえで敢えて言う。いまや、ユダヤ人の敵はイスラム教徒でもキリスト教徒でもない。ロスチャイルドだ。イツハク・ラビンはタカ派の軍人であり、若いときは大勢のイスラム教徒の兵を殺戮して勲章を得ていたような男だったが、冷戦後首相になったとき、自分の真の敵がだれであるかに気付き、中東和平合意へと踏み出した。

だから、ラビンは暗殺されたのだ。98年10月のアメリカ、パレスチナとの外交交渉でCIA のパレスチナ駐留を認めてしまったネタニヤフ首相も、いかに元々「反ラビン」を掲げて首相になった人とはいえ、身辺警護にはくれぐれも気を付けたほうがいい。

(敬称略)

参考文献:
『世界経済が破綻する時』(鈴木主税訳、草思社、1988年刊)
  


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