「インドネシア石油危機」の 予測の論拠

マサチューセッツ工科大学の不気味な 「警告」



Originally Written: Sept. 21, 1997
Last Update: Sept. 21, 1997

筆者が、近い将来(1997〜1998年)に「インドネシア石油危機」が起きる(アメリカのスパイ工作によって人工的に引き起こされる)と予測する最大の根拠は、95年5月にアメリカのマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology: 以下MITと略)で行われた「政治学シミュレーション」にある。同大学政治学部の主催で、同大学の迎賓館に内外の著名な政治学者とジャーナリスト数十名を招いて行われた、この「公開実験」を、筆者は単なるシミュレーションではなく、世界各国の政治勢力への「警告」と解釈したのである。

この筆者の解釈をご理解頂くにはまず、MITがどういう大学であるか、また、一般に政治学シミュレーションとは何か、さらに、そのときのMITのシミュレーションの想定シナリ オはどのようなものであったか、といったことを順次説明していかなければならない。


●国防省のシンクタンク
MITは19世紀末にボストン近郊に創立された名門大学で、「人間の営みの理解の根底にテクノロジーを置く」ことをモットーとしている。したがって「工科大学」でありながら、政治・経済・文学・芸術・歴史の研究も盛んで、創立以来二桁のノーベル賞受賞者を輩出しているが、そのなかにはレスター・サローなど複数の経済学者が含まれている。まさにこの大学は、理科系・文科系ともに世界屈指の一流大学で、同じくボストンにあるハーバード大学とともに、アメリカの東部エスタブリッシュメント層を育成する名門中の名門大学なのである。

ただし、ハーバードが(イギリスの植民地時代に創立されたため)イギリス・ユダヤ・リベラル人脈(民主党)のシンクタンクで「イスラエルべったり」の外交政策を研究したり、理想主義的で「リベラルな」福祉政策を発表したりするのに対して、MITは(南北戦争が終わってアメリカ国内の体制が固まって、イギリスのアメリカへの影響力がかなり弱くなってからに創立されたため)保守本流のWASP(白人、アングロサクソン、プロテスタント)人脈(共和党)、とくに国防省のシンクタンクで、きわめて厳格で「現実的な」政策提言を行うことで知られている。

「現実的」という言葉は「技術的」と言い換えてもいい(この言葉の意味については、末尾でもう一度触れる)。たとえば、MITの政治学部の研究者は、国防省から委託研究費を獲得して、アメリカ自身やその同盟国、あるいは仮想敵国の技術力と政治情勢を研究し、今後どのような世界秩序を構築「する」ことができるかをアメリカの軍人や(共和党・保守本流の)政治家に対して提言したりするのである。

ここで、注意して頂きたいのは、今後どのような世界秩序が(各国の政治勢力によって)構築「される」かを「予想する」(ただ傍観者のように待つ)のではなく、みずから構築する方法を研究している、という点である。日本の政治学者が、どんなに努力して世界秩序の未来を予想しようが、それをもとに提言をしようが、政治権力者が耳を貸さなければ「机上の空論」だし、たとえ日本政府がその気になったとしても、日本の軍事力やスパイ工作能力は、アメリカのそれと比較にならないほど貧弱なので、(国内秩序ならともかく)世界秩序をどうこうするなどと言ったところでなんの意味もない(日本には、よく「全世界の核廃絶」を革新政党などに提言する政治学者がいるが、こういう政策論は、日本政府が全世界の市民運動をカネで買収できるほど高度なスパイ工作能力を持たない限り、ただのゴミである)

もっとはっきり言えば、MITの政治学者は「自分の学説どおりに」世の中を作り替えることができるのである。彼らは、アメリカの他の大学の学者とも、机上の空論で満足する日本の左翼政治学者とも異なり、一種の「権力者」であり、その政策提言は、そのままアメリカ保守本流グループの方針となり、アメリカの次の外交・国防政策(およびスパイ工作)として「実行」される可能性があるのである。したがって、日本の左翼政治学者がMITの政治学者の学説に反論し「あなたの予測は現実に合わない」と主張して、仮に論争に勝ったとしても、それはなんの意味も持たない。おそらく、こういう場合MITの学者は「ご忠告ありがとう」とばかりに「現実」のほうを自分の「予測」に合わせて変えてしまうであろうから。

したがって、たとえばMITの学者が「インドネシアにイスラム原理主義過激派が存在する」と言ったら、他の学者や他国の政治家がなすべきことは、けっして単細胞に「私の調査ではそんな兆しはない」と反論することなどではなく、MITの学者の「学説」を警告と受けとめて対応することなのだ。そして、あとで詳しく述べるが、じじつ「警告」と受けとめて行動した政府があるのだ(この事実がある以上「インドネシア石油危機」の到来を事前に予見できなかった政治家や政治学者や政治ジャーナリストに向かっては、筆者は、はっきり「無能」「役立たず」とまでは言えないにしても「注意力散漫」であったと言わせてもらう)

●日本を知りつくしたアメリカの「頭脳」
近年、MIT政治学部は日本研究をもっとも重要な研究テーマに掲げており、その研究プロジェクトは"MIT-JAPAN PROGRAM"と呼ばれている。その主任研究員(所長)はリチャード ・J・サミュエルズ政治学部長である(1997年現在)。彼は通算6年間の滞日経験を持ち、日本語に堪能で毎日日経新聞を読み、日本の政財界に多数の知人を持ち、日本の政治家と言えば織田信長から小沢一郎まで、日本のテクノロジーと言えば戦国時代の鉄砲伝来からNECのスパコンまで、並みの日本人よりはるかに詳しく知っている。彼の著書『富国強兵の遺産』("Rich Nation, Strong Army"。日本語版は三田出版会、1997年刊、奥田章順訳、本体5800円)から、日本人をぎょっとさせるような記述を拾ってみると、

・日本の防衛政策の実際の主管官庁は防衛庁ではなく、通産省である。
・通産省の前身は、戦前の商工省ではなく、戦時中の軍需省である。
・したがって当然、日本が対応すべき(冷戦時代なら、ソ連の)脅威を認定し、それに基づいて自衛隊の持つべき装備を決めているのは、防衛庁ではない。
 しかし、通産省でもなく、詳しく調べてみると、実は装備メーカーであった。
・アメリカにとって、真に警戒すべき反米勢力は、日本の左翼ではなく、日本の装備メーカーである(左翼は日本の軍需産業に敵対し、アメリカの利益を守ってくれるので、むしろ、ありがたい存在である)
・西洋には「大砲かバターか」という言葉に象徴されるように、軍需と民需を区別する考え方があるが、日本の財界にはない。上記の「装備メーカー」とは、要するに、日本国民が世界に誇る鉄鋼、非鉄金属、造船、自動車、化学、電子機器メーカーすべてのことである。
・日本は、第二次大戦を遂行する課程で官民が協力して兵器生産を核に機械、電子、通信、金属加工等の重要産業を効率的に育成する社会的システムを確立した。これが戦後に花開いて、日本は世界屈指の技術大国になった。したがって、第二次大戦は戦後の日本経済と日本国民にとって「有益な戦争」であった。
・ソニーの創業者、井深大は、戦時中海軍工廠で生産技術と工業経営のノウハウを学んだ。したがって、ソニーも(明治以来の「富国強兵の遺産」を受け継いだ)れっきとした軍需企業である。
・日本企業は、軍需産業を民需産業の中に隠す「すべ」を心得ている。

彼は「きれいごと」が嫌いらしい。「有益な戦争」というのは彼自身の見解でなく、他の学者の説を紹介したにすぎないのだが、日本の左翼がこの言葉を聞けば「あの戦争では数千万の人が死んだというのに、有益とはなにごとか!」と怒るだろう。が、彼は「リベラル」ではないので、もっと「現実的」にものごとを見ているようだ。

1997年現在"MIT-JAPAN PROGRAM"の中心テーマは"Is Japan Balancing China?"( 日本は中国を相手に軍事力のバランス・オブ・パワー、つまり勢力均衡ゲームを追求するか?)である。つまり、冷戦時代にソ連の脅威に対抗するという口実でアメリカがインターネットを含む高度な軍事技術を開発し、それを民需にスピンオフさせて、90年代に至って経済を活性化させたように、日本も、中国の脅威を口実に軍事技術(とくに航空機製造技術)を発展させるのではないか、と彼は警戒しているようだ(彼の研究費の主たるスポンサーはアメリカ空軍と航空機産業である)。もっとも彼のことだから「中国の貧弱な軍事力への対抗を口実に、民間航空機技術の開発を狙うとは、やはり日本人はあたまがいい」と誉めるかもしれない。彼が人間を判断する際、善悪よりも「馬鹿か利口か」のほうを重視しているのは間違いないからだ。

●想定シナリオ
このように日本研究を重視し、「日本理解の根底にテクノロジーを置く」方針のMIT政治学部が、1995年5月、MITの迎賓館に、内外 の政治学者とマスメディアの関係者多数を招いて、シミュレーションを実施したのである。ちなみに、MITの迎賓館は、天皇や大統領でも泊まれそうなほど豪華なもので部屋数も多い(だいたいアメリカの大学の施設は日本のそれよりはるかに立派で、田舎の大学にもオリンピックに使えそうなほど豪華な体育館やプールがあり、実際にアトランタ五輪では使われた)

この迎賓館において、学者たちは、それぞれの持つ専門知識に応じて日本チーム、アメリカチームなどに振り分けられて部屋(会議室=閣議の場)を与えられ、合衆国大統領、日本国首相、中国の保守派指導者、同改革派指導者などの役割を与えられ、一種のロールプレイイングゲーム(RPG)を演じることになる。デフォルト (初期設定)では「日本チーム」の布陣は以下のようであった。

日本国首相(与党自民党総裁):古森義久・産経新聞ワシントン支局長
社会党(現社民党。与党)党首:マイク・モチヅキ・ブルッキングズ研究所研究員
日本国外相(与党中道政党党首):舛添要一・元東大助教授
新進党(野党)党首:岡崎久彦・元外務省情報局長

ほかに、防衛庁長官、大蔵大臣など日本チームは総勢十数人で、古森、舛添、岡崎以外はほとんど「日本を知り尽くした」アメリカ人学者が演じた。

日本は自民党、社会党(当時)、中道政党の連立政権で、自民党内は新進党との連携を模索する「保保連合」派と、「自社連立」派に割れているという想定であった。また、アメリカは国内政策重視の民主党政権、中国はポストトウ小平の(改革派と保守派に)分裂した状態と想定されていた。

●「想定」という名の予言
ここまで説明した時点で、賢明な読者はすでにお気付きと思うが、このシミュレーションの想定シナリオには、すでに的中した「予言」が含まれている。結果的には「予告」だったと言ってもいい。このシミュレーションは1995年5月の時点で行われた、つまり自社連立政権の首相は社会党の村山委員長で、連立政権に参加している中道政党は「さきがけ」で、自民党内の「保保連合派」の動きはそれほど強くなかった。にもかかわらず、近い将来首相は自民党になり、中道政党は「さきがけ」以外の党名になり、保保連合派は台頭すると「想定」しているのだ。橋本龍太郎首相(自民党)の誕生、菅直人率いる中道政党「民主党」の出現、梶山静六元官房長官らの保保連合派の動き、さらに96年のアメリカ大統領選挙における民主党のクリントンの勝利まで、すべて予知していたかのような「不気味な」内容である。

●「プレーヤー」のルール
さて、ここでシミュレーションの基本的なルールを確認して置きたい。ここからは役割を与えられた学者たちのことを「プレーヤー」と呼ばせて頂く。プレーヤーは、全部で6つのチーム(部屋)に別れ、日本、アメリカ、中国、韓国、ネゴシエーションルーム、プレスルームで各役割を演ずることになる。このほかにインドネシアのイスラム原理主義過激派を演ずるプレーヤーもおり、また他の国々(イラン、マレーシア、台湾、オーストラリアなど)の動きも常時合理的に「計算」されて、シミュレーションの展開課程に「挿入」される。

もっとも重要な点は、各プレーヤーは自分個人の意見や「好み」に基づいて行動することは一切許されない、ということである。各プレーヤーは自分に与えられた役割と知識に基づいて、自分なりに予想される行動を取らなければならない。たとえば、社会党党首役のマイク・モチヅキは、個人的に社会党の非武装論的な平和主張をいかにばかげたものと思っていようと、「社会党党首なら、ここではこういう発言をするはずだ」と自分の知識から合理的な推測を導き出し、それに基づいて行動しなければならない(もし、自民党の首相があからさまに自衛隊の海外派兵を主張したら、社会党党首としては連立政権の解消を口にせざるをえない、といった具合である)。プレーヤーに学者や元外交官を呼んだのは、まさにこのためであって、RPGといっても、ファミコンのそれと同じではない。また、もちろん、各プレーヤーには、各党の政策の制約のほかに、各国の憲法、法律、国際法、軍事力、経済力、技術力、地政学的条件による制約が課せられる(また、各チームの部屋の「公用語」はすべて英語であるから、このゲームのプレーヤーはよほど高度な知性と教養がないと務まらない。MITは産経新聞には高度な知性と教養の持ち主がいると思っているようだが、朝日新聞はそうではないと思っているようで、朝日の記者は招待はしたものの、それは若手の記者1名のみで、プレスルームで、ただ政治家の発言を待つ役割が与えられたにすぎなかった)

●メディアのルール
各チームの部屋(閣議室)は密室で、中の動きは、記者(朝日新聞、CNNなどが招待されていた)を通じてプレスルームで発表させるか、ネゴシエーションルームで外交交渉の相手国に伝えない限り外部にはいっさいわからない。もちろん、ネゴシエーションルームは、外交交渉の場であるから密室で、プレーヤーはそこでかわされた言動のうちどこまでを外部、すなわちプレスに発表するか、慎重に判断しなければならない。各プレーヤーにとっては、マスメデイア対策も、かなり重要な仕事である。メディアを通じて国民に発表することは、すなわち「交渉相手」に教えることになるからである。

さて、サミュエルズ政治学部長が書いた想定シナリオでは2つの危機が想定されている。 それは朝鮮半島危機とインドネシア石油危機である。

●第一の想定「朝鮮半島危機」
1998年、北朝鮮が内部崩壊し、「統一韓国」が出現。北朝鮮から10万人の難民(主として元共産主義者の政治難民)が船で日本に向かって漂流ないし航行をはじめ、他方「統一韓国」内には北朝鮮製核兵器が10発残されている。そして、アメリカは「北の脅威」がなくなったことを理由に在韓米軍の撤退を開始する。日本にとっては、難民対策が直近の問題となる。

●第二の想定「インドネシア石油危機」
同時に、インドネシアでイスラム原理主義過激派がイラン政府の支援を得て)反政府暴動を扇動し、領土の一部を占領。日本大使館領も占拠して、日本大使館員28名を人質にとって日本政府に圧力をかける。さらに、マラッカ海峡を通過するタンカーや商船の航行の安全が脅かされ、石油輸入の70%を同海峡に頼る日本経済が危機に瀕する、というものであった。

●シミュレーションについての一般的解釈
学問的には、政治学シミュレーションは、未来予測ではない。同じ設定でもプレーヤーの顔ぶれによって個々の局面での判断は変わるからである。したがって「何が起きるか」を知るために行うというより、「何が起きうるか」を知るために行うと見るのが、研究者のあいだの一般的解釈である。

●恐怖のシナリオ
さて、上記のような2つの危機に同時に見舞われた日本政府(日本チームのプレーヤーた ち)は文字どおり窮地に立つが、意外なことに、朝鮮半島危機のほうはあっさり解決してしまう。やはり、これは政治学者ならばだれでも予想できることなので、事前にかなりの研究が行われていて、対策が、日本のみならず関係各国政府でかなり練られていたからである。

しかし、インドネシア石油危機のほうは大変な難題で、日米中韓4国ともに一種のパニックに陥る。初期設定に基づいてプレーヤーが動いていく課程で、次々に予想外の事態が発生するのである(大勢の専門家が参加しているために、プレーヤー個人が意図して何事かの事態を「発生」させるのは容易ではない。これは、まさしくシミュレーションの結果として示された「起きうる」事態なのであろう)。想定上1998年から2010年まで続くこのシミュレーションの課程で発生した「不測の事態」のなかから、おもなものを列挙してみる。

・ イスラム原理主義過激派は暫定政府樹立を宣言し、日本政府に軍資金や外交承認を要求し、時間を切って、要求が入れられなければ人質を殺すと発表する。 ・ 各国ともイスラム暫定政府を承認しないが、台湾がいちはやく相互承認を表明し、日本と暫定政府のあいだを仲介して、人質を解放させる。
・日本が台湾を承認する。台湾は国連加盟をめざして外交活動を活発化させる。
・ それを見て、中国のチベット自治区、新強ウイグル自治区、広東・広西省なども
 北京政府に対して独立運動を展開する。
・ これによって、中国(北京)では、日米との協調を重視する改革派の発言力が弱まり、改革路線に否定的で日米に敵対的な軍部・保守派の発言力が高まる。
・イスラム暫定政府はインドネシア全土を制圧、マラッカ海峡封鎖を宣言し、具体的に日本の貨物船を撃沈して乗組員を人質にし、最終的には殺す。当然、日本への石油輸入は激減し、石油危機が発生する。
・日本では、一時的に(数年間)新進党内閣が成立する。
・日本政府は憲法改正を掲げ、国会発議、国民投票を経て憲法9条が改正される
(つまり 、同胞の死と石油危機による経済パニックにより、日本国民の「平和」に対する考え方が根本的に変わるのである)
・日本は、マラッカ海峡の航行の安全を確保するため、海上自衛隊を派遣する。
・対抗して、中国も東南アジアの制海権確保のため南紗諸島周辺に空母を派遣する。
・イスラム過激派はマレーシアでも蜂起し、マレーシアも内戦に陥る。
・インドネシア・イスラム政府は核兵器を開発する。
・対抗して、オーストラリアも核武装する。
・これ以上の核拡散を懸念したアメリカは、日中などアジア諸国にまったく事前通告することなしに、インドネシア・イスラム政府の打倒と、そのための空爆を決定し、そのために必要なスパイ工作を実行する。
・アメリカはインドネシアを空爆するが、それによって国際的に孤立する。
・中国で軍部・保守派のクーデターが発生し、反改革路線、反日米の政権が樹立され、台湾に武力侵攻することを決定する。

そして、「台湾侵攻前夜」のところで、シミュレーションは終わる。この内容は、95年10月、テレビ朝日の番組「朝まで生テレビ番外編・危機発生、その時日本は」(司会は鳥越俊太郎)の中で紹介されたが、例によって左翼的なパネリストたち(元社会党の国会議員など)は、「インドネシアにはイスラム原理主義過激派なんていない」「シミュレーションとはいえ、インドネシア国民に対して失礼な想定」と「反論」した。しかし、2年後の1997年、インドネシア各地では、毎日のようにイスラム教徒グループによる暴動が起きているという現実がある(つまり、サミュエルズの「想定シナリオ」に合わせて現実のほうが変わったのである)

●イラン政府の反応
イラン政府には、日本の左翼論客よりはるかに知的な人材がいるらしい。イランは、このシミュレーションをアメリカ国防省・保守本流の「現実のシナリオ」つまり「行動計画」ないし「警告」と受けとめたのだ。おそらく、アメリカのスパイ工作によって「イランはインドネシア過激派をウラで操る悪者」というレッテルを貼られてたまらない、と思ったのであろう「だれがダイアナを殺したのか」のコーナーで、アメリカが世界の世論を操作して、大韓航空機撃墜事件においてソ連を悪者に仕立てていったプロセスを紹介しているので、参照されたい)

変化はすぐに表れた。このシミュレーションの翌年の1996年のアトランタ五輪の開会式で、イランチーム(選手も役員も全員男性)の入場行進の際に、その先頭に立って国名を記したプラカードを掲げて歩いたアメリカ人が、女性だったのだ。1979年イスラム革命以来ずっと、イランチームは「男が女の尻のあとを歩くのはイスラムの伝統上好ましくない」との立場から、プラカードを持つ人は男性にしてほしい、とオリンピックなどの国際スポーツ大会の主催者に要求し、実現させていた。しかし、今回、その要求をしなかったのである。筆者は、これは、イランがアメリカとの関係改善に踏み出すためにサインを送った、と解釈した。

筆者の解釈は正しかった。案の定、オリンピックの翌年、イランは動きだした。1997年にはいって、春には、ユダヤ系のメディアで、もっとも反イラン的報道をしていたアメリカのABC放送に、イランの一般庶民の生活を好意的に紹介する「イラン特集」を放送させることに成功する。続いて夏には選挙によって(大方の予想を覆して)開明派(親西側路線)のハタミ大統領が当選。副大統領に「アメリカ留学」経験のある女性を起用するなど、イスラム原理主義的な「厳格な」路線からの決別を示した。

これが、対米関係改善の意志表示でなくて、なんであろう。政治学上、これ以外の解釈はありえない(他方、イランの政治家と違って、MITのシミュレーションを知っていながらその真の意味を理解できなかった日本の学者やジャーナリストには、猛省を促したい)

●ペルー日本大使公邸人質事件の意味
このように、サミュエルズ教授のシミュレーションは全世界に向けて発表され、アメリカの「行動計画」ないし「警告」と受けとめられ、すでに現実の国際政治情勢に影響を与えている。「発表」の1年後にペルーで起きた日本大使公邸人質事件が、このシミュレーションのシナリオと比較的よく似た構図であったこと、さらにアメリカの公共放送PBSの、4月22日のペルー軍特殊部隊の大使公邸突入直後のニュース番組「レーラー・ニュースアワー」に出演したFBI、CIAの幹部の談話から、この事件全体が、実は「インドネシア石油危機」のシナリオの一部としてすでに実行された可能性が濃厚である、と筆者は思う。

どういうことかというと、大使公邸を選挙したゲリラも、突入した特殊部隊も、ともにアメリカに操られていたということである。PBSに出演したFBI、CIAの幹部は次のように語っていた。

「われわれは以前からペルー政府の依頼で、対ゲリラ対策の特殊訓練をペルー人の軍人や警察官に対して施していた。今回たまたま訓練中に、人質事件が起きたので急遽訓練の目的を目の前の具体的事件に変えた。そして、(われわれに訓練された)ペルー特殊部隊は大使公邸に突入し、人質全員を救出することに成功したのだ」

筆者は「たまたま」を信じない。この特殊部隊の突入劇には不自然な点が多々あるからである。とくに解せないのは、突入の際の模様がテレビ中継され、そのまま日本を含む全世界のテレビで放映されたことだ。

筆者がもし現場の特殊部隊の指揮官だったら、突入前に報道各社に命じて現場の模様を生中継するテレビカメラを止めさせる。もし彼らが「報道の自由」を盾に従わなかったら、射殺してでもカメラを止める。なぜなら、隊員は命懸けで突入するからだ。もし、ゲリラがテレビを見ていたら、こちらの動きは相手に丸見えになり、人質や隊員が攻撃される可能性がきわめて高い。たとえ、どんなに事前に(赤外線センサーなどで)ゲリラの居場所がわかっていたとしても、現場の指揮官としては人命尊重の立場から、テレビ中継の中止を要請せざるをえない。それがこの種の危機管理の鉄則というものだ(現に、95年の函館空港ハイジャック事件では、機動隊の機内突入直前、報道各社はカメラを止めている)

それにもかかわらず、鉄則を無視してテレビ中継が続行されたことは、そもそもこの人質事件全体が、テレビ中継を究極の目的とした、アメリカの壮大なスパイ工作だったのでないか、という可能性を示唆するに十分である。つまり、「平和ボケ」の日本国民にテレビ中継を通じて、危機管理策の厳しい現実を見せ付け、とくに「非武装論」的な平和主義を愛好する者たちに無力感を与え「やはり、武力がなければ平和は保てない」と納得させるための布石の1つとして、この事件を利用したのではないか、と考えられるのである(すでに、95年のMITのシミュレーションでは、日本国民は理不尽な外敵によって同胞の血が流れるのを目撃した場合には、憲法9条改正に応じる可能性があるという結果も出ているのだから)

アメリカの国防省やCIAの関係者(いずれもユタ大学OBが少なくない)にはメディア論で博士号 を取れそうなほどの映像技術の使い方に精通した秀才がごろごろいる(その典型が、海軍出身で、シリコングラフィックス社を創設したジム・クラーク現ネットスケープ社会長。詳しくは「ユタ州・国防省人脈」を参照されたい)。おそらく、彼らは、人質救出のテレビ中継の映像の力を使ってどこまで日本の「平和的な」世論を変えられるか実験したか、あるいはすでに完成度の高い世論操作テクニックを持っていて実際にかなり変えようとした、と筆者には思える。特殊部隊隊員の生命を危険にさらしてまでテレビ中継を続行した理由が、これ以外にあるだろうか(この「事件」の「目的」には、最新の赤外線センサーや盗聴機などのハイテク情報収集機器の実践テストも含まれていたようで、この点は上記のPBSの番組でも示唆されていた)

●フリーメイソンと映像技術
ところで、話は変わるが、アメリカ独立を推進したのは個人ではなく、組織である。それは「フリーメイソンリー」と呼ばれる秘密組織(組織の成員は「フリーメイソン」)で、ジョージ・ワシントンからジェラルド・フォードまで15名の合衆国大統領は、この組織から輩出された。

これは、べつにおどろおどろしい秘密や陰謀の話ではない。れっきとした一流大学卒の教授が書いた、一流版元から出ている学術書に書いてあることである(W.K.マクナルティ著、吉村正和・名古屋大学教授訳『フリーメイソン』平凡社、1994年刊、本体1942円/湯浅慎一著『フリーメイソン』中公新書、1990年刊など)。だいたいアメリカにはフリーメイソンのメンバーは数百万人いて、ざっと計算すると、高等教育を受けた白人男性の5〜6人に1人はフリーメイソンという計算になる(女性や黒人やユダヤ人はゼロではないだろうが 、あまり多くは含まれていない。なお、集英社文庫『赤い盾』の広瀬隆は、イギリスのユダヤ人貴族ロスチャイルド家は、フリーメイソンのメンバーと解釈しているようだが、筆者はこれは誤りであると思っている。フリーメイソンはユダヤではなく、WASP中心のの結社であるというのが筆者の見解である)。アメリカでは「石を投げればフリーメイソンにあたる」という状況であるから、この話題は、それほどおどろおどろしい話題ではない。たとえば、アメリカの1ドル札にはフリーメイソンのシンボルである「ヤハヴェの目」があしらわれているし、本来フリーメイソンとなんの関係もないはずのパソコンの技術書などにやはり、突然そういうマークや絵が挿入されていたりする(D.M.Piscitello and A.L.Chapin, "Open Systems Networking: TCP/IP and OSI", Addison Wesley Publishing Company, 1993./本書の日本語版、ソフトバンク社から出ている『オープンシステムネットワーキング』の28頁の註と31頁の挿し絵で「突然」フリーメイソンについて触れているが、これは原書の忠実な反映である)

このフリーメイソンのもう1つの代表的なシンボルは「コンパスと定規とG」である。Gは"God"(神)であると言われるが、"Geometry"(ジオメトリー、幾何学)であるとも言われている。その意味するところは「コンパスと定規と幾何学さえあれば、なんでも作れる」という考えで、幾何学が物理学や技術工学と不可分な関係にあることから、これを技術万能主義と解釈しても、さして間違ってはいまい(「フリーメイソンリー」とは「自由石工組合」という意味で、「石工」とは単なる石を加工して巨大ピラミッドにしてしまうほどの才能を持って技術者のことである。ちなみに「ヤハヴェの目」とは、デザイン的には、ピラミッドの頂上から「すべてを見通す目」であり、パソコンソフト会社Oracleのパンフレットや、Alilooのロゴマークにも登場する)

この「なんでも作れる」という思想をもっとも忠実に実践したテクノロジーがコンピュータグラフィックス(CG)技術であろうと筆者は思っている。いつ思ったのかというと、95年放映されたNHKスペシャル『新・電子立国/脅威の画像』を見たときである。<a href="utah.html">ユタ大学OBの技術者が起こしたデジタルドメイン社が開発した、その名も「ジオメトリーエンジン」というマシンを使ってCG処理をすると、たかが数十センチの高さのロケットの模型が、本物の数十メートルの高さのように見える。そして同社のこの技術は実際に映画『アポロ13』に使われ、試写会に来たNASA関係者に「これほどリアルな映像が、特撮で作られたはずはない。絶対にどこかに残っていた記録フィルムだ」と言わしめたほど、完璧に「現実的な」映像を実現してしまった。

●スティーブ・ラッセルとアラン・ケイ
もともとCGは、MITの天才技術者スティーブ・ラッセルのあたまの中で生まれた。やがて1960年代に、彼は国防省関係者に才能を見いだされ、ユタ大学に研究員として招聘され、そこで国防省の研究予算から無尽蔵の研究費を与えられて、同じく招聘されていたアラン・ケイ現アップル社主任研究員(MacOSのグラフィカルユーザインタフェースを開発した人物)や、当時ユタ大学院生だったジム・クラークらとともに研究し、現在のパソコンやインターネットやCGの基幹技術を、ほんの数人の才能によってほんの数年間に、ほとんどすべて作ってしまったのだ(これについては「ユタ州・国防省人脈」を参照)

この「天才集団」の一員であるアラン・ケイは、あるときコンピュータ文明の未来についての予測を求められ、次のように答えたという。

「未来を知るのにいちばんいい方法は、未来を自分で作ってしまうことだ」

彼らはテクノロジーさえあれば、なんでもできると思っている。数十センチの模型を本物のロケットに見せることも、火星に探査機を送り込むことも、シミュレーション核実験すなわち核爆発を伴わない「未臨界核実験」で新型核兵器を開発することも、石油価格を上げるために原発反対の市民運動をでっちあげることも、日本の左翼を使って日本の兵器産業の発達を抑制することも、そして、インドネシアにイスラム原理主義勢力を作り出すことも……。

MITの"T"すなわちテクノロジーとは、こういう意味なのである。  

(敬称略)

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